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第3話 初めての筋トレと、お兄様の超警戒

この度は数ある作品の中からこの作品を選んでいただきありがとうございます。

「……僕のルミィの聖域に勝手に侵入し、あろうことか『もやし』などと不敬な言葉を吐くとは……。どこのどいつですか、その薄汚い虫けらは」


戻ってきたお兄様――レオの紫色の瞳が、すうっと温度を失って凍りつく。手元では、私の離乳食用(?)の特製スープを乗せた銀のトレイが、お兄様の放つ謎のプレッシャーでみしみしと音を立てていた。

6歳にしてすでに覇王の片鱗を見せるお兄様は、躊躇なく右手を掲げ、ピピに向けてパチパチと漆黒の雷撃を収束させ始めた。

(ひえええっ!? お兄様、生後1ヶ月の赤ちゃんのベッドの真上で攻撃魔法をぶっ放そうとしないでーーー!?)

私が声にならない悲鳴をあげた瞬間、ピピは怯えるどころか、フンと鼻で笑って空中でひらりと身をかわした。お兄様の雷撃は、ピピの手のひらサイズの結界にあっさりと霧散させられる。


「あ? なにこの生意気なガキは。僕をただの虫けらと一緒にしないで。僕はピピ、この子の命を救う最高のコーチだよ!」


「ほう……僕の魔法を容易く相殺しましたか。ですが、ルミィの側から排除することに変わりはありません」


「待ってよね。僕はこのもやしっ子の魂に刻まれた契約精霊だ。嘘だと思うなら、この子の魔力の波長を感じてみろ。俺の魔力と完全に同調しているはずだ」


ピピの言葉に、お兄様は怪訝そうに眉をひそめ、ベッドの上の私にそっと手をかざした。

(あ、危ない……! ステータス画面、お兄様に見られたら絶対にマズい……!)

私は焦って、心の中で必死に

『ステータス、閉じて! 非表示!!』

と念じる。幸いにも、私の視界を覆っていた半透明のプレートは瞬時に消え去ってくれた。生後1ヶ月の赤ちゃんがこんなヤバいステータス(生存可能時間3時間とか、武の神ゼクスの嫉妬とか)をお兄様に見せるわけにはいかないのだ。

お兄様は私のステータスプレートには気づかないまま、私から溢れる魔力をじっと感知していた。やがて、その瞳が驚きに見開かれる。


「……本当、ですか。ルミィの魔力の根源と、この羽虫の波長が完全にリンクしている……。ルミィが自ら望んで契約した精霊、ということですか……」


お兄様は信じられないといった様子で私を見つめ、それからこれ以上ないほど悔しそうに拳を握りしめた。どうやら

「ルミィの初めての契約相手が僕じゃなくてこんな羽虫だなんて!」

と絶望しているらしい。


「不本意ですが……ルミィの魔力と結ばれている以上、僕が勝手に消し去るわけにはいきませんね。滞在することだけは許可しましょう」


お兄様はこれ以上ないほど冷徹な笑顔でピピを睨みつける。


「ただし。僕のルミィに少しでも有害な真似をしたら、その薄汚い翅をごと毟り取って庭の肥料にしますからね?」


「へっ、言われなくてもこの子の筋肉は俺が責任を持って育てる。おい、もやしっ子!―――


「もやしっ子じゃない」


「わかったよ!フラン 挨拶代わりにまずはこれだ!」


お兄様のドス黒い脅しを完全にスルーしたピピが、私の顔の前に飛んできてビシッと指を差した。


「今すぐ『ドローイン』をやるよ! 仰向けのまま息を吐ききって、お腹を極限まで凹ませて! インナーマッスル(腹横筋)に意識を集中させるんだよ!」


(ええっ、今!? お兄様がガン見してるこの状況で!?)

しかし、私の持久力はお兄様がいないと3時間でゲームオーバーなのだ。お兄様依存を脱却するためには、1秒だって無駄にはできない。

(やってやるわよ……! ぬううううう!)

私は覚悟を決め、ピピの指示通りに呼吸をコントロールし始めた。

ゆっくりと息を吐きながら、動かないお腹の筋肉をこれでもかと内側に絞り込んでいく。

生まれたての赤ちゃんボディにとって、これは命がけの大激動だ。

脳内(中身のアラサー女子)では、すでに凄まじい絶叫が響き渡っていた。

(ぐ、がはっ……!! お腹が、お腹のインナーが千切れるーーー!! 筋肉がなさすぎて息が止まる! 誰か救急車呼んでーーー!!)

あまりの苦しさに、私の口から

「ンぐぅぅぅあぁぁーーー!!」

という泥泥の濁声が漏れそうになった――その瞬間。

美の女神アミリア様から授かったチート加護、『流麗なる白鳥』と『声帯の美調』が容赦なく強制発動した。


「ふにゃぁう……♪ う、うぅん……?」


(……はえ!?)

私の耳に届いたのは、前世の限界アラサー女子の濁声ではなく、まるで天使がそよ風の中でハミングしているかのような、鈴を転がすほど愛らしい吐息だった。

さらに、必死すぎて白目を剥きかけていたはずの私の顔は、加護の力によって

「シーツの海にたゆたう可憐な美少女の、儚げで神秘的な微笑み」

へと強制変換されている。汗の一滴すら、真珠のようにキラキラと輝いてパールのアクセサリーのようだ。

これを見たお兄様はというと。


「っ……!? あ、あああ……ル、ルミィ……! なんて、なんて愛らしいんだ……! 天使がベッドに舞い降りて僕に歌いかけてくれている……!」


ガタガタと音を立ててトレイを机に置いたお兄様は、両手で顔を覆い、あまりの尊さに感動の涙を流しながらその場に膝をついていた。背景には幻の薔薇が咲き乱れている。

(お兄様ーーー! 騙されないで! 私、今めちゃくちゃ腹筋引き千切れそうになってるだけだから!!)


「よし、そのままキープだよフラン! 筋肉を裏切るな! 脂肪を燃やせ!」


「ふにゃ……ぅ(死ぬ……!)」


「ああ、また僕のルミィが可愛い声を……! 録音魔導具はどこだ、早く持ってこい……!」


お兄様が尊さで気絶しかけている横で、ピピの鬼のカウントダウンが続く。

数十秒後、ピピから

「よし、脱力!」

のサインが出た瞬間、私は本当の意味で意識が飛びそうになった。

お兄様が涙を拭いながらスープの準備をしている隙に、私は心の中で素早くステータス画面を一瞬だけ開いて確認する。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

・体力(HP): 3 → 4

・筋力: 0.1 → 0.11

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(増えてる……! ちゃんと増えてるわ……!!)

わずか0.1の進化。それでも、私にとっては未来への確かな第一歩だった。

膝をついてハァハァと感動しているお兄様を横目に、私は心の中で静かにガッツポーズを決める。

(見てなさいゼクス……! 私は絶対にこの世界で生き延びて、いつかその顎にアッパーカットを叩き込んでやるんだから……!)






こうして、お兄様の目が完全に曇っている(加護のせいで)のをいいことに、私の極秘ステルス筋トレ生活が本格的にスタートしたのだった。

ご視聴いただきありがとうございました。本作の原作にあたる作品も、ぜひあわせてお読みいただけますと幸いです。

https://ncode.syosetu.com/n8541ml/

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