害虫
「守衛さん!!」
宿舎に戻り自分の部屋でのんびり酒を飲んでいた俺のもとに、受付嬢のサリーが飛び込んできた。よほど急いできたのか息も絶え絶えだった。
「うん?どうした?」
「どうしたじゃありません!!彼女、エミリーがどこにもいないんです!!」
俺はその言葉に持っていた酒を床に落とす。
「いつからだ!?」
「二時間ほど前からです!」
俺と別れてすぐだ。
「街は探したのか!?」
「はい、ギルド職員全員の力を借りてすべて探しました!」
彼女はエルフ、目立つはずだ。街にいたら目撃者がいるはずそうなると残るは……
「森か!!」
俺は槍を持ち部屋の窓から急いで出て行く。
「守衛さん!?」
「あんたはもう一度念のために街を探しておいてくれ!」
そう言って俺は《《全力》》で走る。
「な、なに……あれ……」
そのあまりの速さに呆然とサリーは立ち尽くしていた。気づくと既にキースの背中は遠く小さくなっていた。
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「くそ!」
俺は森に着き探し回るがどこにもエミリーの姿は見えなかった。それもそうだ。森の素人の俺がただ無秩序に探すだけでは見つけるのは難しい。しかし、ゆっくりと探している暇はない。
まさに八方塞がりだった。強く握るキースの手は赤くなっていた。
「力があっても誰も助けられない……皮肉だな」
生まれ持っての天才。そんな自分だった故に過信していた。俺が本気を出せば守れないものなんてないと。だが、力はただの力だ。それを俺は忘れていた。
今いるのはエミリーのような知恵であり知識だ。考えるんだ。どうすれば彼女を見つけられる?俺はうつむき地面が視界に入る。そこは妙に盛り上がっており見覚えがある地面だった。
「これは……ゴブリンの糞……」
近くに彼らの巣があるのだろう。だが、そんなこと今分かっても意味など…
……いや、森は彼らにとって庭のようなものだ。そして彼らなら彼女を見ているかもしれない。そう考えた瞬間足は彼らが通ったであろう道の方向に駆け出していた。
開けた場所出る。そこには巣があり多くのゴブリンたちがいきなり出てきた俺に驚いていた。
「ギャ!?」
彼らは俺に向かって武器を構えて臨戦態勢になる。
「待ってくれ!」
俺は槍を地面に投げ捨てて戦意がないことを示す。
「聞きたいことがあるだけなんだ!」
俺は手を強く握り彼らに呼び掛ける。その必死さを彼らは感じ取り戸惑う。
「ギャ?」
「なんだ?」と言われたような気がした。
「ついさっきこの森に小さなエルフの女が来なかったか?おそらく複数人だったはずだ」
俺の言葉にゴブリンは腕を組み唸っている。やはり無理なのか……
そう諦めてしまいそうだった時に一匹のゴブリンが手を挙げて鳴く。
「ギャ!」
「見たのか!?」
「ギャ!ギャ!」
ゴブリンは大きく頷く。
「頼む!その場所に案内してくれないか?」
俺は地面に頭をつけて頼む。それにゴブリンたちは戸惑う。人間が自分たちにそこまで誠実な態度をとることなど今までなかった。初めての体験にゴブリンたちは騒ぎになる。
そして、手を挙げたゴブリンは大きく頷きキースに近づき手を差し出す。
「ギャ!」
それは決して手を掴めという意味ではなかった。対価を求めている。俺にはそう感じられた。俺は必死にポケットなどを探るも出てきたのは非常用の干し肉だけだった。
「……すまない。これしか今はないんだ…」
「ギャ!!」
ゴブリンは嬉しそうに笑い喜ぶ。「これでいいんだ」と言ってくれているようだった。
「そ、そんなのでいいのか?」
「ギャ!」
ゴブリンが頷く。その様子を見て俺は思った。彼らは本当は対価など求めてない。ただ、対価なしではどうしても人を信じられない。だから対価を求めたのかもしれないと。
ゴブリンは「ついてこい」と言わんばかりに先導してくれる。それに俺は黙ってついて行く。
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「ここは……」
エミリーが目覚めるとそこは薄暗い場所だった。背中が冷たくて少し痛い。どうも地面に横になっているようだった。
「お、目覚めたかい?」
そう言って冒険者の少年はエミリーに近づいてくる。後ろに下がろうとするが手足は縛られており身動きが取れない。
「どういうことですか!自首してくれるんじゃないんですか!?」
エミリーはキースと別れたあと一人で短剣の持ち主のもとに行った。そして彼に自首するように告げ、彼はそれを了承してくれた。そのはずだった。しかし、そのあとすぐに意識がなくなり今に至る。
「本当に君は馬鹿だね?まあ、そうでもなければ魔物の姫などというあだ名はつかないだろうね?」
魔物の姫。
そのあだ名は決してその知識だけを象徴するあだ名ではなかった。魔物とは人間種の間では排除すべき敵。そんな生き物について詳しい彼女を揶揄してできたあだ名でもあったのだ。
「私には魔物達よりあなたのほうがよっぽど魔物に見えます。自分のパーティーメンバーを襲って殺すような外道ですから」
エミリーはその翡翠色の目で彼を射抜き告げる。翡翠は澄んでおり混じりけの一つもない。
「あんなものと一緒にするんなんて……冗談じゃない!!」
「うっ!?」
彼は激昂してエミリーのお腹を強く蹴る。それは骨にまで衝撃が伝わり彼女の意識を朦朧とさせる。そんなエミリーの様子に少年は満足して続ける。
「彼女もそうだった。僕のことを人間じゃないとかさんざん言ってくれていた。だから……教えてやったのさ、身の程というものをね?」
彼はそう言って舌なめずりする。その姿はゴブリンなど比にならないほどの怪物に見えた。
「それで……彼女を襲い、ゴブリンに犯行を擦り付けようとしたのですね?」
「ああ、そうさ。いやー君に聞いた知識が役に立ったよ。奴らは縄張りの近くに糞をする。あの知識のおかげで奴らの巣を特定するのに時間はかからなかった」
下卑た笑みはエミリーの心臓をきゅっとさせた。
「そ、そんな……私の知識を……」
自分の知識を利用された……
そんなこと微塵も考えていなかった。ただエミリーは少しでも両者の役に立てばいいと思った。純粋なものだった。
「ふふ、君は本当に馬鹿だね?君は言ったよね?「これで必要のない戦闘を避けられますよ」ってね?だけどね……彼らは害虫だ。無視なんてするものかよ」
彼の目にはただ純粋な目だった。魔物は敵。
それがこの世界の理だ。知っていた。だけど、ここまで圧倒的な敵意があるとはエミリーには予想がつかなかった。彼らはまるでゴキブリやハエなどを殺すように魔物も殺すだろう。悪意など初めから無いのだ。
「さて、君にはお礼をしようかな?」
「お礼……?」
「ああ、最高に気持ちいいものだよ」
彼は少しづつエミリーのほうに近づいてくる。
「そうやって彼女も殺したのですか?」
「ああ、騒ぐ彼女を黙らすのは苦労したよ」
彼はそう言いながらエミリーの顔に自分の顔を近づけ囁く。
「ここは、オオカミの巣穴だから誰も来ない。この意味が分かるよね?」
騒いでも意味がない。遠回しにそう言いたいのだろう。
「そうですか……好きにしてください」
エミリーは覚悟が決まっていた。その目はじっと彼の目を射抜く。その目が気に入らない彼は舌打ちをする。
「なら、お望み通り無茶苦茶にしてやるよ!」
少年の手がエミリーに触れるその瞬間、少年は横に吹き飛び壁に衝突する。
「すまん。待たせた」
「守衛さん!」
守衛さんはその黒く光る槍とともに私の前に現れたのだった。
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