15.空の台座
「勇者って……」
(何言ってんだ?)
そう言いたかったのに、まるで喉の奥に何かが詰まったようで、それ以上言葉が続かなかった。
代わりに、リリーが口を開く。
「あの台座に刺さっていたのは伝説の剣――異世界から召喚された勇者が使っていた剣です」
勇者?
だが、それよりも気になる単語があった。
――異世界。
「勇者は……異世界から来た人なのか……?」
「そう言われてますよ。異世界から召喚された人間の多くは、“勇者”や“聖女”になる――有名な話じゃないですか」
自分の鼓動が、やけに大きく響いている気がした。
異世界。
それは、俺がいた日本のある世界――。
もし、日本人や、他の国の人間もこの世界に来ているのだとしたら。
俺のスキルも……。
そこまで考えて、ふっと我に返った。
――止めておこう。
期待しすぎると、それが違ったときのショックがでかい。
決めつけるには早すぎる。
異世界から来た人間が勇者や聖女になる――そう言われている、というだけだ。
少なくとも俺は、召喚されたわけじゃないし、勇者のような凄い力も持っていない。
そもそも、本当に異世界から来た人間がいるのか。
いるとしても、どれほどの数なのか。
俺は、何ひとつ知らない。
胸の奥に芽生えたざわつきを、無理やり押し込める。
そう思うのに、疑問をつい口に出してしまった。
「……勇者は、今もどこかに?」
自分でも驚くほど、声は平静だった。
内心の動揺を悟られまいと、何気ない質問を装う。
リリーは少し考える素振りを見せてから、首を横に振った。
「さあ……。伝承では、役目を終えたあと消息を絶ったとされています。剣だけが、こうして残された、と」
役目を終えた。
その言葉が、妙に引っかかった。
勇者の“役目”とは何だ?
ゲームや漫画の世界のように、魔王でも倒して世界を救ったとでもいうのか。
異世界から呼ばれ、使命を果たし――そのあと、人はどうなる?
元の世界へ帰れるのか。
それとも、この世界に残るのか。
考え始めると、胸の奥がじわりと重くなる。
俺は無意識のうちに、自分の手を見下ろしていた。
見慣れたはずの手が、ほんの少しだけ遠く感じる。
「もう寝ましょう。明日に備えなきゃ」
リリーの声に意識を引き戻され、横を見る。
寝袋に横になったリリーが、もうこちらを見ていた。
「あ、ああ……そうだな。早く寝よう」
そう答えた俺に、リリーがやさしく微笑む。
「おやすみなさい、フェルンさん」
「おやすみ、リリー」
そう挨拶を返すと、すぐにリリーの静かな寝息が聞こえてきた。
(――疲れていたんだろうな)
俺も寝袋に潜り込み、目を閉じる。
それでも、すぐに眠りが訪れることはなかった。
耳を澄ませば、聞こえてくる規則正しいリリーの寝息が、妙に遠く感じられた。
異世界。
勇者。
役目を終えたあと――。
考えないようにしても、頭の隅に引っかかって離れない。
俺は、ここに“呼ばれた”わけじゃない。
少なくとも、そう思っている。
誰かに使命を託された覚えもなければ、世界を救えと言われたこともない。
それなのに――。
目の前に掲げた手を、そっと握ってみる。
力を込めても、特別な感覚は何もない。
ただの、いつもと同じ自分の手だ。
……考えすぎだ。
そう結論づけて、深く息を吐く。
答えの出ない疑問に、今は意味がない。
明日もやることは山ほどある。
生き延びるために、仲間の役に立つために――それだけで精一杯だ。
俺は無理やり思考を切り替え、体の力を抜いた。
やがて、意識が少しずつ沈んでいく。
最後に脳裏をよぎったのは、
鰤出刃が抜かれたあとの、あの空っぽの台座だった。
……あれ、どうして……。
リリーは、台座に刺さった“伝説の剣”の存在を知っていたんだ?
そんな疑問が浮かんだが、俺の意識はそのまま眠りの底へと落ちていった。




