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伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


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23/29

23.終わりです。


 オークキングは、こちらを見下ろすようにその場で停止していた。

 ――いや、正確には“止まっているように見えた”だけだ。

 足元の埃が、わずかに舞い上がっている。

 それが、あいつが今も風を操っている証拠だった。

 

「来るぞ……」

 

 言葉にした直後だった。

 オークキングの小さな翼が、ピクリと震える。

 次の瞬間――

 

 ドスンッ!!

 

 床が震えた。

 オークキングが短い脚を踏み鳴らしただけだというのに、足元の岩がびりりと揺れる。

 

「ブヒィッ!!」

 

 甲高い鳴き声と同時に、丸い体が――転がった。

 

「なっ――!」

 

 球体のような巨体が、勢いよくこちらへ迫ってくる。

 見た目に反して、動きが異様に速い。

 

「避けてくださいっ!」

 

 リリーの声に、反射的に横へ跳ぶ。

 

 ドゴォンッ!!

 

 さっきまで俺が立っていた場所に、オークキングの体が激突した。

 岩床が砕け、粉塵が舞い上がる。

 

「……冗談だろ」

 

 風魔法で飛んで突っ込んでくるかと思いきや、その球体のような体をボールのようにして突進してくるとは、完全に予想外だった。

 あんな巨体が猛スピードで直撃していたら……骨が残っていたかどうかも怪しい。

 オークキングは壁にぶつかって止まり、ぐるりと体を反転させた。

 つぶらな瞳が、ぴたりと俺たちを捉える。

 可愛い顔だ。

 だが、その視線には、明確な“捕食者”の色が宿っていた。

 

「リリー、距離を取れ! あれは――」

 

 言い終わる前に、再び床が揺れる。

 今度は、跳んだ。

 巨体がスーパーボールのように跳ね回る。

 そして、ふわりと。まん丸の体が宙に浮き、影が一気に広がった。

 

「上から来ます!」

「くっ!」

 

 俺は鰤出刃を構え、歯を食いしばる。

 ドンッ!!

 着地と同時に、衝撃波のような振動が走り、身体が大きく揺さぶられた。

 踏ん張りきれず、数歩後退する。

 その隙を、オークキングは逃さない。

 鼻を鳴らし、短い首を振る。

 そして――突進。

 

「チッ!」

 

 俺は真正面から迎え撃つことを選んだ。

 横に避けても、あの質量だ。巻き込まれれば、ひとたまりもない。

 

「リリー!」

「援護します!」

 

 詠唱の声が、背後で重なる。

 次の瞬間、オークキングの足元に淡い光が走った。

 わずかに動きが鈍る。

 

「今だ!」

 

 俺は踏み込み、丸い腹へと斬りかかる。

 ――ガギンッ!!

 

「……硬っ!?」

 

 刃が、弾かれた。

 そして次の瞬間、オークキングの体が、視界から消えた。

 

「っ!?」

 

 まずい。

 そう思った時には、すでに遅かった。

 背後。

 空気が裂ける音。

 俺は振り向きざまに、鰤出刃を振り上げた。

 金属と肉がぶつかる、鈍い衝撃。

 次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出される。

 視界が白く弾けた。

 それでも――刃は、当たった。

 オークキングの脇腹に、浅く、だが確かに。

 ピンク色の皮膚に、赤い線が走る。

 

「ブヒィ……?」

 

 困惑したような声。

 たいして効いてはいない。

 だが――通る。

 それが分かっただけで、十分だった。

 床に転がりながら、俺は立ち上がる。

 息は荒く、腕が震えそうになる。

 それでも。

 

「……いくぞ、リリー」

 

 オークキングは、こちらを見ていた。

 怒りでも、殺意でもない。

 ただ、獲物を値踏みするように。

 俺は息を吐き、呼吸を整える。

 

「頼むぞ――鰤出刃(あいぼう)

 

 当然、返事はない。

 だが、鈍く光る鰤出刃は、確かに応えてくれた気がした。

 じっと、オークキングを見つめる。

 ――見えた。

 軌道を読む。

 世界が、ゆっくりと動いた気がする。

 身の流れ。

 オークキングの動き。

 刃が通る角度――

 ここだ。

 

 ――ズバンッ!


「――ぐっ!」


 上手く切れた。だが、あまりの速さで突進してきたオークキングに一撃を入れたことで、俺の腕にも衝撃がきた。

 それでも――鰤出刃の食事のおかげで、身体強化された俺の腕はどうにか持ってくれた。

 本来のフェルンなら……奇跡的に上手く狙えたとしても、力負けしてたことだろう。


 震える、腕。

 ――動け! 今がチャンスなんだ。トドメを刺さねば……。


「伏せて下さい!!」

 

 俺は反射的に地面へ身を投げ出す。

 次の瞬間――

 キィィィン……ッ!

 耳鳴りのような高音と共に、空気が一斉に引き絞られた。

 伏せた視界の端で、オークキングの体が浮き上がるのが見えた。

 丸い体の周囲を、螺旋状の風が取り巻いている。

 ――まずい!

 直感が、そう叫ぶ。

 あれは突進でも、跳躍でもない。

 風そのものを刃に変える――本命の一撃だ。

 

「ブヒィィィィィッ!!」

 

 咆哮と同時に、風が爆ぜた。

 だが――

 オークキングの攻撃が届く、その直前。

 俺の背後を、何かが“抜けた”。

 遅れて、爆音。

 

 ゴォォンッ!!

 

 オークキングの頭上、天井に亀裂が走り、岩塊がぱらぱらと落ちてくる。

 ――外れた?

 先ほどまでの俊敏さが嘘のように、オークキングはゆっくりとこちらを振り向いた。

 だが、その視線の先にいたのは俺ではない。

 ――俺の、背後。

 

「リリー!!」

 

 まずい。

 今の攻撃が、リリーから放たれたものだと――

 オークキングは、気づいている。

 なんとしても、リリーだけは……っ!

 必死に地面を蹴り、彼女の元へ向かおうとする。

 だが、気持ちばかりが焦り、脚が思うように動かない。

 ……間に合わないっ!

 そう思った、その時。

 恐怖に顔を歪めているかと思われたリリーは、

 驚くほど冷静な目でオークキングを見据えていた。

 

「終わりです」

 

 そのひと言が、合図だった。

 

 ガラ……ッ。

 

 不穏な音。

 だが、今の俺たちにとっては――福音のように響く。

 次の瞬間――

 

 ガラガラ……ドゴォォン!!

 

 轟音を立てて、先ほど亀裂が入った岩の天井が崩れ落ちた。

 巨大な岩塊が、逃げ場を失ったオークキングの上へと降り注ぐ。

 

「ブヒ……ッ!」

 

 最後まで声にならない悲鳴。

 風が、散った。

 粉塵が舞い上がり、視界が白く染まる。

 やがて――

 重い音と共に、すべてが止まった。

 

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