39.俺の、城?
……ところで、この男は何者なのだろう?
初めて会ったときから抱いていた疑問が、俺の中で静かに膨れ上がっていた。
先ほど語られた勇者の話からも分かる。
この男は勇者と何度も顔を合わせ、言葉を交わし、ただの噂話ではない距離で接していた。
最初は、そのただならぬ雰囲気や、異常とも言える強さから――
まさか、魔王?
などという、我ながら荒唐無稽な想像までしてしまった。
だが今は、もっと現実的な線が浮かぶ。
勇者と共に魔王を倒した、仲間の一人。
あるいは、戦いのあとも傍に残った、支援役や護衛――。
どれもしっくり来る。
だが、どれも決め手に欠ける。
俺は、男の横顔を盗み見た。
先ほどまでの重たい空気は、少しだけ和らいでいる。
男は、空になった皿を片付けるでもなく、
ただ静かに卓に手を置いていた。
――聞けば、答えてくれるだろうか。
喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込んだ。
話を聞いていただけなのに、緊張していたのか、いつの間にか喉が酷く乾いていることに気づく。
トンカツと一緒に置かれていたお茶で喉を潤した、その時――
「ていうか、あんたはなんでそんなに勇者のことを知ってるの?
敵じゃなかったの?」
リリーが、遠慮なくぶっ込んだ。
――敵?
その言葉に、俺は思わず男を見る。
リリーの質問に、男は顔を上げた。
「そりゃあ最初は、ムカついたさ。
いきなり土足で、俺の城に踏み込んできたんだからな!」
……俺の、城?
「だが、戦ってみたらさすがは勇者だ。
粗さは目立ったが、強くて面白いやつでな」
一拍置いて、男は続ける。
「簡単に殺すのは、勿体ない。……そう思ってな」
にかっと笑う男。
戦った?
……勇者と?
簡単に――
殺すのは、勿体ない?
嫌な予感が、再び胸の奥で膨れ上がる。
背筋に、冷たいものが走った。
……俺の、城?
その言葉が、頭の中で何度も反芻される。
城。
勇者が土足で踏み込んできた場所。
そして――この男が「俺の」と言い切った場所。
俺は、そっと息を吐いた。
いや、まだだ。
まだ早計だ。
魔王城とは限らない。
どこかの砦かもしれないし、
領主の館という可能性も――
「まさか、勇者と魔王が親しくしてたなんて知らなかったわ」
ブフォッ!!
思わず、お茶を吹き出してしまった。
「うわっ!? どうした!?」
男は、タオルを片手に、むせる俺を心配そうに見てくる。
……いや、良い奴だな!?
だが……
「フェルンさん、大丈夫?」
リリーが、背中をさすってくれた。
「いきなりどうしたんですか?」
……いやいや、
君の爆弾発言が原因だよ!?
――そう言いたかったが、お茶が変なところに入ったのか、うまく言葉にできなかった。
ようやく咳が収まり、俺は男が渡してくれたタオルで口元を拭った。
「……いや、悪い。ちょっとむせただけだ」
そう言いながらも、胸の鼓動はまだ早い。
視線は、どうしても男から離れなかった。
さっきの発言。
そして――魔王。
「えっと……あの、魔王って……」
恐る恐る疑問を口にする。
男はきょとんと赤い目を見開き、一度瞬きをしてから、少しだけ肩をすくめた。
「魔王、という呼び名があったのは事実だ」
……あった。
過去形?
「だが、俺は自ら名乗ったことなどない」
さらっと、とんでもないことを言う。
「周りがそう呼んでいただけだ。
城を持ち、魔物を束ねていただけで、自然とな」
自然に……魔物を束ねてたぁ!?
俺は思わず頭を抱えた。




