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あなたの知ってる魔物の知識、間違ってませんか?   作者: 水海雫
第一章 崩れる常識

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2/9

同じ生物として

エミリーの言葉は俺の思考を完全に停止させた。


(ゴブリンが人の言葉を理解してる?何の冗談だ?)


俺はきっとその不信感が顔に出ていたのだろう。エミリーは背負っているバッグから白い牙のようなものを取り出して俺に見せてくる。


「なんだ、それは?」


「これは、ゴブリンと物々交換をして譲ってもらった彼らの抜けた歯です。」


俺は手に取って確認する。それは人間の歯とは明らかに違い鋭くギザギザにとがっている。どうもエミリーは嘘を言っているわけではないようだった。だが、それはあまりにも荒唐無稽で信じるのは難しい。


「まだ信じられませんか?」


「………ああ」


「分かりました。でしたら実際にゴブリンを見てみましょう」


そう言ってエミリーは俺の手を引きギルドの入り口から出て行く。


「お、おい!?どこに行くんだ!?」


エミリーは俺の言葉など聞こえていないかのようだった。その時の彼女の後姿はとても頼もしく感じた。


______________________


……そのはずだった。


「ひ、ひい!?」


うっそうとした木々からカラスが飛び立ち不気味な鳴き声があたり一帯に響き渡る。風で枝が揺れ音がする。それを聞きエミリーは俺の後ろに隠れる。


「なあ、ここはまだ森の入り口だぞ?」


「こ、怖いものは怖いんです!」


俺は手を額に当てうつむき、大きくため息を吐いた。先ほどまでの頼もしい彼女はどこに行ったのやら。俺は後ろに顔を向け縮こまっているエミリーに言う。


「で、森に来たってことは巣に行くんだよな?」


「は、はい」


「お前、自分の身は守れるのか?」


俺の言葉にエミリーは肩を震わせて元々怯えて縮こまっていたのがさらに小さくなっていき、顔を背けて耳をぴくぴくと震わせていた。


予想はしていたが俺が守るのか……


「はあ、とにかく道案内は頼んだぞ?」


「も、もちろんです」


震えているエミリーを連れて俺は森の中に入っていく。


そして、森の中に入って少し経った頃、道の隅のほうの地面が少し盛り上がっていた。それにエミリーは素早く気づき近づく。


「これは……」


エミリーは何かを確信してバッグからスコップを取り出してその地面を掘る。そしてどんどん深くなっていくにつれて強烈な異臭がしてきた。


「なんだこの匂いは!?」


「この匂いはこれが埋まっていたからです」


エミリーはそれをスコップで拾い俺に見せてくる。


「……おい、これは」


「はい。ゴブリンのうんちです!」


エミリーはその強烈な匂いをものともせずに無邪気に笑いながら俺にうんちを近づけてくる。


「馬鹿!それを早く埋めなおせ!」


「嫌です!!大切な情報源ですから!」


「情報?どういうことだ?」


エミリーはうんちを地面に置きじっと凝視する。その眼差しは先ほどギルドでゴブリンの話をしていた時の彼女の顔だった。


「このうんちはまだ湯気が出ていて暖かい、つまりこの近くにゴブリンが先ほどまでいたということです。そしてゴブリンは縄張りの近くにうんちをしてここから先は縄張りだと主張する習性があります」


エミリーは周りを見渡し何かに気づき草が生い茂っているほうを指さす。その方向の草だけが綺麗に倒れて道になっていた。


「あちらに行ったようですね。おそらくこの先に巣があるのでしょう」


「お、おい!」


エミリーは迷いなくその方向に進んでいく。俺は慌ててエミリーの後をついて行くと開けている場所に出た。そこには洞穴がありゴブリンが出入りしていた。


「どうも当たりのようですね」


「らしいな……」


木の陰に隠れながら見るとゴブリンはざっと見ても十匹以上はいる。しかし、集団戦はなるべく避けたい。俺一人ならともかくこいつを守りながらきついかもしれないしな。そんなことを考えていると隣にエミリーがいないのに気づく。


「ちょっといいですか?」


「ギャ!?」


気づけばエミリーは真正面からゴブリンに話しかけに行っていた。さすがにゴブリンたちも困惑していた。


「あの馬鹿!!」


俺は慌てて飛び出しエミリーの前に出る。それに驚きゴブリンたちは一気に戦闘態勢に入る。


「待ってください!」


エミリーが俺の前に出てきて声を大きくして告げる。


「私たちは戦いに来たわけではありません!勝手に縄張りに入って来たのはすみません。ですが、どうか話を聞いてください!」


彼女は必死に頭を下げてゴブリンに言う。無駄だ。魔物相手に言葉など通じるわけがない。俺は槍を構えて臨戦態勢に移行しようとする。


「守衛さん、槍を地面においてください」


「は!?何を言ってるんだ!できるわけないだろ!」


「いいですから!」


まただ。エミリーの翡翠色の目が俺を射抜く。私を信じてくれ。俺にはそう言っているような気がした。


「はあ、分かったよ」


俺は地面に膝をつきゆっくりと槍を置く。


「これでいいか?」


「はい、ありがとうございます」


俺が槍を地面に置く様子を見てゴブリンたちは何かを察したように戦闘態勢を解いていく。俺はそれを呆然と眺めていた。


「まじかよ……本当だったのか……」


彼女の言っていたことは本当だった。


「ゴブリンの皆さんありがとうございます。実は今回は皆さん巣にある人間の女性の遺体を回収に来ました」


「ギャギャ?」


「ギャ」


ゴブリンは仲間同士で何かを言い合っていた。そして仲間の一人が巣の中に入っていった。少しして数人のゴブリンが遺体を運びながら出てきた。


「ギャギャ?」


まるで「これか?」と尋ねるように遺体を指さしていた。


「はい!その方です。ありがとうございました!」


「ギャ」


まるで「構わない」と言うように手を振っていた。その様子はまるで人間同士の会話のようだった。


「これはほんの気持ちですが……」


エミリーはバッグから肉塊を取り出してゴブリンに渡す。


「ギャ!?ギャギャ!?」


「はい、皆さんで分けてください」


「ギャ!!」


ゴブリンは肉塊を受け取りとても嬉しそうな声を上げ不思議な踊りを踊っていた。


「準備がいいんだな?」


俺はエミリーの隣に行き彼女に言う。


「はい、彼らは基本的に食べ物を与えておけば友好的ですから」


「そうか……で、あの踊りはなんだ?」


「あれは彼らの喜びを伝える踊りです」


その様子は俺にはとても凶悪な魔物には見えなかった。しかし、彼らは魔物だ。油断すればこちらの命が危ない。そんなことを忘れそうになる光景だった。


「あいつらは本当に危険なのか……」


俺の漏れ出た言葉にエミリーは一瞬こちらを見てはっきりと告げる。


「ええ、危険です」


「だが、言葉が通じるなら……」


「通じはします。ですが、人間とは理が違います。慣習も常識も違います。だから私たちは知る必要があるのです。そして正しく付き合っていく必要があると私は思います。それが余計な血を流さなくて済むことになります」


彼女は魔物を敵にも味方にも見ていない。エミリーはどこまでも誠実に魔物に向き合っている。同じ生物として。


「そうか……」


考えたことなどなかった。魔物は敵だとただそんな大きな常識に縛られていた。彼らもこの世界を精一杯生きる同じ生物なのにな……


「ギャ!」


「うん?なんだ?」


気が付くとゴブリンがこちらに近づいてきて俺に向かって何かを差し出していた。よく見るとそれはまぶしく輝くミスリルの短剣だった。


「これを俺にくれるのか?」


「ギャ!!」


「そうか」


俺は素直にその短剣を受け取る。だが、妙だな。ゴブリンたちではこんなものは作れないはずだ。いったいどこから……


「なあ、この短剣はどこから手に入れたんだ?」


「ギャ!」


ゴブリンは遺体を指さす。


「あの遺体が持ってたのか?」


「ギャギャ」


首を横に振る。どうも違ったらしい。確かに遺体は裸だし武器を持っているのは不自然か……となるとこれは……


「この遺体をこの巣に持ってきた人間が持っていたものですか?」


「ギャ!」


エミリーの問いに今度は勢いよく首を縦に振る。


「そうですか……」


エミリーはうつむきぽつりと告げる。


「つまり……犯人の武器だっていうのか?だが、なんでゴブリンたちが持ってるんだ?」


「ゴブリンは個人では弱いです。なので、集団で囲み相手の武器を奪って戦うのが一般的なのです。どうも犯人はここに遺体を持ってきたときに武器を奪われたようですね」


なら、持ち主が分かれば犯人は特定できるということだ。


「よし、一度ギルドに戻って持ち主を探そう」


ミスリル製の短剣ならまず、街の守衛や一般人は持たない。冒険者の可能性が高いはず。ギルドで聞くのが手っ取り早いだろう。


「はい……」


俺は妙におとなしいエミリーを連れて街に帰るのだった。


___________________


「あの、今回の事件私に任せてくれませんか?」


帰り道の途中、突然エミリーがそう告げる。


「なんでだ?」


彼女の表情は真剣そのものでふざけているようには見えなかった。彼女なりになにか考えがあるのかもしれない。


「私、この短剣の持ち主を知っているかもしれないんです……」


「知り合いか?……」


「いえ、ですが顔見知りです……」


顔見知り……やはり冒険者か。


「どうする気だ?」


「自首を勧めてみます」


いつもならやめておけと誰にでも言っただろう。しかし、この時の俺はこいつならできるかもしれないと思った。ゴブリンたちともうまくやれた彼女ならと。


「分かった……後で結果を聞かせろ」


「ありがとうございます」


そうして彼女は一人冒険者ギルドに行った。これで仕事は終わった。彼女の背中を見ながら肩の力が抜けていた。彼女ならうまく自首させられるだろう。


この時の俺はそう思ってしまった。









読んでいただき、ありがとうございます。

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