アリアンジュの1日 騒がしい夜
「これより第零回定例会議を始める。拍手」
学生寮の一室。
目元を仮面で隠した女が静かに宣言すると、周囲の女性陣が思い思いの反応を示した。
ウサ耳の獣人少女は「おー」と眠そうな顔でパチパチと拍手をしている。
口元を仮面で隠した女は声が出せない代わりに人一倍強く拍手を返した。
そして最後の1人、この世界では珍しい黒髪の女は戸惑いを隠せないのか、遅れるようにパンパンと手を叩いた。
「……あの、どうして私はここにいるんですか?」
黒髪の女――アリアンジュの困惑がそっくりそのまま口に出た。
彼女はセルティアたちと夕食を食べ、女子寮の大浴場で入浴を済ませたばかりだった。
これから自室に戻ろうという時に仮面の女に捕まり、あれよあれよという間にエルフ姉妹の部屋へと連れてこられたのだ。
「――ふむ。逆にどうしてだと思う?」
部屋の主人である緑がかった金髪のエルフ――オリヴィエが問う。
目元は仮面で隠れているので表情の全容は定かではないが、晒されている口元はどこか悪戯な笑みを浮かべていた。
(……とりあえず現状把握が大事)
アリアンジュは周囲を見渡し、改めて自分がどこにいるのか確認した。
学生寮の一室でベッドが2つ。落ち着きのある色合いのインテリアが多く、特に観葉植物を育てるのが好きなのか至る所に植物が生えている。数寄者でもあるのか棚には年代物とわかる茶器がコレクションのように並べられていた。
(エルフって感じ。や、べつに私はエルフの何たるかを語れるわけじゃないけど……派手好きじゃないところがイメージのまんま)
とすると部屋にかけてある私服が少しだけアリアンジュの目には異質に映った。
(あの服……着てるところまだ見たことないかも。普段はエルフの民族衣装みたいな薄着にローブを羽織ってるけど……あれはなんというかお洒落のため、かな? でもなんで飾ってるんだろ?)
アリアンジュも異世界に飛ばされたとはいえ精神は現役女子高生。異世界ファッションに興味は尽きない。
今はまだ学園の制服やセルティアのおさがりで楽しめてはいるものの甘受してばかりもいられない。
働こう。
召喚獣としてセルティアとギルドクエストの依頼を達成してお金を稼ごう。そして服を買おう。
そんな決意を新たにするのだった。
『どうかした?』
無言が長過ぎたのかもう1人の金髪エルフ――シルヴィエに筆談で心配されてしまう。
仮面で隠している口元からは「む〜?」という疑問符を強調するような音。声が出せない彼女なりの主張だ。
「あ、いえ、巫女先生も学生寮の方に住んでたんだなって改めて思って」
「姉の特権だな」
『ただの職権濫用』
「はは……」
アリアンジュは巫女姉妹の弟が学園の長だということは聞いていたし、直接会話もしたことがある。セルティアの召喚獣として生活する上で彼女の交友関係の相関図は頭に叩き込んでいた。
だからオリヴィエの「姉の特権」という一見答えになっていない返事も理解できるし、シルヴィエが書いた読めない異世界文字もなんとなく察することができた。
「で、呼ばれた理由に見当はついたか」
でも、だからこそわからない。
アリアンジュは隣でお茶をすすっているウサ耳少女――ティーユに目を向けた。
大きめの絨毯の上で顔を突き合わせた4人の女子。種族も年齢も立場もバラバラ。唯一の共通点は寝巻姿であることと女であることのみ――のようにしか見えない。
これが女子会なら話が早かった。
だがその場合だと少なくとも精霊科のセルティアやミリア、アリージェがいてもおかしくはない。
なぜ、ティーユと自分だけがエルフ姉妹の自室にお呼ばれしたのか。
「……まったくわかりません」
お手上げとばかりに首を振る。
それがアリアンジュの答えだった。
「側から見ればわかりやすい組み合わせだと思ったが……やはり私たちは立場に甘え過ぎているのかもしれん」
妹を見つめながらぶつぶつと思案するオリヴィエ。
(わかりやすい……? この組み合わせが……?)
アリアンジュにはほとんど意味のわからない内容だったがその言葉は引っかかった。
この4人が集合することで一体何が連想できるというのか。
「ティーユちゃんはわかるの?」
バニー系獣人のティーユに助け舟を求める。
なんでバニー系なんだろう? ウサギ系獣人でいいのに……というツッコミはしない。ルダージュと同様にアリアンジュもその疑問はすでに飲み込んでいたからだ。
それよりも今は目先の疑問を解消したかった。
「ずずーっ、ん、わかる」
ティーユが茶を啜り、茶飲みを置いた。
「そもそもアリアンジュを呼んで会議しよって提案したの、私だから」
「え、ええぇ!? そう、だったの……?」
まさかティーユがゲスト側ではなくホスト側だったとはアリアンジュも予想できなかった。
「ん、お兄ちゃんのことが好きな人を集めるなら紅騎士も呼ばないとって」
「……はゃい?」
さらっととんでもないこと言われた気がして聞き直した――つもりだが、うまく口が回らなかった。
だがティーユはそんなアリアンジュの動揺を気にすることもなく、
「だから、お兄ちゃ……ルダージュのことが大好きな人たちを集めた」
うまく伝わっていないと勘違いをしたのかより明確に言い直した。
臆面もなく。
「す、すすすす好き――って、え? 大好きって、ティーユちゃんも先輩のことが好きってこと!?」
「てれますな……」
全く照れていない顔でティーユがのたまう。
「そ、そうだったんだ……ぇ? ちょっと待って、じゃあオリヴィエさんとシルヴィエさんもってこと……?」
「改めて聞かれると照れてしまうな」
「~~!」
こっちはこっちで素直に顔を赤くし照れていた。
「聖刀剣の事情は聞いてたし婚約者候補だって話も知ってたけど……そっか……」
アリアンジュはルダージュと巫女姉妹の関係を形だけのものだと思っていた。なぜなら彼女は3人がいちゃついている姿を見たことがないからだ。それどころか気まずい空気を感じ取ったことすらある。
そしてそれこそがオリヴィエとシルヴィエの悩みであり、会議を開いた理由の一つでもあったのだが、新参者のアリアンジュは知る由もない。
「……あ、あれ? でもセルティアちゃんは?」
精霊大好き異世界代表といっても過言ではない己が召喚士の影を探す。
アリアンジュはまだ召喚士と先輩と合流して日が浅い。
だがそれでもセルティアの自分たちに対する溺愛っぷりは骨身に染みるほど実感している。
彼女がこの場にいないのはあまりに不自然だ。
「集会やるよって置き手紙は残してきた。でも来るかはわからない」
「どうして? セルティアちゃんならこの謎の集まりでも率先して参加しそうだけど……」
だらだらと変な汗を流しながらアリアンジュは想像した。置き手紙の正確な内容はわからないが先輩の名をちらつかせただけでもセルティアなら参加しそうだ。
(みんなとは気心の知れた仲だろうし断ることはないと思う。……というか私は否応なしに強制参加なのはなんで? みんなにとって私ってそういう認識なの?)
好意を公言した覚えはないが先輩のことが好きだと周囲にはバレバレらしい。気恥ずかしいような気まずいような不思議な感覚がアリアンジュを襲っていた。
「あの子は前に精霊には恋をしないと言っていた。この集まりは彼女にとって趣旨が違うかもしれないな」
「え?」
熱っぽい感覚が急に風に吹き飛ばされた。
そんな気分に陥った。
「恋をしない? あれで?」
「あれで、だ。まあ、先の発言は私たち姉妹と出会ったばかりの頃の話だ」
『今はわからない』
「ここ数ヶ月で心変わりしているかもな。それを見越して誘ったんだ。そうでないと困るが」
オリヴィエとシルヴィエが故郷の森での一幕を思い出しながら顔を見合わせていた。
アリアンジュはそんな2人を眺め、またも熱に浮かされるような思いを抱いた。
なぜなら、
(セルティアちゃんが先輩に恋してないなんて冗談――は置いといて、今の話を整理すると“恋をしてないと集まりの趣旨が違う”ってことは逆説的に“恋をしている人たちの集まり”ってことじゃん! いや、最初からティーユちゃんはそう言ってたけどね!? エルフのおねーさんたちも否定してなかったけどね!?)
すごいところに来てしまった。
異世界なんだからすごいところは当たり前なのだが、そういう話でもない。
いや、そういう話なのか?
アリアンジュは段々とよくわからなくなってきた。
少なくとも「好きな男が一緒だから集まろう」なんて思考は異世界ならではであり、アリアンジュにとっては突飛な発想でしかない。
それにしても、
「先輩のこと好きな人、多くない?」
それは思わず口に出たぼやきだったのだが、耳聡いエルフの姉妹は聞き逃さなかった。
「これでも少ないほうだぞ。おそらく」
「なにそれ怖い」
嫉妬を抱く以前の問題で、もはや恐怖だった。
「世間ではルダージュは人型精霊で通っているからな。最初で最後の人型精霊である精霊王は有名な絵本のモデルにもなっているし憧れている者も多い」
「あ、そういう……国民的アイドル的な」
「あいど……? 異世界の言葉か。人気者とかそういう意味なら認識は間違っていない」
翻訳魔法で“モデル”は言葉として通じたが“アイドル”はそのまま音として伝わった。
これは異世界に絵画や彫刻などはあるが、テレビは存在しないためである。モデルはいてもタレントはいないので言葉として翻訳できないのだ。
「アリアンジュも人型精霊として自覚したことがあるんじゃないか?」
「それは、まぁ……」
実はもうすでに何人かの男子学園生に告白されたことがある。もちろん全て断っているがアリアンジュは「あれのことかー」と苦笑いを隠せない。
「じゃあここに集まったのは――」
「ルダージュに近しい者たちだ。自称な」
「自称した覚えなんてないんですけど……」
「では疎いと?」
「……」
意地悪な問いだ。
アリアンジュが否定できるわけがないとオリヴィエもわかっているのだ。
そして認めた瞬間“自称”することになるので逃げ道もない。
「……照れますなー」
素直に答えるのは面白くない。
そんな思いから隣のバニー少女の口真似をするアリアンジュ。
真似をされたティーユはぴくりとウサ耳を立てて隣の彼女を見上げる。そして一言「70点」と自分のモノマネに評価を下した。
どうやら気を悪くはしていないらしい。
高いのか低いのかわからない点数だが、表情はもっと精進せよとでも言いたげな顔をしている。
「もう、可愛いな〜ティーユちゃんは」
苦笑し、頭を撫でる。
「母数を考えれば親密な人が4、5人ならそこまで多くない……のかな? こんなに可愛いウサギちゃんに好かれるだけでも果報者なのに……先輩の誑し」
セルティアにティーユに、オリヴィエとシルヴィエ。そして自分自身。異世界の常識に染まり始めたアリアンジュが指折りに数えながら計算する。
『もう1人いるよ』
訂正したのはシルヴィエだった。
彼女は文字を掲げた後、すぐに絵を描き始めた。
「え、誰のことですか?」
「ここにはいないがルダージュを慕っているということであればクララ姫を忘れてはならない」
「クララ……姫?」
「この国の王女だ」
「おうじょ……王女様!?」
初耳である。
「学園の生徒ではないんですか?」
「立場上、学園に通うのは無理だろうな。そもそも彼女は今、7歳だ」
「ロリコンだっ!!」
いやああああとアリアンジュが頭を抱える。人数を受け入れようとした矢先に新たな強敵――年齢が襲いかかっていきたのだ。叫びたくもなる。
しかもまた単語の意味が通じない。
オリヴィエが不思議そうに首を傾げ「ろり、こん?」と呟き、その隣ではシルヴィエがクララ姫の絵をさささっと描いていた。
狐耳にふさふさな尻尾が特徴的な獣人の美少女だ。
「あ、可愛い……」
「ちなみに姫は我々の中で1番積極的で素直だぞ」
「え」
「すでにルダージュに結婚を申し込んでいる」
「わー……」
ロリに結婚を迫られて慌てふためく先輩。ありありと目に浮かぶ光景にアリアンジュは少しだけ同情した。
「あれ? でもそれってもしかして人型精霊って偽ったまま求婚されたってことですよね? 大丈夫なんですか?」
「ダメだろうな。近いうちに王都から呼び出しがあるだろう」
「死刑ですか、ロリコン罪で」
「……そんなに重い罪なのかその謎の言葉は」
「極刑ですよ極刑」
「ふむ。それは困ったな」
アリアンジュの冗談半分本気半分の言葉を真に受けオリヴィエが押し黙る。
「……少し真面目、政治的な話をするが構わないか?」
「社会は苦手教科だったので簡潔だと嬉しいです」
「くく、いいだろう」
オリヴィエは笑い、言葉を選ぶようにゆっくりと話を始めた。
「ここだけの話、ルダージュはクララ姫と結婚する。これは確定だ」
「……」
「なぜなら――っとアリアンジュ。呆けてないで最後まで聞きなさい」
「あ、はい」
「ルダージュは強い。幻魔を確実に倒すことができる召喚獣であり最強の人型精霊だ。その召喚士であるセルティアが宮廷魔法使として国に仕えるとは言っても、野放しにすることなどできるはずもない。そこでクララ姫との契りだ。これはルダージュを王族と結婚させることでこの国に縛りつける目的がある。象徴、さらには国の戦力として他国に喧伝するためだ」
「……政略結婚ってことですか」
「あけすけに言えばそうなる。幸い、当の本人であるクララ姫は結婚に乗り気だ。これは私の勘だがルダージュが人型精霊であろうとなかろうとクララ姫が求婚を取り消すことはない。後は彼女の実父にして現国王であるマクゼクト王の腹が決まればとんとん拍子で話が進むだろう」
「……」
ガツンと頭を殴られたような衝撃にアリアンジュは言葉を失う。
失恋――とはまた違うがルダージュが自分とは別の人間と結婚すると聞いてしまっては動揺するなというのが無理な話である。
「だから……というわけでもないがアリアンジュがセルティアの元へ無事に帰還し、ルダージュの嘘という仮面が剥がれた今、私たちも次のステップに進むために力を合わせる必要がある」
「……つまり?」
アリアンジュが合いの手を入れた。
長かった前置きが終わり、やっと本題が明かされるのだ。前のめりにもなる。
「つまり……その、なんだ……」
オリヴィエがここぞという時に尻すぼみになっていく。歯切れは悪く顔も赤い。
隣ではシルヴィエが腕を振り身体をゆらゆらさせて姉を応援している。姉の代わりに続きを答えるつもりはないらしい。
痺れを切らしたのはティーユだった。
「お兄ちゃんと恋人になるために私たちは集まった」
「わー直球だー」
飾らないティーユの言葉に戦慄しつつ、アリアンジュは次の言葉を待った。
ちなみにオリヴィエとシルヴィエには期待していない。ティーユの言葉に同調するようにうんうんと頷いている姿を見てしまってはできるはずもなかった。
「嘘はもうバレてる。今のお兄ちゃんに後ろめたい足枷は何もない。関係性を進めるなら今」
「……つまり人型精霊だと偽っていたから恋愛方面で進展がなかった、と」
「そう」
「だから事情を知っている私たちにとっては好機ってことね」
「ん……あと、異世界の常識が違うみたいだからそれを崩すために同時に攻めたい」
「異世界の常識?」
「恋人は1人だけ。こっちは違う」
「あぁー……一夫多妻、ね。多妻一夫の国もあるんだっけ? 現代人の私と先輩には馴染みのない制度かな」
「みんなでお兄ちゃんに教える。沢山の女の子を好きになっても良いよって、常識改変……安心させる」
「いま不穏な言葉が聞こえたような……」
「気のせい」
ティーユの決意の固さに圧倒され、アリアンジュは「ひゃー」と変な鳴き声しか出せなくなっていた。
なんというか、
「本気、だね」
「ん、ガチ」
おうむ返しの即答。
そこに毛筋ほどの迷いもない。
(負けてられないなー……ってそういう考えが駄目ってことだよね。私自身が昔の常識に囚われてたら本末転倒だし)
先輩の常識を崩すには手始めに己の常識を崩す必要がある。
他者との勝ち負けではなく自分との戦いだ。
「私も頑張らないとなー」
アリアンジュは認識を改め、まるで自分を鼓舞するかのように呟いた。
「で、だ」
そんな彼女に感化されてか、オリヴィエが仕切り直すように進行を引き継ぐ。
「我々は足並みを揃えてルダージュを攻略しなければならない」
「……」
一瞬、アリアンジュは「攻略って、それなんて乙女ゲー?」とツッコミそうになったが自重した。そもそも乙女ゲームが伝わらないし、複数の女子が1人の男を巡って協力する乙女ゲーなんて世界広しといえどもないだろうと口を慎んだのだ。
(逆の立場ならあるのに……一対多の恋愛アドベンチャーとか。……先輩は私たちのことを想って、1人で悩んだりしてくれてるのかな)
有耶無耶になってはいるが死に際にキスをした仲だ。相手も懸想していなければ不公平というものだ。
なんて物思いに耽ってしまったせいかオリヴィエの話が飛ぶ。
「――よって、本日の議題は我々自身のことだ。結束力を高めるためにお互いのことをよく知り、親睦を深めようではないか」
「おー」
「……!」
オリヴィエの言葉に賛同するようにティーユとシルヴィエが拍手を送る。
会議の目的が判明するまで回り道をしたが、つまりは親睦会のようなものだ。
(先輩を口実に集まる――っていうのは、ちょーっとオープンすぎて恥ずかしいけど開き直るのも大事だよね)
自己完結したアリアンジュがうんうんと頷く。この面子とならばルダージュと共に良い関係を作り上げることができるだろう。そんな予感が――
「ではここにルダージュ好き好きクラブの発足を宣言する!」
「帰らせていただきます」
あった気がしたけど羞恥心が仲を引き裂いてきた。
その代わりとでもいうように、立ち上がったアリアンジュに追い縋るように「ま、待て!」「逃がさない……!」とオリヴィエとティーユが腰に巻き付く。
「どうした!? せっかく会議の趣旨も説明してこれからが本番だというのに!」
「クラブの名前がちょっと……」
「名が気に食わないなら別のものにしよう。灰騎士にぞっ婚パーティーとか異世界ハーレムガールズでも……!」
「ネーミングセンス……ッッ! もっと普通のでいいじゃないですか!」
「では君が考えてくれ! 名誉会員1号!」
「なんですかそれ!?」
招かれた側なのになぜか1号呼ばわりされているアリアンジュ。
理由は単純だった。
「ルダージュに出会った順から番号を割り振っただけだ。私がナンバー5で妹が4、ティーユは3だ。深い意味はない」
「なる、ほど……?」
「ちなみに今日はそれぞれのルダージュへの好意をはっきりさせるために彼との出会いから今日に至るまで。好きになったきっかけなどを赤裸々に語り合うぞ。……番号順で!」
「嘘つきっ! 意味あるじゃん! 私が最初に恥ずかしい思いをするってことじゃん! もっと別の基準で番号を振ってもいいじゃないですか――ッ!」
「例えば?」
「……年齢順、とか」
「そんなことをしたらエルフで姉の私が一番手になってしまうではないか! 数百年もの間に拗らせた恋愛脳を先陣で語れというのか……!」
「自分で言わないでください! ヘタレ巫女!」
「ぐはっ」
容赦のないツッコミにオリヴィエが胸を押さえて倒れ、シルヴィエが慌てて身体を支えた。
図星という名の急所を突かれたためか、妹が揺すってもまるで反応がなく再起不能となってしまった。
残りの枷はバニー獣人だけである。
「ティーユちゃんも放して! ここにいたらクソダサクラブの仲間入りだよ!?」
「……やだ。放さない」
「ど、どうして?」
「……ノリ?」
強情な割に理由はいい加減だった。
だが次の瞬間には思案顔でアリアンジュを見上げ、説得するように口を開いた。
「私とお兄ちゃんが初めて出会ったのは巫女先生の森で行われた強化合宿の時。そこに幻魔が現れてルダージュに助けてもらって、励ましてもらった」
「えっと……何の話?」
「恋バナ」
「……!」
まさか直球で返してくるとは思わなかったのでアリアンジュは驚いてしまった。しかも、
「あの時からずっと好き」
強い。
「2日目で落ちたチョロうさぎ」
まるで誇るようにピースするティーユに毒気が抜かれる。チョロバニーじゃないんだ? なんてどうでもいい疑問を返す余裕もない。
「アリアンジュも教えて」
「え?」
「嘘をつく前のお兄ちゃんを知ってるのはアリアンジュだけ。どんなお兄ちゃんを好きになったのか私も知りたい」
「ティーユちゃん……」
「ついでにお兄ちゃんの好みを教えて。情報共有は大事」
「それが本音でしょ……別にいいけど。私だって先輩は髪が長い娘が好き――とかそれぐらいしかわからないよ?」
「ほー」
バニー獣人と復活したエルフ巫女が一斉に髪を触り始めた。ティーユは両手で毛先を摘み上げ「まだ短い……?」と首を傾げ、シルヴィエにいたっては姉の髪をいじりながら適当に髪型を変えて遊んでいる。
オリヴィエはされるがままだ。
目が見えない彼女は基本、身支度の最終チェックを妹に全面的に任せているので口出しすることはない。
ただ今回は思うところがあったのか十分な長髪にもかかわらず「もう少し私たちも伸ばしてみようか」などとシルヴィエに相談していた。
「……ホント、先輩は果報者ですよ」
たった一言でこれなら一エピソードを語り終えた時はどうなってしまうのか。
恐ろしくもあり楽しみでもある。
そんな心境がアリアンジュの中にあった。
「まったく、しょうがないな〜。ティーユちゃん」
「なに?」
「さっきの馴れ初めだけじゃ全然物足りないから。私が語ったらティーユちゃんの話ももっと聞かせてよね」
「……ん、わかった。ちょーのろける」
ティーユらしい返答に思わず笑みが溢れる。
「負けてられないな〜」
アリアンジュが座り直し改めて恋の戦友たちに向き直る。
遠回りはしたがなんだかんだ楽しい時間になるのだろうと思いを馳せながら。
――なにか忘れてるような?
という疑問を押し潰しながら。
「じゃあ、まずは私と先輩との出会いから」
口を開いた。
その時――
「たゃのもおおおおおおお!」
部屋の扉が勢いよく開け放たれ、1人の女が舞い込んできた。
金色の長い髪の女。
皆が忘れかけていたルダージュ大好き世界代表。
「セルティアちゃん? 遅かった――」
アリアンジュが振り返り、言葉を失った。
「わらひも! 髪をぉ伸ばします! 今日から、伸ばして〜床に広がるぐらいの長髪にして〜……ん〜あとは……」
伸ばした後の妄想でもしているのか、セルティアは「にへへへ」とだらしのない笑みを浮かべるとそのままアリアンジュの横に腰をかけた。
顔は赤く、気分は上機嫌。
言動は怪しく、呂律も回っていない。
極め付けは抱きしめるように抱えている一升瓶のような容器。その中で揺れる謎の液体。
誰がどう見てもアレだった。
「酔ってるな」
『べろべろ』
「……おもちゃ――真打ち登場」
三者一様とでも言うべきか。
セルティアの意外な登場の仕方に3人は似たような感想をこぼす。
そんな3人の困惑を知ってか知らずか、セルティアは楽しそうに目を細めて頬を染めるだけだった。
「セルティアちゃん、遅かったね」
「ん〜? えへへ」
「キュン……! なにその無邪気な笑顔、可愛過ぎ……! ――じゃなくて」
3人の代わりにアリアンジュが代表して酔っ払いとの会話を試みるが、いつもとは違う年相応の笑みに当てられてしまう。
「どうしたの? その飲み物とか」
「これはですね〜アルフォス学園長からの差し入れです。シラフだと喋りづらいだろって」
「さすが我が弟だ」
『気がきく』
ブラコン姉妹が得心が行くように頷く。
「でも学園生のうちから呑んでていいんですか、巫女先生」
「明日は休園日だから問題ないだろう」
「そういうことを言いたいんじゃなくてですね……」
『対象年齢はみんな過ぎてる』
「……そうなんだ。じゃあ私も呑んでみようかな」
いつの間に用意したのかシルヴィエに空のグラスを手渡される。そしてそのままセルティアに向けるとなみなみと透明な液体を注いでくれた。
「ありがと、と。あ、それよりセルティアちゃん? 髪を伸ばすのはいいけど地面に引きずるほど伸ばしたら髪が傷んじゃうでしょ? それは先輩も喜ばないと思うな」
諭すように語りかけるが、酔っ払いは首を振る。
「縛るかららいじょーぶ」
「シニョンにでもするの?」
んーんーと幼児のようにセルティアはまた首を振る。
「ルダージュのことを髪で縛るの。そうすればずっといっしょ〜」
「こーの酔っ払いめ。話が通じないぞ〜」
「縛るのわぁー手と足と、それに首ぃ〜」
「ヤンデレかな? 先輩が死んじゃうからやめようね?」
出来上がってしまった己の召喚士を介抱しつつ適当に相槌を打つ。
(束縛癖……というかセルティアちゃんって独占欲とかあったんだ)
セルティアの意外な一面に驚きつつ、こりゃシラフで相手するのも限界があるなと悟るアリアンジュ。
視線を落とすと片手にはグラスに注がれた液体が揺れ、自分の顔が映っていた。
まだグラスには口をつけていないのにその頬はすでに赤く染まっているように見えた。
「……ええい、ままよ!」
普段はしない掛け声と共にグラスを煽る。
「……私はもともとどこにでもいるピチピチの女子高生で、その日もいつも通りに学校から帰るだけだったんだ」
アリアンジュが静かに語り出し、ようやく集会が開催された。
彼女の惚気が終わるまでグラスは幾度となく空くことになるのだった。




