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最強未踏破―人類最強のおっさんは、まだ何も知らない―  作者: レイヴ
第一章 未踏領域

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第八話 東方樹海

 二日目。


 朝霧が草原を覆っていた。


 タクミが目を覚ます。


 焚き火はまだ赤く燻っている。


 周囲を見回した。


「……いねぇ」


 ローヴァンの姿がない。


 立ち上がろうとした、その時。


 ザッ。


 草を踏む音がした。


 ローヴァンだった。


 両腕いっぱいに薪を抱え、小脇には見慣れない木の実を抱えている。


「起きたか」


「あぁ」


「それ食えんのか?」


「食える」


 木の実を一つ割る。


 白い実が現れた。


「甘い」


 ローヴァンは一口かじる。


 何事もない。


 タクミも恐る恐る口へ運ぶ。


「……うまっ」


 リサも起きてくる。


「え、朝ご飯?」


「ああ」


「昨日より豪華じゃん」


「旅は拾える物を食う」


「無ければ狩る」


「あるなら採る」


 キャサリンが笑った。


「先生みたい」


「違う」


「腹が減るだけだ」


 朝食を終えると、ローヴァンは焚き火へ土を掛けた。


 灰まで確認する。


 煙は一筋も立たない。


「出る」


 五人は再び東へ歩き始めた。


 東方樹海まで、あと八日。


 三日目。


 昼過ぎ。


 空が急に暗くなった。


 ゴロゴロ……


 低い雷鳴が響く。


 次の瞬間。


 ドシャアアアッ!!


 滝のような雨が降り始めた。


「うわっ!」


 リサが頭を押さえる。


 街道はあっという間に泥へ変わった。


 ローヴァンだけは空を見上げていた。


「こっちだ」


 迷いなく街道を外れる。


 岩場を登る。


 崖の窪みだった。


 雨はほとんど吹き込まない。


「薪を集めろ」


 タクミが辺りを見回す。


「全部濡れてるぞ」


「中は乾いている」


 ローヴァンは倒木を割る。


 中心だけを取り出す。


 枯葉を詰める。


 火打石を鳴らす。


 パチッ。


 数分後。


 焚き火が燃え上がった。


 タクミは呆れたように笑う。


「何でもありだな」


「違う」


 ローヴァンは火を見つめた。


「雨の日は火を点ける場所を探す」


「火を点ける方法は後だ」


 四人は顔を見合わせる。


 また一つ。


 旅を生き抜く知識を教えられた。


 五日目。


 街道が二つに分かれていた。


 右は、そのまま東へ続いている。


 左は細い。


 草に覆われ、ほとんど道には見えなかった。


 ローヴァンは迷わず左へ曲がった。


「待て待て待て」


 タクミが呼び止める。


「そっち道じゃねぇだろ」


「道だ」


「草しかねぇぞ」


「昔は道だった」


「昔!?」


 リサが不安そうに奥を見る。


「こっちで合ってるんですか?」


「近道だ」


「どのくらい?」


「一日は縮む」


 タクミの顔が明るくなる。


「じゃあいいじゃねぇか」


「ただし」


「ん?」


「魔物が多い」


「先に言え!」


 ローヴァンはもう歩いていた。


「行くぞ」


 五人は細い道へ入った。


 しばらく進むと、道はさらに細くなった。


 人の足跡も消えた。


 やがて。


 道そのものがなくなった。


 タクミが立ち止まる。


「……おい」


「何だ」


「道なくなったぞ」


「ああ」


「近道じゃなかったのかよ!」


「近道だ」


「道がねぇんだよ!」


「問題ない」


 ローヴァンは森の奥へ進んでいく。


「お前にとってはな!」


 森が少しずつ深くなっていた。


 シュッ。


 リサの矢が一直線に飛ぶ。


 一頭の鹿が静かに倒れた。


「よしっ!」


 ローヴァンは頷く。


「腕はいい」


「合格だ」


 リサが嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます!」


「今日の飯係だ」


「そこなんだ!」


 全員が吹き出した。


 ローヴァンは鹿を解体する。


 肉。


 皮。


 骨。


 角。


 内臓。


 何一つ無駄にしない。


 ステファンが感心する。


「全部使うのか」


「捨てる理由がない」


 六日目。


 キャサリンが足を止めた。


「待って」


 草むらへしゃがみ込む。


「あった」


 小さな青い花だった。


 葉を一枚ちぎる。


 指で潰す。


 香りを確かめる。


「止血に効きそう」


「傷にも使えると思う」


 ローヴァンも覗き込む。


「珍しいのか」


「うん」


「初めて見る」


 ローヴァンは頷いた。


「採るか」


 二人で丁寧に根ごと掘り起こす。


 革袋へ入れた。


 リサが首を傾げる。


「使うんですか?」


「いや」


 ローヴァンは首を振る。


「薬師へ渡す」


「研究になる」


 リサの口元がにやける。


「薬師って……女ですか?」


「ああ」


「へぇ~」


「誰です?」


「薬師見習いだ」


「この前会った」


 タクミが笑う。


「怪しいな」


「違う」


「約束した」


「珍しい薬草を見つけたら届けると」


 キャサリンが優しく笑う。


「きっと喜ぶね」


「ああ」


 ローヴァンは革袋を大切そうにしまった。


 七日目。


 ガサッ。


 茂みが揺れた。


 オークだった。


 一体。


 二体。


 三体。


 さらに奥から三体。


 タクミが前へ出る。


「任せろ」


 大剣を抜く。


 一歩。


 踏み込む。


 ズガァァンッ!!


 一撃だった。


 最初の三体がまとめて吹き飛ぶ。


 返す刃。


 残りも叩き斬った。


 静かになる。


 タクミが剣を肩へ担ぐ。


「どうだ」


 ローヴァンは頷いた。


「力はある」


 タクミが笑う。


「だが」


 その笑顔が止まった。


「今のお前にしか出来ない仕事が見えん」


「……どういう意味だ」


「お前は強い」


「だが」


「俺にも出来る」


「お前だけの役目がない」


 タクミは黙った。


 ローヴァンは歩き始める。


「考えろ」


「旅はまだ長い」


 九日目。


 昼過ぎ。


 ローヴァンの足が止まった。


「着いた」


 四人が顔を上げる。


 その先には。


 空を覆い隠すほど巨大な木々が並んでいた。


 幹は家より太い。


 枝は雲へ届くほど高い。


 陽の光はほとんど地面へ届かない。


 森ではない。


 巨大な壁だった。


 誰も言葉を失う。


 ローヴァンでさえ、静かに見上げる。


「……初めて見る」


 その一言だけだった。


 目の前には。


 人類未踏。


 東方樹海が静かに五人を迎えていた。


 誰も動かなかった。


 目の前には、壁のような森が広がっている。


 風が吹く。


 枝葉が揺れる音だけが響いた。


「……行く」


 ローヴァンは一歩踏み出した。


 東方樹海へ足を踏み入れる。


 空気が変わった。


 湿っている。


 重い。


 昼だというのに薄暗い。


 見上げても空は見えない。


 枝が幾重にも重なり、陽の光を遮っていた。


「でけぇ……」


 タクミが思わず呟く。


 一本一本の木が、王都で見たどの木よりも大きい。


 根は岩を飲み込み、蔓は蛇のように地面を這っている。


 リサが辺りを見回す。


「こんな森……見たことない」


「俺もだ」


 ローヴァンは静かに答えた。


「人類未踏だからな」


 少し歩く。


 花が咲いていた。


 青く光る花。


 掌ほどもある葉。


 見たことのない茸。


 透明な羽を持つ虫が音もなく飛んでいる。


 ローヴァンは足を止めた。


「全部初めてだ」


 その声は少しだけ嬉しそうだった。


 タクミが笑う。


「子供みてぇな顔してるぞ」


「そうか」


「してる」


 ローヴァンは否定しなかった。


 その時だった。


 キャサリンの足が止まる。


「……待って」


 全員が振り返る。


 キャサリンは森の奥を見つめていた。


「どうした」


「嫌な予感がする」


 静かな声だった。


「行かない方がいい」


 ローヴァンは少し考える。


「勘か」


「ああ」


「すごく嫌」


 ローヴァンは前を見る。


「行かない理由がない」


 そう言って歩き出した。


 キャサリンは小さくため息を吐く。


「やっぱり」


 リサが苦笑する。


「言うと思った」


 さらに進む。


 突然。


 ローヴァンの足が止まった。


「止まれ」


 全員が動きを止める。


 目の前。


 木と木の間に、白い糸が張っていた。


 太さは腕ほど。


 一本ではない。


 何十本。


 何百本。


 森全体を覆っている。


 ステファンが見上げる。


「……蜘蛛の糸?」


「だろうな」


 ローヴァンは剣を抜いた。


 一本だけ切る。


 キィン。


 金属を叩いたような音が響く。


「硬い」


 その時だった。


 リサが震える声を漏らす。


「ろ、ローヴァンさん……」


 指差す。


 全員が視線を向けた。


 木の上だった。


 オーク。


 一体。


 二体。


 三体。


 いや。


 十体。


 二十体。


 もっといた。


 全部。


 白い糸で吊るされていた。


 干からびている。


 血は一滴も残っていない。


 タクミが息を呑む。


「全部……食われたのか」


 さらに奥。


 今度は鎧が見えた。


 騎士だった。


 王国だけではない。帝国の文様。


 折れた槍。


 砕けた盾。


 剣を握ったまま。


 何十人もの人が、木から吊るされている。


 その隣には。


 冒険者。


 革鎧。


 弓使い。


 誰も逃げられなかった。


 森そのものが墓場だった。


 リサが青ざめる。


「嘘……」


 ステファンが大盾を構える。


「ここは危険だ」


 キャサリンは唇を噛む。


「だから言ったのに……」


 ローヴァンだけが静かだった。


 吊るされた死体を見上げる。


 切断跡。


 噛み跡。


 糸。


 順番に確認する。


 そして呟いた。


「……蜘蛛だな」


 その瞬間。


 ズルッ……


 森の奥から。


 何か巨大なものが地面を這う音が聞こえた。


 全員の身体が強張る。


 音は一度だけだった。


 それ以上は聞こえない。


 だが。


 誰も動かなかった。


 ローヴァンは、


 音の方向だけを見つめた。


「……でかいな」


 そして、


 静かに口元を緩めた。


「……面白い」


 東方樹海は。


 人類が、入ることを許していない。

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