49.魔王の城でお泊まり!?
その夜。
なぜか俺は――
魔王の城に泊まることになった。
……いや、待て。
そんなこと、ある?
捕らえられたわけでもない。
監禁されたわけでもない。
牢屋に放り込まれたわけですらない。
ごく自然に、
「もう夜だし、泊まっていけ」
くらいの軽さで、普通に“お泊まり”を提案されたのだ。
意味が、分からない。
しかも、案内された部屋は――
きちんとした個室。
城の一室らしく天井は高く、落ち着いた色合いの調度品が並んでいる。
そして何より。
シャワーが、あった。
ベッドも、あった。
――ベッドだ。
ふかふかの、ちゃんとしたベッド。
思わず、じっと見つめてしまう。
ダンジョンに入ってからというもの、風呂は基本、リリスのクリーンの魔法頼り。
寝る時は、床に寝袋。
それが当たり前の日々だった。
いや、正確に言えば――それでも、かなり恵まれていた方だ。
普通のダンジョン攻略なら、食事は干し肉か、石のように硬いパン。
清潔さなんて、二の次三の次。
その点、俺たちは――
鰤出刃のおかげで、食事はむしろ豪華だったし、洗浄の魔導具が切れても、リリーのクリーンの魔法で最低限の清潔は保たれていた。
……それでも、ダンジョン暮らしが大変だったのは、確かだ。
なのに。
「ちゃんとしたシャワー」と
「ちゃんとしたベッド」は、
やはり、別格だった。
なんなら、ダンジョンはもちろん、平民であるフェルンの普段の生活よりも、快適な気すらする。
シャワーを浴びる。
温かい水が、頭から背中へと流れていく。
魔法じゃない。
触れて、感じる“お湯”。
それだけで、体の奥に溜まっていた疲れが、
ゆっくりと溶けていくのが分かった。
ベッドに横になる。
背中を預けた瞬間、ふわりと体が沈み込む。
「……はぁ」
思わず、息が漏れた。
幸せだ。
ここが魔王の城だという事実を、一瞬、忘れてしまいそうになるくらい。
天井を見上げながら、今日一日の出来事を思い返す。
カツ丼。
白いご飯。
好みの違いで盛り上がった食卓。
そして――
オークキングの肉で、とんかつを作れという、
無茶振り。
明日も、きっと忙しい。
それでも今は。
この、静かで柔らかな時間に、身を委ねてもいい気がした。
「……魔王の城で、こんな気分になるとはな」
自嘲気味に呟き、目を閉じる。
ベッドは、驚くほど快適だった。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
――今日は、よく眠れそうだ。
◇◆◇
……と、思ったのに。
俺は、目を覚ましてしまった。
そして、特に理由もなく、部屋を出た。
……静かだな。
そういえば、この城では――
魔王とリリス以外の人……いや、魔族?
に、まだ会っていない。
そんなことを考えながら、長い廊下を歩いていると、一人の人物を見つけ、足を止めた。
「おう、フェルンじゃないか」
魔王だった。
赤い瞳と同じ色をした、真っ赤なワインのような液体が注がれたグラスを、片手に持っている。
どうやら、一人で晩酌をしているらしい。
――妙に、様になっていた。
「どうした? 眠れないのか?」
普通に笑顔で語りかけながら、どこからか新しいワイングラスを取り出し、そこに赤い液体を注ぐ。
そして――
何の躊躇もなく、俺に差し出してきた。
「……どうも」
思わず、受け取ってしまう。
魔王は、座り心地の良さそうなソファの隣を、
軽く叩いた。
……どうやら。
隣に座れ、
ということらしい。
こうして――
魔王とただの平民の少年による、謎のサシ飲みが始まった。




