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最強未踏破―人類最強のおっさんは、まだ何も知らない―  作者: レイヴ
第一章 未踏領域

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第五話 最強

 ローヴァンは横倒しになった荷車の前へしゃがみ込んだ。


 折れた車軸。


 外れた車輪。


 裂けた荷台。


 一つずつ確かめる。


「直る」


 リーナが目を丸くした。


「え?」


「木を切る」


 ローヴァンは森へ入った。


 しばらくして。


 真っ直ぐに伸びた木を一本担いで戻ってくる。


 剣を抜く。


 迷いなく削る。


 長さを合わせる。


 太さを合わせる。


 車軸を作る。


 蔓を裂く。


 何重にも巻く。


 車輪を戻す。


 荷台を補強する。


 最後に自分の体重を掛けた。


 ギシ……


 荷車は耐えた。


 ガルスが思わず笑う。


「お前、本当に冒険者か?」


「そうだ」


「大工じゃなくてか」


「旅では必要だ」


 短い返事だった。


 三人で荷物を集め始める。


 食料。


 水袋。


 薬箱。


 毛布。


 残っている物を一つ残らず荷台へ積んでいく。


 その時だった。


 ローヴァンが森へ戻っていく。


 リーナが首を傾げた。


「どちらへ?」


 返事はない。


 数分後。


 森の奥から現れた。


 肩へ担がれていたのは、赤黒い長い毛を持つ怪物だった。


 首は落ちている。


 黄金色の瞳は閉じたままだ。


 リーナが思わず後ずさる。


「それを……」


「証拠だ」


 ローヴァンは怪物を荷車へ積み込んだ。


 ガルスが笑う。


「素材にもなるな」


「ああ」


「骨も革も使える」


「無駄にせん」


 続いてガルス。


 リーナの兄。


 二人を毛布の上へ寝かせる。


 揺れないよう固定する。


 最後に革袋をリーナへ渡した。


「傷が開いたら使え」


「はい」


 リーナは両手で革袋を抱えた。


 兄を見る。


 裂傷はすでに塞がり始めている。


 あれほど深かった傷が、信じられないほど綺麗に閉じていた。


 薬師として信じられない光景だった。


 ローヴァンは荷車の前へ立つ。


 蔓を肩へ掛ける。


 ゆっくり息を吸う。


 ギシ……


 荷車が動き始めた。


 リーナが慌てて後ろへ回る。


「押します!」


「いい」


「でも!」


「転ぶ」


 リーナは言葉を失った。


 荷車はゆっくり坂を登っていく。


 石に乗り上げる。


 止まりかける。


 ローヴァンは肩へ力を込めた。


 ギシ……


 また動く。


 倒木。


 ぬかるみ。


 岩。


 何度も止まりそうになる。


 それでも止まらない。


 ガルスが苦笑した。


「みっともねぇな」


「第三騎士団長が荷車で運ばれるとは」


「醜態だ」


 ローヴァンは前を向いたまま答える。


「自業自得だな」


 ガルスは笑った。


「違ぇねぇ」


 リーナも思わず笑ってしまう。


 重苦しかった空気が、少しだけ軽くなった。


 昼を越えた。


 森を抜ける。


 街道へ出る。


 夕暮れ。


 王都の巨大な城壁が姿を現した。


 門兵が槍を構える。


「止まれ!」


 荷車が近付く。


 門兵の表情が変わった。


「第三騎士団長!」


「生存者だ!」


「赤紙成功!」


 一人の兵士が鐘楼へ駆け出す。


 次の瞬間。


 ゴォォォン――。


 王都へ鐘が鳴り響いた。


 一回。


 そして。


 ゴォォォン――。


 二回。


 さらに。


 ゴォォォン――。


 三回。


 市場の商人が顔を上げる。


 鍛冶屋の槌が止まる。


 子供たちが走るのをやめる。


「三鐘だ……」


「赤紙成功だ!」


「誰が帰った!」


 巨大な門がゆっくりと開く。


 その向こうから現れたのは、一人の冒険者だった。


 肩で荷車を引いている。


 荷台には第三騎士団長。


 重傷の騎士。


 そして見たこともない赤黒い怪物。


 歓声は上がらなかった。


 誰もが道の端へ寄る。


 静かに。


 まるで英雄の帰還を迎えるように。


 ローヴァンは誰にも目を向けない。


 ただ真っ直ぐ前だけを見て歩いていた。


 ローヴァンは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。


 ギィ……


 扉が開く。


 酒場は、静まり返った。


 酒を飲んでいた者。


 依頼を選んでいた者。


 受付へ並んでいた者。


 全員の視線が荷車へ集まる。


「……団長」


「第三騎士団長だ」


「生きてるぞ」


「何だ、あの化け物……」


 ギルド長がゆっくり歩いてきた。


 荷車を見る。


 ガルスを見る。


 重傷の騎士を見る。


 そして。


 赤黒い怪物の死体を見つめた。


「……何があった」


 ローヴァンは肩から蔓を外した。


「未踏破だ」


 それだけだった。


 ギルド長は怪物へ目を向ける。


「これが第三騎士団を壊滅させた魔物か」


「ああ」


 酒場がざわつく。


「嘘だろ……」


「こんなの見たことねぇ」


「これを一体どうやって……」


 ローヴァンは何も答えない。


 代わりにガルスが笑った。


「聞きてぇか?」


 酒場中が静まり返る。


「俺たち第三騎士団は」


「こいつ一匹に負けた」


 誰も声を出さない。


「団長である俺は」


「谷底まで叩き落とされた」


 古参の冒険者が顔色を変えた。


「大峡谷か……」


「あそこは底なんか見えねぇぞ」


「地図も崖までだ」


 ガルスは苦笑した。


「そうだ」


「俺も死んだと思った」


 ローヴァンを見る。


「だが、こいつは来た」


「第三騎士団を壊滅させたこいつを斬った」


 ガルスは一度息を吐く。


「そのあとだ」


「俺を探して、一人で谷底まで降りてきた」


「俺を背負った」


「崖を登った」


「荷車まで直した」


「最後は俺たちを引いて帰ってきた」


 誰も動かない。


 一人の老冒険者が震えた声で呟く。


「……人間か?」


 ガルスが笑う。


「俺も途中から分からなくなった」


 その時だった。


 リーナが一歩前へ出る。


「違います」


 全員が振り向く。


 リーナは革袋を胸へ抱えていた。


「兄は危険な状態でした」


「傷は内臓のすぐ手前まで裂けていました」


「私も薬師です」


「できることは全部やりました」


 俯く。


「……本当に」


 顔を上げる。


「でも」


「ローヴァンさんは帰ってきました」


 革袋を掲げる。


「谷底から、この薬を持って」


 酒場中が革袋を見る。


「兄の傷は」


「私の目の前で閉じました」


 ざわめきが起きる。


「そんな薬あるわけ……」


「見たことねぇ」


 リーナは首を横へ振る。


「私も見たことありません」


「兄が生きているのは」


「ローヴァンさんのお陰です」


 深く頭を下げた。


 酒場は静まり返る。


 ギルド長は怪物の前へしゃがみ込む。


 毛並み。


 腕。


 爪。


 腰を見る。


 騎士の剣が差さっていた。


 それを引き抜く。


「……剣?」


 ローヴァンは頷く。


「ああ」


「使った」


 酒場がざわつく。


「魔物が?」


「剣を?」


 ローヴァンは静かに答えた。


「ああ」


「まだ未熟だった」


 ギルド長が顔を上げる。


「どういう意味だ」


 ローヴァンは少しだけ考えた。


「一年」


 酒場が静まり返る。


「あと一年」


「剣を使い続けていたら」


 短く息を吐く。


「状況は違った」


 その一言だけで十分だった。


 酒場から笑い声は消えた。


 ギルド長が怪物を見る。


「未踏破には」


「こんな怪物がいるのか」


 ローヴァンは首を横へ振る。


「違う」


 全員がローヴァンを見る。


 ローヴァンは遠くを見るように呟いた。


「こいつは下だ」


 朝靄。


 反対側の崖。


 金色に輝く巨大な影。


 そして。


 足元へ転がっていた巨大な白骨。


「それより」


 小さく息を吐く。


「広い世界がある」


「俺たちはまだ、何も知らない」


 酒場から音が消えた。


 誰一人として、その言葉を疑う者はいなかった。

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