48.とんかつは王様
しばらくの間、部屋には箸とスプーンの音だけが、静かに響いていた。
最初に口を開いたのは、リリスだった。
「……ねえ、私」
小さく、けれどはっきりした声。
「さっきのとんかつより……
これの方が、好きだわ」
そう言って、彼女は丼の中を見下ろす。
「カツも美味しいけど……
この下の“ご飯”っていう、白いのと一緒に食べると……」
スプーンで、卵とじと米をすくい、もう一口。
「……すごく、落ち着く味!」
リリスは、少し不思議そうに眉を下げた。
「噛むたびに、なんだか……安心するの」
――初めて食べただろうに。
それなのに、懐かしいものに触れたような顔をしている。
「ご飯も……いいわね」
丼の底に近づく白い米を見て、彼女は素直にそう言った。
「パンより、ずっとお腹の奥に残る感じがするの」
「だろ?」
思わず、相槌を打っていた。
リリスは、はっとしてこちらを見る。
「フェルンさんも?」
「ああ。……俺も、そう思う」
言葉を選んだせいで、それ以上は続けなかったが、彼女は満足そうに頷いた。
一方――
「ふむ……」
腕を組みながら、魔王はカツ丼を見下ろしていた。
「確かに、これはこれで完成度が高い」
そう言ってから、箸で最後の一切れを口に運ぶ。
「卵の柔らかさと、甘辛いタレが合わさることで、肉の旨みが引き立っている」
――やたら分析的だ。
そして、数秒の沈黙のあと。
「だが」
魔王は、きっぱりと言った。
「やっぱり、俺はとんかつ単体の方が好みだな」
「えっ」
リリスが、少し驚いた顔をする。
「この衣のサクサク感と、肉そのものの力強さは、余計なものがない方が際立つ」
得意げに頷く魔王。
「もちろん、カツ丼も美味いがな。
例えるなら――とんかつは、やはり“王”だ!」
「……なに、その分類」
リリスが思わず、ツッコミを入れる。
「理にかなってるだろ?」
魔王は悪びれもせず言った。
リリスは、くすりと笑う。
「好みって、面白いわね。
その日の気分や体調でも、食べたいものは変わるでしょうし」
同じものを食べているのに、選ぶ理由も、惹かれるところも、それぞれ違う。
彼女は、空になりかけた丼を見つめながら、小さく付け足した。
「でも……
私は、今の気分なら――やっぱり、こっち」
カツ丼。
ご飯と一緒に食べる、この味。
魔王は肩をすくめ、俺は、残りの米をゆっくり噛みしめた。
同じ素材。
同じ料理。
それでも――
選ぶものは、違っていい。
そう思える食卓は、不思議と、居心地がよかった。
「て、いうか」
と、リリスがふと思い出したように言う。
「さっきのとんかつだって、オークキングじゃなくて、ただのオークからドロップしたものなのよ?」
その一言に、魔王の耳が、ぴくりと動いた。
「ふつうのオークで、こんなに美味しいんだから……」
リリスが続けようとした、その瞬間。
「そうだっ!!」
魔王が、勢いよく声を上げる。
「フェルンッ!!」
「はいっ!」
反射的に、こちらも勢いよく返事をしてしまった。
ずずいっと、魔王が距離を詰めてくる。
「お前……
前世は料理人だったな?」
いや、近い近い。
「そして、とんかつは、お前の祖国の料理だ」
顔が、至近距離だ。
「と、なれば当然――とんかつを作ったことも……?」
圧がすごい。
「は、はい……ありますけど……」
怯えながら答えると、
魔王の表情が、ぱあっと輝いた。
「でかした!!」
拳を握りしめ、
高らかに宣言する。
「では、次は――
あのオークキングの肉で、とんかつを作れ!!」
えーー!!




