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伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


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41.本当の名前


「そっか」


 そうひと言返したが、

 心の中では――やはり、そうだったのか。

 と静かに納得していた。


「それと……」


 リリーの茶色の瞳に、滴が浮かぶ。


「“リリー”って名前も……本当は違うの」

「……うん」


「ほんとうは……リリス。

 リリスっていうのが、本当の名前なの」


 リリーが……いや、リリスが目を閉じる。

 それと同時に、目に溜まっていた涙が溢れ、頬を伝って落ちた。


「ごめんなさい、フェルンさん……っ!」


 謝罪の言葉と一緒に、嗚咽が零れた。

 リリスは両手で顔を覆い、肩を震わせる。

 必死に堪えようとしているのに、

 感情だけが、どうしようもなく溢れてしまっているようだった。


 俺は、すぐには声をかけなかった。

 こういう時、下手に言葉を挟むと、せっかく出てきたものを引っ込めてしまう。

 それを、俺は知っていた。


 必要なのは、正しい言葉じゃない。

 正解でもない。


 “待つ”ことだ。


 しばらくして、リリスの嗚咽が、少しずつ小さくなった。

 俺は、持っていたハンカチをそっと差し出す。


「……これ」

「……ありがとうございます……」


 リリスは受け取り、目元を押さえながら、何度も深く息を吸った。


 そして、震える声で言う。


「……ずっと、言えなかった」

「うん」


「嘘ついて、ごめんなさい。

 一緒にご飯食べて、名前を呼んでもらって……」


 言葉が詰まる。


「短い間だったけど、

 フェルンさんと一緒に過ごした時間が楽しくて……」


 胸が、きゅっと締めつけられた。


「だから……途中で、本当のことを話そうかとも思ったんだけど……」


 リリスは、ぎゅっとハンカチを握りしめた。


「嘘だって分かったら、

 全部壊れちゃう気がして……」


 ――ああ。

 やっぱり、そうか。


 俺は、静かに息を吐いた。


「なあ、リリス」


 名前を呼ぶと、彼女はびくっと肩を揺らしながらも、顔を上げた。


「名前が違っても、嘘が混じってても」


 言葉を選びながら、続ける。


「今ここにいるお前が、俺と一緒にいた時間まで

 嘘になるわけじゃない」


 リリスの瞳が、大きく揺れた。


「……ほんと、ですか?」

「ほんとだ」


 即答だった。


「だって、一緒にご飯を……プリンを食べて、

 『美味しい』って言ったのは、嘘じゃないだろ?」


 少しだけ、笑ってみせる。


 リリスは、ぽかんとした顔をしたあと――

 くしゃっと、泣き笑いのような表情になった。


「……ずるいです」

「そうか?」

「そんな言い方……」


 言葉にならないまま、

 また涙が溢れる。


 だが、さっきとは違う涙だった。


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 リリスは泣き止もうとしては、また小さく鼻を鳴らし、 そのたびに、言葉を飲み込んでいるのが分かった。


 怖い、のだろう。

 本当のことを話すのが。

 嘘を全部剥がしてしまえば、 ここにいられなくなるかもしれない――

 そんな恐怖が、きっとまだ、消えていない。


 俺は、背もたれに軽く寄りかかると、視線を男――魔王の方へ向けた。

 彼は、相変わらず静かにその様子を見守っている。

 口を挟む気は、ないらしい。


 だが、その赤い瞳は、

 どこか安堵しているようにも見えた。


 ――この男は、きっと知っている。

 リリスが、どうしてこんな選択をしてきたのかを。


「……それで?」


 俺は、再びリリスに向き直る。


「次は、何を話したい」


 リリスは、少しだけ驚いた顔をしてから、

 小さく頷いた。


「……私が、

 どうして自分から、

 あの階層に行ったのか……」


 声が、低く落ちる。


 自分で選んだ、という事実。

 それが、彼女自身を一番苦しめているのかもしれない。


「……聞いてくれますか?」


 問いかける声は、弱々しい。

 だが、その奥には――

 逃げないという意思が、確かにあった。


 俺は、はっきりと頷いた。


「聞くよ」


 それだけで、十分だった。


 

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