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あなたの知ってる魔物の知識、間違ってませんか?   作者: 水海雫
第一章 崩れる常識

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1/9

ゴブリン

 うっそうとした森の中で冒険者たちが偶然ゴブリンの巣を見つけた。警戒しながら、足音を殺して巣の前まで近づく。穴は人が一人が入れるほどの大きさだった。


彼らは持っていたランタンで穴を照らし深い暗闇は晴れていく。


「こ、これは!?……」


照らされた先には女性が裸で横たわっていた。焦って彼らは女性に近づき脈を確認する。「どうだ?」と冒険者の一人が聞くもすでに脈はなかった。そうしてどうにか遺体を持って帰ろうとしていた時、外から甲高い叫び声が聞こえた。


「まずい!!」


ゴブリン特有の仲間への合図。巣に戻ってきたゴブリンが発したものだった。彼らは遺体を残したまま必死に穴から出て行き、木々の合間を通り抜けながら必死に逃げる。その背後ではゴブリンの鳴き声が森中に響き渡っていた。


______________________


「ひっく」


冒険者の街アデレー

この国一冒険者の数が多い街。

そんなアデレーの守衛たちが寝泊まりしている宿舎の庭で男は酒を飲みながらふらふらの足取りで槍を振り回していた。

だが、そのふらふらの足取りとは違い、その槍捌きはまさに絶技だった。


「こんなもんかな。ひっく」


そこで俺は満足して黒鉄の槍を地面に突き刺し、座り込み酒を一口煽る。


パチパチパチ。


「見事だな?キース」


物陰から俺とは正反対の綺麗な身なりの男性が手を叩きながらこちらに近づいてくる。その姿を横目で確認しながらため息を出す。


「なにかようですか?ゴートさん。ひっく」


俺は立ち上がりわざと男に近づいて聞く。


「うっ!?」


ゴートは酒臭さにやられたのか一歩引き、顔をしかめる。その姿に俺は自然と笑みが出ていた。そんな俺を見てゴートは青筋を立てながら乱暴に言う。


「この、酒カスが!暇ならこれを処分してこい!」


乱暴に俺に手渡されたのは行方不明者の遺体の回収任務表だった。

女性冒険者の一人がある日、行方不明になった。その翌日に彼女は他の冒険者によって偶然ゴブリンの巣で裸で見つかった。しかし、ゴブリンが戻ってきて回収ができずにいる。直ちに回収求む。それが書かれていた内容だった。


その内容に少し酔いが覚め意識がはっきりしてきた。


「俺一人で行けと?」


ゴブリンは一匹では弱い。だが、集団になると厄介。それはよく聞く話だ。そんな奴らの巣に一人で重い遺体の回収を命じるんなんてこの上司は鬼だな。


「お前ならゴブリンなど障害にもならんだろう。人件費削減のためだ」


ゴートはそう言って背を向けて立ち去っていく。一瞬その無駄に長い髭を引っこ抜いて威厳のかけらもなくしてやろうかと本気で考えていたが、面倒なことになるので思いとどまった。俺は浅く息を吐き空を仰ぐ。


「さて、どうしたものかな……」


死体の回収は簡単だ。しかし、とても面倒だ。しかも俺は魔物については素人同然で森にも入ったことなどない。俺は街の守衛だ。街の外に広がる森は本来、冒険者の仕事であり、足を踏み入れたことなどほとんどない。そんな奴が森に入るなど何が起こるかわからない。非常に面倒くさいことこの上ない。


「雇うか……」


ここはプロに頼むのが一番だな。俺は槍を地面から抜き背中に背負いある場所に向かって歩き出す。


______________________


その建物は街の中心部にあり、赤レンガの壁が目立っていた。俺は迷いなく扉を開く。中は驚くほど広く天井も高い。その光景に俺は呆気に取られて立ち尽くしていた。


「冒険者ギルドにようこそ!何か御用ですか?」


そんな俺を見かねた女性の職員が話かけてきた。。髪は長く綺麗なブロンド。だが、若くまだ幼い印象が残っている。おそらく俺より年下だろう。


「ああ、俺は見ての通りこの街の守衛をやってるもんだ」


俺はそう言って胸にある守衛である証のバッチを職員に見せる。


「守衛さんがなぜここに?」


「今日は遺体の回収任務を任されてな。だが、遺体は森の中でしかもゴブリンの巣の中だ。森や魔物について素人の俺が行っても悲惨な結果になるだろうから代わりに頼めないかと思ってな」


嘘ではない。しかし、事実でもない。

ぶっちゃけ魔物に関しては本気でやれば確実に死ぬことはない。だからわざわざ冒険者を雇う必要などないのだが、森を彷徨う可能性を考えるなら慣れた者に任すのが一番だ。決して俺が面倒なだけではない。


「守衛さんもついては行かないのですか?」


「あ、ああ俺はめんど……違う任務があって行けないんだ」


「……本当ですか?」


彼女は俺の顔を覗き込み疑いの目で俺を凝視してくる。それに耐えきれず俺は少し顔を逸らす。すると彼女は俺から少し離れて腕を組み少し考え込み告げた。


「…分かりました。適任のものがいますので呼んでまいります」


彼女は一言そう言って俺に背を向けその場を去っていく。そしてギルドの隅でちょこんと座っていたフードを被った小さな少女を連れて戻ってきた。


「彼女ならきっとお役に立ちます!」


「サ、サリーちゃん。私じゃ無理だよ」


少女は職員、サリーの服を掴みながら必死に言う。


「だめよ?エミリー、あなた今月のノルマやばいんだから」


「うっ」


何やらよからぬことが聞こえてきたような……

なんのノルマか知らないがそんな冒険者など役に立つのか?俺の不安そうな顔を見てサリーは満面の営業スマイルで顔を近づける。


「彼女すっごいんです!」


サリーの鼻息が俺の顔にかかる。それに圧を感じて俺は一歩後ろに引き下がる。しかし、サリーはさらに近づいて追撃してくる。


「彼女は誰よりも魔物のことを知ってます!これ以上ない案内人です!」


「いや、俺は代わりに森に入ってほしくて……」


「いいのですか?うっかりこのことをあなたの上司に報告してもいいのですよ?」


彼女はどす黒い笑みを浮かべてこちらを堂々と脅してくる。仕事を冒険者に丸投げしたなどとばれれば何をまた言われるかわからない。それは避けなければいけなかった。俺は息を深く吐き観念する。


「……分かった……彼女で構わない」


「よし!」


サリーはガッツポーズをしながら喜んでいた。


「だが、そんな少女に何ができるんだ?」


「いえ、彼女は少女ではありません」


サリーはそう言って少女のフードを取る。そうして現れたのは尖った耳。それが意味するのは種族の違い。


「エルフか……」


エルフ。

長寿の生き物で数百年は生きると言われている。彼らは街を点々としているのでめったに会うことはない。現に守衛をしていてもあったのは久しぶりだ。


「彼女は「魔物の姫」と言われているんですよ!」


「魔物の姫?」


なんだその物騒なあだ名は………

目の前にいる少女はいかにも虫も殺せそうにないがどういうことなのだ?


「彼女の魔物に関する知識は並の人間の比ではありません。それ故についたあだ名が魔物の姫なんです」


「ほー、どの程度なんだ?」


俺は視線を下に向けて小さなエルフの少女に問う。彼女は少し肩を震わせてサリーの後ろに行き隠れるようにしてこちらを覗き込み語りだす。


「い、遺体は裸でゴブリンの巣にあった。で、ですよね?」


「ああ」


「それは……おかしいんです」


「おかしい?どこがだ?ゴブリンに襲われたのだからそういうことなのじゃないか?」


ゴブリンは女性を襲うと孕ます。それがよく聞く話だ。その冒険者もゴブリンに襲われて捕まり衣類を剥がされた。そして……


俺はそこまでで想像を止める。とても気持ちのいい話ではないからな。


「それは違います」


彼女は先ほどまでと違いはっきり告げた。そそくさとサリーの後ろから出てきて俺の前に立ち顔をじっと見つめて雄弁に語りだす。


「ゴブリンはよく勘違いされますがオスとメスがおり基本的に他種族のメスを孕ませることはありません」


「お、おお。そうなのか?」


「はい、ですが例外の期間があります。それが発情期です。その間は彼らは縄張りに入ってきたメスを種族関係なく孕まそうとします」


「つまり、発情時期だった可能性があるというわけか?」


俺の問いに彼女は少し沈黙し黙り込む。


「違うのか?」


「いえ……状況だけ見ればそうなのですが……」


彼女は言葉を詰まらせ先を言わない。俺は早く言葉の先を知りたくて少し焦って彼女を急かす。


「はっきり言え」


「は、はい。えっと、おかしいのです」


彼女は少しうつむきながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「ゴブリンは服を脱がすなどという行為はしません。そして死んだ人間を巣に持ち帰るなどもしません。彼らは人間を食べませんから。ですから………」


彼女の声は雨のように静かだったが、やけに耳に残った。まるで雨音の残響のように脳内に響き、わずかに残っていた酒の酔いも完全に覚めたのだった。


「だから、人間がやった可能性が高いと?あり得ない。そんな真似人間がするなんて……外道過ぎる……」


自然と言葉になっていた。望んだ言葉ではない。これは俺の希望論だ。人間の犯行であって欲しくないという俺の甘い希望だ。それが漏れた結果だ。


そんな俺に彼女はなんの躊躇もなく言い放つ。


「人間もただの動物です」


「それは……だが、人間には理性があるだろ?」


「ですが簡単に歪み揺れるものです」


彼女は一切引かず俺に向かって訴えかける。先ほどまでのおどおどとした態度はそこにはなくその翡翠色の大きな目が俺を射抜く。


「……何か証拠はあるのか?」


「はい、知ってますかゴブリンは人の言葉を理解することができるんですよ?」


彼女はとても楽しそうに俺に告げる。まるで無邪気な子供のように。
































読んでいただき、ありがとうございます。

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