8.オレンジ色の秘密
リリーは耳まで真っ赤にして俯いたまま、しばらく動かなかった。
腹を押さえ、小さく身体を震わせている。
「……わ、笑わないでください……」
「ごめん、ごめんっ!」
その反応があまりにも可愛くて、つい笑ってしまった。
だが、年頃の女の子にとっては相当恥ずかしいことだったはずだ。
俺は反省しながら、干し肉を差し出す。
リリーは一瞬だけ迷うように視線を泳がせ、それから恐る恐る受け取った。
「……ありがとうございます」
声は小さい。
けれど、干し肉を口に運ぶ動きは必死で――
ずっと満足に食事ができていなかったのだと、嫌でも伝わってきた。
数口噛んだところで、リリーははっとしたように顔を上げる。
「……あの、フェルンさんは……食べないんですか?」
「俺は後でいい。気にするな」
本当は、俺も空腹だった。
だが今は、彼女を落ち着かせることのほうが先だ。
それに、事前に用意していた食料としては、今渡したそれが最後の干し肉でもあった。
リリーは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、それから再び干し肉に齧りつく。
今度はゆっくりと、噛みしめるように。
やがて、ごくん、と嚥下し――ほっと息を吐いた。
「……生き返ります」
その一言が、胸の奥に小さく刺さる。
俺ですら、この空間にひとり取り残され、精神的に追い詰められていた。
それを思えば――彼女が抱えていた恐怖は、想像するまでもない。
「……仲間とは、はぐれただけだ。必ず再会できる」
「はい……っ」
返事はしたものの、その声には、まだ不安が滲んでいた。
◆◇◆
「ありがとうございました。とても美味しかったです」
腹が膨れ、ようやく安心したのか、リリーは少し照れたように笑った。
その笑顔につられて、俺も「そうか」と自然に口元を緩める。
それからリリーは、ここに至るまでの出来事を語り始めた。
今回が、彼女にとって初めてのダンジョン探索だったこと。
後方支援として、パーティーの後ろを歩いていたこと。
頭上から落ちてきたスライムに驚いて道を外し、焦って動いた拍子に転移トラップを踏んでしまったこと。
この階層に飛ばされてからは、恐怖でほとんど動けずにいたが、喉の渇きに耐えきれなくなり、“スライムゼリー”を求めて意を決し、スライムと戦ってみたこと。
そして――反撃を受け、危機に陥った、その瞬間。
俺が現れたのだと。
「……間に合って、良かった……」
もし、あと少し遅れていたら。
そう思うだけで、背筋に冷たいものが走った。
「……コホンっ」
ふいに、リリーが咳をした。
視線を向けると、喉元を押さえながら、また軽く咳き込む。
「……水は?」
「もう……飲みきってしまいまして……」
困ったように笑うリリー。
(本当は、見せたくはなかったが……)
だが、このダンジョンからの脱出は、まだまだ先になりそうだ。
そうなると、この“秘密”を黙っておくことは、不可能だろう。
(――よし)
俺はマジックボックスを漁り、“あれ”を取り出した。
「リリー」
「……はいっ」
まだ喉の調子が良くないのか、喉に手をやりながら、リリーがこちらを見る。
俺が差し出した物を、不思議そうに見つめた。
「これは?」
「……開けてみてくれ」
リリーは指示に従い、キャップを引き抜こうとしたが、当然それで開くはずもない。
俺は一度ボトルを受け取り、キャップを開けてから、再び彼女に渡した。
「飲んでみてくれ」
リリーは不思議そうにしながらも、中身を口に流し込んだ。
「……っ!」
すぐに驚いたように目を見開き、口を離す。
「――なんですかコレっ!」
「口に合わなかったか?」
俺の問いに、リリーは勢いよく首を横に振った。
「いいえっ! その逆です。こんな美味しいもの、初めて飲みました!!」
目をきらきらさせながら、俺と――オレンジジュースの入ったボトルを見つめていた。
そして再び飲もうと、ペットボトルを傾けたところで、ぴたりと動きを止める。
「……こんな美味しい飲み物、本当に初めてです」
そう言ってから、リリーは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「これ、どうされたのですか?
高価なものですよね? そうでなくても……今のこの状況で、飲み物はとても貴重です」
そして、恐る恐るといった様子で、こちらを見上げる。
「……フェルンさんの分は?」
一気に言われた。
思わず、俺は小さく笑ってしまう。
――いい子だな。
まともに食べ物も飲み物もなく、喉だって相当乾いているはずなのに。
それでもまず、俺の分を気にかけてくれた。
胸の奥が、じんわりと暖かくなる。
「大丈夫だよ」
そう言って俺は、ペットボトルをもう一本取り出し、持ち上げて見せた。
「実は、もう一本あるんだ。
それはリリーの分だから、気にしなくていい」
「……え?」
リリーは、俺の手の中にあるもう一本のペットボトルと、自分が持っているそれとを、交互に見比べた。
「ほ、本当に……?」
「本当だ。ほら、ちゃんと二本ある」
軽く振ってみせると、ちゃぷん、と中の液体が音を立てる。
リリーはそれを確認してから、ようやく安心したように小さく息を吐いた。
「……よかった……」
その声は、胸を撫で下ろすように柔らかかった。
「でも……どうやって、こんな飲み物を……」
不思議そうに、けれど先ほどよりも少しだけ近い距離で、こちらを見上げてくる。
俺は一瞬、言葉を選び口を開いた。




