18.料理を食べると強くなる?
ズーの死骸から、いつものように煙が立ちのぼる。
――ポンッ!
現れたのは、“漆黒の羽根”。
やはり鰤出刃ではなく、短剣で倒した場合は、通常のドロップアイテムになるらしい。
「フェルンさん」
リリーの声は、いつもより低かった。
振り向くと、彼女はにっこりと微笑んでこちらを見ている。
――だが、目は笑っていない。
「何かお考えがあって、あんな危ない真似をなさったんですよね?」
「お、おお……そうなんだ」
俺の返答に、ぶちん、と何かが切れるような音が聞こえた――気がした。
「なにが『でも、問題ない』なんですか!
いきなり短剣で斬り込んで……怪我、してるじゃないですか!?」
声を荒らげながらも、リリーは迷いのない動きで布を取り出し、俺の肩口にそっと当てる。
「……っ!」
思わず顔を歪めると、それを見たリリーは、深く息を吐いた。
「浅いとはいえ、ズーの突進ですよ?
本来なら、もっと大怪我をしていてもおかしくありません」
そう言いながら、彼女は傷の様子を慎重に確かめていく。
怒っているはずなのに、その手つきは驚くほど丁寧だった。
「……ごめん」
「で、なんであんな無茶をしたんですか?」
リリーの顔は、傷を確認するために下を向いていて、表情は読み取れない。
「さっき、リリーに言われて気づいたんだ。
俺も……鰤出刃の性能でドロップした料理を食べることで、本来より身体能力が高くなってるみたいなんだ」
「……身体能力が、高く?」
リリーの手が、ぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
布越しに触れていた指先が、わずかに力を緩める。
「それは……一時的なもの、ではないんですか?」 「たぶん、違う」
俺は肩口から視線を外し、自分の手を握ったり、開いたりしてみせる。
「満腹感が切れても、この感覚は残ってる。
さっきの戦闘だって、短剣だったのに、元々の俺とは比べ物にならないほど動けた」
拳を握り締め、胸の奥に芽生えた確信を噛みしめながら、顔を上げる。
「おそらく……食べれば食べるほど、強さが増している」
リリーは顔を上げ、驚いた表情で俺を見つめた。
それから、考え込むように視線を落とし、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「フェルンさん。確認しますが……
これまで、鰤出刃で作った料理しか、まともに食べていませんよね?」
「最初は多少、携帯食も持っていたんだけど、すぐ尽きた。そのあとからは、ほとんどそれだな」
「回数は?」
「正確には覚えてないけど……鰤出刃を入手してからは、毎食だ」
リリーは目を伏せ、顎に指を当てて思案する。
「……フェルンさんには、食事そのものに“成長効果”が付与されていると考えるのが自然ですね」
その言葉に、俺はわずかな違和感を覚えた。
「『フェルンさんには』って……リリーも同じじゃないのか?」
「……私は、まだ昨日からフェルンさんが手に入れた料理を頂いているだけなので、断定はできません。
ですが……昨日は、いつもより調子がいいと感じましたが、朝起きた時には、その感覚は消えていました」
少し間を置き、彼女は続ける。
「ですが、朝食を頂いて……」
「また、好調に……?」
俺の問いかけに、リリーは深く頷いた。
「はい。ただ、私の場合は一晩で効果が切れたようで、蓄積するものではなく、一時的なものだと思われます」
その言葉を聞き、俺は小さく息を吐いた。
「……なんで、俺だけが……」
「まだ分かりませんが、その可能性が高いですね」
リリーは静かに頷く。
「同じ料理を食べて、同じように効果を感じている。それなのに、持続時間が違う――」
「これは、料理そのものではなく、“受け取る側”に原因があると考えるのが自然です」
「受け取る側……俺、か」
自分の胸に手を当てる。
鼓動は落ち着いている。
それでも、体の奥には微かな熱が、確かに残っていた。
理由の分からない力。
制御できる保証もない成長。
そのことを考えた瞬間――胸の奥に、言いようのない不安が広がった。
「フェルンさん」
少し緊張を帯びたリリーの声が聞こえる。
俺とリリーの視線が絡む。
続きの言葉を口にしようと、彼女が息を吸った――その時だった。
突如、俺とリリーを囲むように、足元に魔法陣が浮かび上がる。
「これはっ!?」
空気が一変する。
俺は咄嗟にリリーの手を掴んだ。
この魔法陣には、見覚えがある。
これは――この階層に飛ばされたときに見た……。
「転移の魔法陣!?」
次の瞬間、視界が青い光に包まれた。




