10.この世界の料理
「きのこは、うまく調理しないと苦味が増す種類があるんだ」
「えっ、フェルンさんってあんなに強いのに、調理までできるんですか!?」
――しまった。
前世の知識で、つい当たり前のように口にしてしまった。
だが、この世界で「調理ができる」というのは、スキルを使った特殊な技術を指す。
その事実に思い至った瞬間、同時に、別のことにも気づく。
フェルンは、調理のスキルを持っていない。
だからこそ、調理は「できないもの」だと最初から決めつけ、料理をしようと考えたことすらなかったのだ。
それは怠慢でも、無関心でもない。
ただ、この世界の常識に、誰よりも忠実だっただけだ。
(けれど……本当に、そうなのだろうか?)
調理スキルがなければ料理はできない。
――それが、この世界の常識だ。
そのため、一般的な家にはキッチンすら存在しない。
料理をする機会そのものがなく、普段の食事は街の食堂や屋台で済ませるのが当たり前だった。
だが、ダンジョン探索となると話は別だ。
ダンジョン内には当然、食事をとれる店など存在しない。
だからこそ、持ち込むのはカチカチの黒パンや干し肉といった携帯食が定番だった。
日本の記憶を取り戻した今の俺はもちろん、記憶が戻る前のフェルンも、そんな飯まずな食事を正直苦痛に感じていた。
腹は満たせる。
だが、楽しみはない。
ただ生き延びるためだけの食事だった。
そこでフェルンは、荷物持ちを任されたついでに、食事にちょっとした工夫を加えるようになった。
水をお湯に変える魔道具でパンを少し温めたり、干し肉をスープに入れてみたり。
料理と呼ぶにはあまりにもお粗末な、ほんのひと手間だ。
それでも、まともな食事が望めないダンジョン内では、それだけで十分だった。
冷たいパンより、少し温かいパン。
硬い肉より、汁気のある肉。
それだけで、食事は「耐えるもの」から「我慢できるもの」になる。
フェニックスのメンバーからも好評で、やたらと褒められたほどだ。
そして、俺がいない時。
彼らはフェルンがやった通りに真似をしてみたらしいのだが――
どうやら、失敗したらしい。
……いや、嘘だろ?
ただ温めるだけだぞ?
そう思ったが、話を聞くと、温度調整や温める時間が分からず、うまくいかなかったという。
「……さん。フェルンさんっ!」
はっとして顔を上げると、目の前にはリリーの顔があった。
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
互いに変な声を上げ、一歩ずつ下がる。
「急に黙り込むから、心配したじゃないですか」
「あ、悪い。ちょっと考え事をしてた……」
「考え事、ですか?」
俺は視線をきのこのバター炒めに戻し、改めて考える。
“調理スキルがなければ料理はできない。”
だが、それは本当に、すべての工程に当てはまるのだろうか。
火にかける。
水に浸す。
温度を変える。
それはスキルなのか?
それとも、ただの作業なのか?
「なあ、リリー」
「はい?」
「スキルを使わなくても、できることってあると思わないか?」
唐突な問いに、リリーはきょとんとした。
「できること、ですか?」
「例えば食材を切るだけなら」
「?」
「基本的なことなら、料理……いや、調理スキルがなくてもできるんじゃないか?」
リリーは一瞬考え込み、やがて小さく頷いた。
「確かに……そんなこと、考えたこともありませんでしたが……野菜を切るくらいなら、できるかもしれません」
「だろ」
スキルがなくても、魔物を斬るように食材は切れるだろう。
煮たり焼いたりして苦味を減らすことも、少しマシにすることも、きっとできる。
それを「できない」と思い込んでいるだけなら――
この世界の人達は、まだ“選択肢”を知らないだけだ。
「フェルンさん、何か試すつもりなんですか?」
期待に満ちた視線を向けられ、俺は少しだけ肩をすくめた。
「まあな。簡単なことからだ」
「……爆発とかしませんよね?」
「……料理だぞ?」
「でも、調理スキルを持ってない人が料理しようとして、爆発事故を起こすことって、ありますよね?」
「……え!?」
爆発事故!?
思わぬ危険な単語に、思わず声が裏返る。
物は試しだ。失敗したって構わない。
せいぜい食材が焦げて、無駄になるくらいだろ?
――そんな俺の考えは、どうやらこの世界の常識を甘く見すぎていたらしい。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
私の代表作「スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜」を読んで下さってる方は気付いたかもしれませんが、このフェルンたちが居るのは「スキルをよみ解く転生者」と同じ世界線、同じ国のどこかの街に居ます。




