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伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


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25.利用価値


「お前こそ、どういうつもりなんだ?

――リリス」

 

 空気が、張りつめた。

 男の口から発せられた名が、静かな部屋に重く落ちる。

 

 ――リリス。

 その名前を聞いた瞬間、リリーの身体が、わずかに強張った。

 何か言おうとしたのか、男を見て口を開く。

 だが――結局、言葉は出てこなかった。

 不安げに視線を落とすリリー。

 その様子を見て、俺は胸の奥がざわめくのを感じた。

 信じたい、という気持ちとは裏腹に――

 その名が、彼女のものなのだと。

 俺は、理解してしまった。

 何も応えないリリーを見て、男の眉間にさらに皺が寄る。

 

「おい、リリス。

 なんでお前が倒しちまうんだよ」

 

 苛立ちを滲ませた声。

 

「俺様が、せっかく魔力を大量消費してまで召喚してやったのによ」

 

 ――は?

 

 あまりにも突拍子もない言葉に、思考が止まる。

 今……なんて言った?

 

 そして、リリーは。

 

「やっぱり……あんたが“あれ”を召喚したのね!?」

 

 勢いよく顔を上げ、男を睨みつける。

 叫ぶような声には、怒りと、確信が混じっていた。

 だが男は、彼女の様子など気にも留めず、軽く腕を組む。

 

「ああ。俺が――

 オークキングを召喚した」

 

 あまりにも、あっさりとした肯定。

 

「……ふざけんな」

 

 低い声が落ちた。

 それは、俺の心情を代弁するかのようだった。

 

「……あのオークキングのせいで、

 私とフェルンさんは、死にかけたんだからね!」

 

 その言葉に、男は一瞬だけ目を見開く。

 だが次の瞬間、「ぶはっ」と吹き出した。

 

「フェルン。それがそいつの名か」

「……あ、ああ」

 

 男が、にやりと俺を見る。

 頷くと、靴音を鳴らしながら近づいてきた。

 俺の前に立ち、全身を舐め回すように視線を走らせる。

 そして――ある一点で、その視線が止まった。

 

「まさか……それを抜くとはな」

 

 ――鰤出刃。

 男は、俺の手に握られたそれを見つめ、目を細めた。

 その瞬間、リリーが俺と男の間に割り込む。

 両手を広げ、庇うように立ちはだかった。

 その手が、微かに震えている。

 それを見て、男はますます楽しそうに笑った。

 

「で、リリス。

 お前は、そいつをどうするんだ?」

 

 沈黙。

 しばらくして、リリーの小さな声が聞こえた。

 

「……お願い」

「あ?」

 

 俺からは、彼女の表情は見えない。

 だが、声だけでわかる。

 必死だ。

 

「お願いします。

 フェルンさんを……ここから、出してあげて」

 

 ――出してあげて?

 この男には、ダンジョンから脱出する手段があるのか。

 それ以上に、引っかかったのは――

 “フェルンさんを”。

 なんで。

 「私たちを」じゃない?

 

「――駄目だ」

 

 男の声が、思考を断ち切る。

 視線が交わった。

 赤い目。

 鮮やかすぎるほどの赤。

 吸い込まれそうな色に、思わず目を奪われる。

 

「そいつには、利用価値がある。

 それが終わるまでは、帰すことはできない」

「利用価値……?」

 

 口から、勝手に言葉が零れた。

 男は、薄く笑う。

 

「文字通りだよ」

 

 赤い瞳が、俺を射抜く。

 

「その包丁――鰤出刃。それを……」

「やめてっ!」

 

 リリーが、叫ぶ。

 振り返り、必死に俺を見る。

 

「フェルンさん、聞かないで。

 この人の言うことなんて……っ」

「リリー」

 

 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 

「大丈夫だ」

 

 その言葉に、彼女の肩が、わずかに揺れる。

 

「フェルンさん……?」

 

 一歩、前に出た。

 庇われる側から、向き合う側へ。

 一瞬、言葉が喉につかえる。

 だが――逃げるという選択肢は、最初からなかった。

 

「……利用価値があるなら」

 

 鰤出刃を、強く握り直す。

 

「俺を、使えばいい」

 

 男の眉が、ぴくりと動いた。

 

「だから――リリーを、解放しろ」

 

 沈黙。

 獲物を値踏みする捕食者のように、男は俺を見る。

 やがて、口元が歪んだ。

 

「……はは」

 

 低い笑い声が、部屋に転がる。

 

「お前、おもしれえな」

 

 心臓が、音を立てる。

 今までの、揶揄うようなものではなく心底面白そうな笑顔だった。

 

 ――って、なんで男相手に動揺してんだよ、俺!

 

 すると背後で、リリーが叫んだ。

 

「やめて!!

 だめ、フェルンさん!」

 

 次の瞬間、背中に衝撃。

 叩かれているのに、俺は振り返らなかった。

 男の視線が、俺から、ゆっくりとリリーへ移る。

 

「……つーかよぉ」

 

 肩をすくめる。

 

「そもそもは、おめーがちゃんとフェルンを

 “誘惑”しときゃ、話は早かったんだよ」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

「え」

 

 間の抜けた声が、俺の口から漏れる。

 

「そ、それは……」

 

 リリーの声も、重なった。

 男は、愉快そうに続ける。

 

「それどころか、お前」

 

 赤い瞳が、細まる。

 

「――フェルンに、惚れたんだろ」

「はぁ!?

 そ、そんなこと……っ!」

 

 声が裏返る。

 思わず、振り返った。

 

 そこには――

 耳まで真っ赤に染めたリリーが立っていた。

 

「こっち、見ないで下さい!!」

 

 額に手のひらが押し当てられ、強引に前を向かされる。

 

 ……最悪な状況だった。

 それでも。

 呼吸が、少しだけ熱を帯びるのを感じていた。


 

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