9.煙の向こうの食事
「実は“これ”、さっき倒したスライムからドロップした物なんだ」
「……えっ!?」
リリーは、フェルンの手にあるペットボトルを、まじまじと見つめた。
しばらく無言で観察したあと、「……信じられません……」と、ぽつりと呟く。
「あっ、すみません……フェルンさんを疑ったわけではないんです」
慌てたように言葉を重ね、ぺこりと小さく頭を下げた。
「ただ……スライムから、こんなアイテムが出るなんて……」
そう言いながら、リリーは手の中のペットボトルを、今度は少しだけ慎重に改めて眺める。
「中に入っていたオレンジ色の飲み物も、“はじめての味”でしたが……それ以上に、この容器が」
指先でそっと撫でるように触れながら、感心したように続けた。
「こんなに軽くて、持ちやすい入れ物……初めて見ました」
リリーが疑うのも、無理はない。
中身のオレンジジュースはともかくとして、
この世界で飲み物を入れる容器といえば、木製か革製が一般的だ。
軽さと丈夫さを両立した容器など、
少なくとも彼女の知る限り――存在しないだろう。
ましてや、それが“スライムのドロップ品”として出てくるなど。
「リリー」
「はい」
「お腹、まだ……空いているだろう?」
急な問いかけに、リリーは一瞬戸惑った。
「……はい……空いては、いますけど……」
お腹を押さえながら、視線を泳がせる。
先ほど干し肉をもらったばかりで、「足りない」とは言いづらいのだろう。
俺は小さく息を吐き、立ち上がった。
「ちょっと、付き合ってくれ」
「え?」
「絶対に、俺から離れないで。後ろを着いてきてほしい」
それだけ告げて、俺はリリーを連れ、セーフエリアを出た。
◆◇◆
「フェルンさん、どこへ――」
声をかけてきたリリーに、
俺は口元に人差し指を当て、静かに制する。
「……いた」
視線の先には、キノコのような魔物――マイコニドがいた。
このフロアでは弱い部類の魔物だ。
ドロップ品には期待できないが――今は安全を優先する。
「君は周囲を警戒しながら、なるべくここから動かないでくれ」
「えっ! まさか……戦うんですか?」
俺は頷き、不安そうなリリーを安心させるように、そっと彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫だ。マイコニドは、さほど強くない」
「……わかりました」
◇
俺は足音を殺しながら、ゆっくりと距離を詰める。
マイコニドは胞子を漂わせながら、こちらに背を向けていた。
(……今のうちだ)
鰤出刃を握りしめ、刃の重みと軌道を感じ取る。
――ここだ。
スパンッ。
乾いた音が響いた次の瞬間、マイコニドの笠が、ずれた。
次いで、二つに分かれた笠と胴体が、べしゃりと地面に落ちる。
「……あ」
呆然と、その光景を見つめていたリリーだったが――
「フェルンさん、すごいっ!」
ぱあっと表情を明るくし、小さく拍手をしてくれた。
拍手を受けて、俺は思わず視線を逸らす。
どう反応すればいいのか分からず、後頭部をぽり、と掻いた。
「別に……大したことじゃない」
そう言いながら、少しだけ頬が熱い。
魔物を倒せるようになってから、誰かに見られていたのは、これが初めてだった。
褒められることに、どうにも慣れていない。
リリーはそんな俺の様子を、不思議そうに見ていたが――
やがて、ふと首を傾げた。
「……あの」
「ん?」
リリーの視線を追うと、
マイコニドの死骸から、もくもくと白い煙が立ち上っていた。
「え?」
突然のことに、リリーの目が丸くなる。
そして――
ポンッ!
煙が晴れ、現れたのは、
皿の上に盛られたきのこのバター炒めだった。
こんがりと焼き色のついたそれから、香ばしい匂いが、じわりと広がる。
「……え。えええ!?」
リリーが驚きの声をあげる。
俺は皿を拾い上げ、彼女に差し出す。
「さっきのマイコニドだ」
「美味しそうな匂い……これ、食べられるんですか?」
「ああ。味も悪くない」
半信半疑のまま皿を見つめるリリーに、俺はきのこのバター炒めと共に現れたフォークを取り、一切れ刺して――そのまま、差し出した。
差し出されたフォークを、リリーはじっと見つめた。
それから、恐る恐る指先を伸ばし、受け取る。
「……いただきます」
小さくそう言って、
フォークの先のきのこを、そっと口に運んだ。
もぐ。
一拍。
――次の瞬間。
「……っ」
リリーの目が、ぱちりと大きく開いた。
「どうだ?」
思わず、様子を窺うように声をかける。
リリーはすぐには答えず、
もう一度、ゆっくり噛みしめるように咀嚼した。
やがて――
「……おいしいです!」
今度は、はっきりと。
「さっきの干し肉も美味しかったですけど……これは、もっと……あったかくて」
そう言って、胸元に手を当てる。
「体の中に、じわっと広がる感じがします」
その言葉に、俺はほっと息を吐いた。
「……なら、よかった」
俺が皿を差し出すと、リリーは嬉しそうに、もう一口食べた。
さっきまでの遠慮が、ほんの少し薄れているようだ。
「きのこなのに、全然苦くないですね!」
「下処理をちゃんとしてたり、加熱が上手くできてるんだろうな」
「……下処理、加熱??」
首を傾げるリリーに、
俺は少し考えてから答えた。




