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伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


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33/42

33.腹が減っては……?


 通路の奥は、思ったよりも近かった。

 数十歩も進まないうちに、視界が開ける。

 そこにあったのは、部屋――というより、隔離された空間のようだった。

 

 天井は高く、壁は滑らかな石造り。

 無駄な装飾は一切なく、中央に簡素な石のテーブルと、椅子が三つ置かれているだけ。

 ……拍子抜けするほど、質素だ。

 さっきまでいた“ラスボス部屋”の威圧感が、嘘のように消えている。

 ここには、敵意も威圧もない。

 あるのは――静けさだけだった。

 

 男は、何の躊躇もなく椅子の一つに腰を下ろす。

 深くは座らない。

 背もたれにも寄りかからない。

 だが、その姿が妙にしっくりくる。

 まるで、ここが「本来使うべき場所」だと言わんばかりに。

 そして。

 男が、ふいに手を上げたかと思うと――

 

 ――パチンッ!

 

 乾いた音とともに、指が鳴らされた。

 次の瞬間。

 

 目の前に現れたのは――キッチンだった。

 

「……は?」

 

 間抜けな声が、俺の口から零れ落ちる。

 いや、キッチンというより……厨房だ。

 火口の配置、作業台の高さ、刃物を置くスペース。

 どれもが、本格的な造りだった。

 それが、つい数秒前まで何もなかった空間に、

 最初からそこにあったかのような自然さで存在している。

 

 ……意味が分からない。

 

 呆然と立ち尽くす俺を気にすることもなく、

 男は舞台の主役のように一歩前へ出て、両腕を広げた。

 

「……さあ」

 

 一拍。

 

「これで料理ができるであろう?」

 

 赤い瞳が、まっすぐこちらを捉える。

 

「早速、オークキングの肉を料理してくれ」

 

 ――その言葉は、

 命令でも、冗談でもない。

 当然の前提として、そう告げられた。

 数秒、言葉が出なかった。

 頭の中で、今起きていることを必死に整理しようとする。

 隠し通路。隔離空間。指を鳴らしただけで現れた厨房。

 そして――オークキングの肉?

 

「……待て」

 

 ようやく、それだけを絞り出す。

 

「なんで、料理なんだ」

 

 男は、さも不思議そうに首を傾げた。

 

「なんで、とは?」

「いや……なんでここで、料理を作るという話になるんだ?」

 

 男は一瞬、目を見開いた。

 その赤い瞳に、鋭さが宿る。

 

「せっかく最上級のオークキングの肉を手に入れ、料理人がいるというのに――料理をしない。

 そんな選択肢が、どこにある?」

 

 ぶわっと、鳥肌が立つ。

 全身が強張り、息が詰まる。

 まるで、獲物が捕食者に見据えられたかのようだった。

 理屈ではない。

 本能が、“この男に逆らってはいけない”と告げている。

 その時――

 

 パーンッ!

 

 乾いた、気持ちのいい音が響いた。

 

「……お前っ! 何をする!?」

「だーかーらーっ! それはこっちのセリフよ!

 あんたこそ、オークキングと戦った直後に、さらにオークと戦わされて疲れてるフェルンさんに、今度は何をさせようとしてるのよっ!」

 恐ろしい気配を放っていた男に怯むことなく、

 リリーがその整った後頭部を、思いきり引っぱたいた。

 叩かれた男は、瞬きを一つ。

 それから、少し考えるような間を置いて――

 

「……それも、そうだな」

 

 そう言って、驚くほどあっさり引き下がった。

 

「悪かったな。とりあえず、飯にするか」

 

 そう言ってニカッと笑うと、

 張り詰めていた空気が一気に和らいだ。

 思わず、胸の奥からほっと息を吐く。

 そんな俺をよそに、二人の会話は続いていく。

 

「そうよ! もうオークキングと戦った後から、お腹ぺこぺこなんだから」

「よし。では、先ほどのオークからのドロップ品を食べるとしよう!」

 

 そう言って、男は再び指をパチンッと鳴らした。

 すると、先ほどまで何もなかったテーブルの上に現れた――

 

 トンカツ、豚汁、そしてカツ丼。

 

 先ほども思ったが、改めて見てもその量は異常だった。

 明らかに一人前ではない。

 それぞれ軽く十人前はありそうな、

 まるで大食い番組に出てくるような特大料理が、所狭しと並んでいた。


 

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