47.白いごはん
「それより、腹減らねぇか?」
唐突に、魔王が言った。
「オークからのドロップアイテム、
もうひとつあっただろ?
それ、食べようぜ!」
そう言うなり、魔王は俺をあっさり解放し、
テーブルの上に――
どん。
見事なカツ丼を出現させた。
……え?
さっき、トンカツと豚汁を食べたばかりなんだけど。
もう、カツ丼いくの?
思わず言葉を失っていると、
「確かに……
ちょっと小腹がすいたわね」
リリスが、何でもないことのように頷いた。
いや。
その「小腹」の基準、おかしくないか?
俺は、目の前のカツ丼と、
当然のように食べようとする二人を見比べて――
心の底から、思った。
――この人たちの胃袋、
本当にどうなってんの?
◇◆◇
俺は、またしても十人前はあろう巨大なカツ丼を、手際よく皿に取り分けていく。
うん。完璧。
綺麗に取り分けられた。
目の前には、
ちゃんと一人前のカツ丼。
ふわりと卵でとじられた、定番のカツ丼が鎮座している。
それを、赤い瞳を宝石のように輝かせながら見つめる魔王。
「上に乗っているのは、とんかつだというのに……
まったく、別の料理のようだな!」
魔王は、しみじみとそう言ってから、丼を両手で持ち上げた。
「同じ素材でも、ここまで変わるとは……」
箸を入れ、
一口運ぶ。
「……うまい!」
低く、感嘆の声が漏れた。
その様子を横で見ていたリリスも、
遠慮がちにスプーンを取る。
そして――
「……っ」
一瞬、言葉を失い、
次の瞬間、はっきりと表情が緩んだ。
「……おいしい」
その一言だけで、
十分すぎるほど伝わった。
俺は、思わず苦笑する。
「さっきも、似たようなものを食べたはずなんだけどな……」
「違うだろ」
即座に、魔王が返した。
「さっきは“とんかつ”だった。
今は、“カツ丼”だ」
何が違うのかと問いたくなるが、その真剣な顔を見ていると、妙に納得させられてしまう。
「……確かに」
リリスも、小さく頷いた。
「同じようでも……
ちゃんと、違うものね」
その言葉を聞いて、
俺は一瞬だけ、箸を止めた。
同じでも、違う。
少し形を変えるだけで、まったく別のものになる。
俺は、何も言わずに、黙ってカツ丼を口に運んだ。
甘辛いタレと、ふわふわの卵、
そして衣の中に閉じ込められた肉の旨みが、口いっぱいに広がる。
そして――
カツを食べ進めた、その下から、姿を現したのは、白い米だった。
米。
――白い、ごはん。
箸でひと口分すくい、そっと口に運ぶ。
もぐもぐ……
ごくん。
……あ。
胸の奥が、
じんわりと熱くなった。
噛みしめるたび、ほのかな甘みが広がる。
それは、この世界に来てから、ずっと、どこかで求めていた味だった。
パンも、麺も、好きだった。
けれど――
やはり。日本人の主食は米だ。
日本で生きていた頃。
何気ない日常で、当たり前のように食べていたもの。
失ってから、初めてその存在の大きさに気づく味。
俺は、気づかれないように、そっと息を吐いた。
……帰れなくても。
もう、元の世界には戻れなくても。
この世界で、こうして米を食べられる日が来るなんて――
「……うまいな」
ぽつりと零れたその一言は、誰に向けたものでもなく、過去の自分に向けた言葉だった。
魔王が、ちらりとこちらを見る。
「なんだ?
そんな顔するほど、特別な食い物なのか」
「ああ……
俺にとっては、な」
それ以上は、言わなかった。
丼の中の白い米は、静かに、温かく、確かに――
俺をこの世界に繋ぎ止めてくれていた。




