58.魔王の城の朝食(本編最終話)
最初の一枚が、網の上に並んだ。
黄金色の衣。
じゅう、と小さく音を立てながら、まだ余熱を吐いている。
湯気に混じって、油と肉の香りが立ち上った。
――完璧だ。
自分で言うのもなんだが、文句のつけようがない。
「……切ります」
少し緊張しながらそう言うと、魔王は一瞬だけ目を輝かせた。
「もちろんだ。早くしろ」
急かすな、と思いつつ包丁を入れる。
さくっ。
軽い音。
衣が割れ、中から白い湯気が一気に噴き出した。
「……」
思わず、手が止まる。
断面はしっとりと瑞々しく、肉汁がじわりと滲んでいる。
赤身が強いはずのオークキングの肉が、不思議と柔らかく見えた。
「……これは」
魔王が、身を乗り出す。
「どうだ?」
「……ちゃんと、とんかつです」
当たり前のようで、少し不思議な感想だった。
異世界。
魔王の城。
オークキングの肉。
それでも――
間違いなく、これは“とんかつ”だった。
皿に盛り付ける。
付け合わせは、魔王が用意していた千切りの野菜。
見た目まで、妙に様になっている。
「では……どうぞ」
魔王は、待っていましたと言わんばかりに箸を取った。
……相変わらず、綺麗な箸使いだ。
一切れ。
衣を崩さぬよう、慎重に持ち上げ――口へ。
「……っ」
一瞬、動きが止まる。
数拍遅れて、魔王がゆっくりと息を吐いた。
「……ほう」
低い声。
その一音だけで、だいたい察する。
「どう、ですか?」
「……美味いな」
噛みしめながら、魔王は続けた。
「肉の味が、はっきりしている。
衣や油に負けていない。だが――」
もう一口。
「ちゃんと、調和している」
それは、最大級の賛辞だった。
「オークキングの肉は主張が強い。
下手をすれば、他をすべて潰す」
箸を置き、こちらを見る。
「だが、お前はそれを調和させた。
殺していないのに、暴れさせてもいない」
「……料理、ですから」
そう答えながら、内心でほっとする。
初めての場所。
初めての食材。
そして――フェルンとしては、初めての本格的な料理。
はじめて尽くしで不安もあったが
――ちゃんと、できていた。
「なるほどな……」
魔王は、次の一切れに手を伸ばす。
「これは……」
その時。
「――なに、この匂い」
背後から声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――
「リリス!」
いつの間にか、厨房の入り口に立っている。
寝起きらしいが、目だけはやけに冴えていた。
「目、覚めたら……
なんか、すごい香りがして」
鼻をひくひくさせながら、近づいてくる。
「それ……なに?」
「とんかつだ」
魔王が、さらっと答えた。
「とん……かつ?」
「昨日、食べただろ。だが昨日のとは、ひと味違う。
オークキングの肉で作った、とんかつだ」
リリスは、しばらく無言で皿を見つめる。
そして――
「……これ、食べてもいい?」
完全に、本気の目だった。
「もちろん」
俺がそう言うと、リリスは素直に笑った。
一切れ。
小さめに切ったそれを恐る恐る、だが嬉しそうに口に運ぶ。
――次の瞬間。
「……っ!」
目を見開き、そのまま固まる。
「……なに、これ」
小さく、呟いた。
「昨日の……とんかつとも、違う」
「だろう?」
なぜか、魔王が得意げに頷く。
「肉が違う。
だが、それだけじゃない」
リリスは、もう一口。
今度は、ゆっくり噛みしめた。
「……おいしい」
その声は、心からのものだった。
「脂が重くないのに……
ちゃんと、満たされる感じがする」
「それは、肉の力だな」
魔王が言う。
「そして――」
ちらりと、こちらを見る。
「料理人の判断だ」
リリスは、俺を見た。
「……フェルンさん」
「はい?」
「これ……昨日のカツ丼より、好きかも」
思わず、笑ってしまう。
「それは、よかった」
厨房に、しばらく静かな時間が流れた。
揚げ物の音は消え、
代わりに、食器の小さな音だけが響く。
魔王の城。
異世界。
魔族と人間。
それでも――
今、この場にあるのは、
ただの朝食と、少しの幸福感だった。
俺は、次の一枚を切り分けながら思う。
――料理って、やっぱりいい。
まさかの場所で、
まさかの人たちと共に。
それでも確かに、
俺は今、幸せだった。
あとがき
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
魔王の城で、とんかつを揚げる。
そんな少し変わった物語でしたが、最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思っています。
本作は、ひとまずここで完結となります。
……が、正直なところ、フェルンたちの日常はまだまだ続きそうな気もしています。
オークキングの肉で作る料理は、とんかつだけで終わるのか。
魔王の城の食卓には、これからどんな料理が並ぶのか。
リリスや魔王、そしてフェルンの“その後”。
実は当初、最終回は「ダンジョンを脱出して、おじさんと再会して終わり」の予定でした。
……が、魔王が思いのほかフェルンを気に入ってしまい、城から帰してくれなかったため、こんな終わり方になりました。
リリスがヒロインのはずだったのに、
いつの間にか主人公がヒロインみたいになっていませんでしたか?
フェルンくん、リリスより魔王とイチャイチャしてない?
……どうしてこうなった。
そんなわけで、続編や番外編として、また描く機会があるかもしれません。
もし「続きを読んでみたい」「またこの世界の食卓を覗いてみたい」と思っていただけたら――
☆フォローや評価、コメントなどで反応をいただけると、とても励みになります。
「面白かった」
「ごはん食べたくなった」
そんな一言だけでも、作者はとても喜びます。
またどこかで、フェルンたちと一緒に食卓を囲める日が来たら嬉しいです。
最後まで、本当にありがとうございました。
※なお、本作は私の代表作
『スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜』
と同じ世界線のお話です。
こちらを読まなくても問題ありませんが、
読んでいただくと、この異世界の背景や仕組みが、少しだけ深く見えるかもしれません。




