↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/59

【おまけ】帰る場所、戻る場所


「うわ……眩しい……!」

 

 反射的に手で顔を覆った。それでも、指の隙間から上を見る。

 木々の間に切り取られた――空。

 空だ。

 つまり、ここは本当に外なんだ。

 深呼吸する。

 今までとはまるで違う、澄んだ空気を思いきり肺に吸い込んだ。

 俺がダンジョンに囚われていたのは、おそらく二ヶ月ほど。

 だが、体感ではもっと長い。

 最初は――

 二度と外へ出られないかもしれない、という絶望。

 後半は――

 いつまで俺は飯を作らされるんだ? という、終わりの見えない困惑。

 結論を言えば、ダンジョン生活の半分以上は――魔王のせいだ。

 巨大なオークキングの肉。

 あの肉の塊は、厚めに切っても数百人分はあった。

 はじめて、その最高級肉でとんかつを揚げたあの日から……なんと俺は、毎日とんかつを作らされた。

 オークキングの肉で作るとんかつは、確かに別格だった。

 前世を含めても、あんなに美味いとんかつは食べたことがない――本気でそう思った。

 だが……。

 さすがに、毎日は飽きないか?

 俺とリリスは三日目あたりで「違うものが食べたい」と思い始めたが、魔王は毎日、何の疑問もなくとんかつを食べ続けた。

 それだけでは終わらない。

 とんかつを皮切りに、魔王が呼び出した魔物を鰤出刃で捌かされ、前世の料理を次々とドロップさせられ、挙句の果てには、どこからか入手した上質な食材で料理を作らされ――

 気づけば、俺は魔王専属の料理人になっていた。

 

「いい加減、俺を家に帰してくれ!」

 

 我慢の限界だった。

 正直に言えば、魔王の城での生活は快適だった。

 あの異様に快適なベッドに、ちゃんとしたシャワー。

 食事だって、魔王が独り占めするわけではない。

 俺とリリスの分まで、リクエスト通りの魔物を召喚し、材料も用意してくれた。

 飯マズが当たり前のこの世界で、前世と遜色ない食事ができる環境なんて、正直ありえない。

 ……それでも。

 俺の心に、ずっと影を落としていたのは――おじさんのことだった。

 幼い頃に両親を亡くした俺――フェルン。

 本来なら、孤児院に行くはずだった。

 けれど、叔父――父さんの弟だったおじさんが、俺を引き取ってくれた。

 それで、孤児院行きは免れた。

 だが、若く独身だったおじさんはいきなりの子持ちとなった。

 その頃、前世の記憶もなかったフェルンは、

 両親を失った寂しさもあり、わがまま放題だった。

 それでも、子育てなんてしたこともないおじさんは、精一杯フェルンと向き合ってくれた。

 独り身だからと、Bランクパーティーに所属し、

 自由に国中を旅していた生活。

 それを捨てて、兄夫婦が遺した家に戻り、

 その息子を育てる道を選んだ。

 そして、格下のDランクパーティー――

 「フェニックス」に入り直した。

 子どもだった頃のフェルンは、

 その意味を深く考えていなかった。

 だが、前世の記憶を思い出し、

 中身だけは中年男性になってしまった今の俺には――

 その決断が、どれほど重いものだったのか、痛いほど分かる。

 もし、前世の俺が、おじさんと同じ立場に立たされたとして。

 同じ選択ができるかと問われたら、迷わず「はい」と答える自信はなかった。

 おじさんには、いくら感謝しても頭が上がらない。

 そんなおじさんに、俺が生きていることすら伝えられないまま――呑気に魔王の城で料理を作り続けるわけには、もういかなかった。

 絶対に、心配している。

 今も、俺のことを気に掛けている。

 転移トラップを踏んでしまったときの、おじさんの悲痛な顔と、俺の名を必死に呼ぶ光景が、脳裏に蘇る。

 

「……フェル!?」

 

 そう、そんなふうに俺の名前を必死に――

 

「フェル……っ! フェルだよな!?」

 

 ――え?

 

 声の方を振り返ると……

 そこには、今にも泣き出しそうな顔をしたおじさんの姿があった。

 

「おじ……さん?」

 

 呆然と呟く。

 するとおじさんは顔をくしゃりと歪め、俺に駆け寄ってきた。

 あっという間に、気がつけば俺はおじさんの腕の中にいた。

 しばらく、何も言えなかった。

 おじさんの腕は、少し震えている。

 

「……よかった……本当に……」

 

 掠れた声。

 俺の背中に回された手に、力がこもる。

 

「もう……会えないかと……」

 

 言葉の途中で、声が詰まった。

 ああ。

 本当に、心配させてしまった。

 

「……ごめん」

 

 やっと、それだけを口にする。

 すると、おじさんは俺の頭をくしゃりと撫でた。

 いつもと変わらない、少し乱暴で、でも優しい手つき。

 

「謝るな……帰ってきたなら、それでいい」

 

 それだけでいい。

 そう言われて、胸の奥がじんと熱くなる。

 

「生きてて……よかった……」

 

 その一言で、堪えていたものが溢れた。

 

「……俺も」

 

 短く、そう答えるのが精一杯だった。

 視界が滲む。

 胸が詰まり、言いたいことがあったはずなのに何も言えず、おじさんの背に腕を回すことしか出来なかった。

 しばらくして、ようやくおじさんが俺を離す。

 赤くなった目を、照れ隠しのように拭いながら。

 

「……で」

 

 少しだけ、いつもの調子に戻った声で言う。

 

「どういうことだ?

 突然消えたと思ったのに、森の奥からひょっこり出てきて」

 

 俺は、苦笑いする。

 そりゃ驚くよな。

 数日分の食料しか持っていなかった俺が、二ヶ月も行方不明だったのだから。

 ……死んだと思うのが、当たり前だろう。

 

「……長くなるけど」

「ああ」

 

 即答だった。

 

「話してくれ、ちゃんと聞く。だが……疲れただろ?」

 

 そう言って、気遣う視線で俺を見る。

 

 ……言いづらい。

 おじさんは、俺がダンジョンで死闘を繰り広げてきたと思っているのだろう。

 まさか、その半分以上を魔王の城で快適に過ごしていたなんて。

 

「早く、帰ろう。俺たちの家へ」

 

 やさしくそう言われ、思わず鼻の奥がツンとした。

 うん。帰ろう。俺たちの家に。

 だが、そう思ったとき―― 

 今度は、あの二人の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 ――リリスと、魔王。

 出会って、たった一、二ヶ月。

 それなのに、すっかり彼らは俺の――

 

 ……なんなんだろう。

 友達でも、恋人でもない。

 もちろん、家族でもない。

 

 だが――

 まるで、ひな鳥だ。

 

 目を開けたとき、最初に見た存在を親だと思い込む、あの感覚。

 前世の記憶を取り戻したあと、最初に出会ったのが彼らだったからだろうか。

 すっかり、俺の一部のような、なくてはならない存在になっていた。

 彼らにとって、俺は飯炊き要員に過ぎないのかもしれない。

 それでも――

「帰りたい」と言えば、当然引き止められた。

 だが、おじさんのことを話し、

「とりあえず一度帰らせてくれ」と頼んだ。

 そして、

 必ずまた戻ると約束して、俺はここにいる。

 

「……君たちは……?」

 

 おじさんの戸惑うような声に、顔を上げる。

 

「……は?」

 

 そこには、可愛らしい少女――リリーの姿をしたリリスと、魔王……だと思われる、目の色はオレンジ色だが黒髪で黒づくめの美青年が立っていた。

 男は、穏やかな笑みを浮かべて言う。

 

「貴方が、フェルンくんの叔父上ですか」

 

 フェルン……くん?

 慣れない呼ばれ方に、むず痒さを覚えて黙り込む。

 その間にも、おじさんと魔王の会話は続いた。

 

「は、はい……私はフェルンの叔父ですが……あなた方は?」

「私どもは、フェルンくんとダンジョン内で知り合った者です。

 最下層で彼と会い、共にダンジョンを攻略しました」

 

 沈黙が落ちる。

 おじさんが、完全に固まった。

 

「……最下層を……攻略……!?」

「はい」

 

 魔王は、なんてことはないように笑顔で頷いた。

 

「最下層って……

 なんで、そんなところに!?」

「私たちは攻略のために潜っていたのですが、フェルンくんは転移トラップを踏んでしまったようでして……」

 

 おじさんが、確認するように俺を見る。

 俺は、ただコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。

 おじさんは頭に手をやり、みるみる顔色を悪くする。

 

「最下層なんて……よりによって、フェルンが……」

 

 そう言いかけたところで、魔王が静かに一歩前へ出た。

 

「これでも一応、腕に覚えはありますので」

 

 そう言って差し出したのは、

 プラチナ色に光を放つ――Sランクの冒険者証だった。

 一瞬、時が止まる。

 

 ……なんで、魔王(あんた)がそんな物を持ってるんだ!?

 

 おじさんは目を見開いたまま固まり、次の瞬間、勢いよく頭を下げた。

 

「ありがとうございます!

 あなたが、フェルンを助けてくださったのですね!」

「いえ、とんでもない。

 フェルンくんも戦ってくれましたし、

 何より食事のことで、こちらこそ大変お世話になりました」

 

 魔王はそう言って、隣を見る。

 

「なぁ、リリス」

「はい。フェルンさんのごはん、とても美味しかったです」

 

 二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。

 

 ……うん。

 確かに、食事の世話はした。ものすごくした。

 

「そ、そうですか……。

 フェルンの料理は確かに美味いですが……Sランクの冒険者様が助けてくださったのなら、最下層から生きて戻れたのも、納得です」

 

 そう言って、おじさんはようやく笑顔を見せた。

 するとリリスが、ぱんっと両手を叩く。

 

「こんなところで立ち話も何ですし、早く町へ戻りましょう!」

 

 その明るい声に、おじさんも頷いた。

 

「それもそうですね。

 フェルンが無事戻ったこと、早く冒険者ギルドに報告しなくては……町へ戻りましょう」

 

 そう言って歩き出すおじさんの後ろを、魔王とリリスが追う。

 そして、少し歩いたところで、二人が振り返った。

 

「ほら、フェルン。早く行くぞ」

「…………ああ……」

 

 おじさんがいる手前、そう返すしかなかったが――

 

 あとでどういうことか、ちゃんと話を聞かせろよ!?

 

 心の中でそう叫びながら、俺は三人の後を追った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。