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月日は流れて

 天へ届けと言わんばかりに空に向かって高く聳え立つ巨大なビルディング。

 その建設風景というのは何とも壮観で、眺めていてある種の高揚感というかワクワクする気持ちを覚える者は多いのではないだろうか。

 再建中の統治局本部。

 工事は終盤に差し掛かっている。来年落成予定の数十階建てのクリスタルタワー。

 上部の僅かな部分だけが内部の鉄骨が剝き出しのビルの、その今だけしか見られない姿を記録に残しておこうとスマホを向ける見物客もいる。


 ……あのテロ事件の日から四年の歳月が流れていた。

 大事件ではあったが、それで火倶楽(カグラ)の日常の何かが大きく変化したという事もない。

 人口三百万人を超える巨大な「この世の果ての街」では当時も今も住人たちは変わらずに遠くに巨壁を望みつつ日々を過ごしている。


 ──────────────────────────────────────


 火倶楽で最も栄えている地区といえば、それは煌神町(こうがみちょう)であろう。

 煌神町は火倶楽でも中心部分にあり重要施設のほとんどがそこに集まっている。

 巨大都市火倶楽の光と闇を濃縮したようなエリアだ。


 そして……そんなの煌神町の一角にドえらく広い敷地を構えている学府がある。

 古めかしい赤レンガの本校舎で有名な火倶楽でも最難関の大学だ。

 その名もズバリ『火倶楽(かぐら)大学(だいがく)


 …………。


 火俱楽大学構内にあるカフェのオープンテラス。

 今そこで二人の女学生が、片方はカフェラテそしてもう一方がチョコパフェを前にして向き合って座っている。


「私たちも三年になっちゃったじゃん~。そろそろ就活始めなきゃじゃん~。……それって、すっっごくメンドくさいよね!」


 パフェを食べつつボヤいているのは小柄な女学生。


 赤みがかった茶色の髪を豪快に二つの三つ編みに束ねた瞳の大きな可愛らしい顔立ちの娘だ。

 彼女は九段坂(クダンザカ)(アカネ)

 ちんちくりんの女子高生だったこの娘も今ではちんちくりんの女子大生。

 身長は……むしろ当時よりも縮んでいるように見えなくもない。

 成人しても相変わらず夜歩いていると女子中学生と間違われて補導されそうになる。


 ……そんなニセ中学生のアカネなのだが、火倶楽大にストレートで合格しているのだからエリート中のエリートなのだ。少なくとも成績については。


「大変そうね」


 さらっと流すようにそう返事をしたのは栗色の長髪の凛とした美少女。

 四年前と比べてそれなりに大人びた気もするし、やはりあまり変わっていないような気もする比良坂(ヒラサカ)美玲(ミレイ)


「そんな他人事みたいに~」


「私は就活はしないわよ」


 恨みがましくジト目で見てくるアカネに、やはりミレイはさらりと流した。

 ガーン! と擬音が聞こえてきそうな程目をカッ開いたアカネが驚いている。


大学(がっこう)出たら起業するつもりだからね」


 ミレイがキラリと瞳を輝かせる。


「おお~! 意識がお高い!」


「そこまで大したものではないけど……」


 ちょっとだけ困り顔で苦笑するとカップを口へ運ぶミレイ。


超人(オーバード)枠を取ってる企業もあるにはあるけど、どこもガイアード系だし……。私はガイアードの都合で超人(オーバード)能力(チカラ)を使うのには抵抗があるからね。とはいえ折角人にはない能力があるのだから何かに役立てたいし……」


 う~ん、と悩まし気にミレイは口をへの字にしている。


 ミレイが超人(オーバード)に覚醒して四年。

 超人(オーバード)たちを取り巻く世の中はほんの少しずつだが変わりつつあった。

 徐々にその存在は世間に認知され始めており、大っぴらにではないがミレイが言ったように超人(オーバード)としての求人もある所にはあったりする。


 ……とはいえあくまでもまだ非公式な存在。

 世のお偉いさま方は超人(オーバード)たちを公式にどのように扱えばよいものか頭を悩ませている最中なのだろう。


「そうなったらもう、自分でやるしかないじゃない」


「あ~ぁ~、私も超人(オーバード)だったらミレイちゃんと一緒にやれるのになぁ~」


 パフェのグラスにスプーンを差し込むアカネ。

 しかしグラスは既にカラであり、スプーンは底にカチンと乾いた音を立てて当たる。


「……キリヲちゃん、どこにいるんだろうね」


「……………」


 不意にアカネがちょっと沈んだトーンでそんな事を言った。

 それを聞いたミレイが視線を遠くへ送る。


 二人のクラスメイトだった久遠寺(クオンジ)霧緒(キリヲ)は現在行方不明。

 彼女は星辰館学園を卒業するとふらっと姿を消してしまった。

 それから現在まで音信不通。スマホの通話にもメッセージにも既読が付くことはない……恐らくスマホはもう手放して使っていないか、それとも別のものを使うようになったのか。

 一時期彼女に師事していた葛城(カツラギ)陣八(ジンパチ)にも聞いてみたのだが彼もその時期に連絡は途絶えそれっきりなのだそうだ。


「殺して死ぬような人でもないし……そのうちに会えるわよ」


 ミレイの言葉は半分は本音であり、半分は願望だった。


 そんな二人に石畳の歩道にコツコツと靴音を鳴らして近付いてくる者がいる。

 最初に彼に気が付いたのは座っている角度がそちら向きだったアカネであった。


「リゼルグさんだ! こんにちは!!」


「こんにちは、九段坂さん」


 落ち着いた声でそう言って軽く会釈をしたのはスーツ姿の背の高いブロンドの男。

 元黒騎士(オルドザイン)の序列三位……リゼルグ・アーウィン。

 元は整った顔立ちの男だったが今は顔中に無残な傷跡がある。

 しかし今は顔に包帯は巻いていない。代わりにレンズが1枚で長い長方形のタイプのモノブロックのサングラスを掛けている。


「ミレイさん、迎えに来ましたよ。今日はアルバイト(お仕事)の日でしょう」


 奇妙な縁でミレイと知り合ったリゼルグ。

 彼はその後ミレイの手配で彼女の保護者である唐橋(カラハシ)草七郎(ソウシチロウ)老人に侍従のような立場で仕えることになった。


「いけない。そうだったわ……すっかり話し込んじゃってた」


 腕時計を確認して慌ててカバンを手に立ち上がるミレイ。


「九段坂さんもどうぞ。ミレイさんをお送りした後でおうちまで行きますよ」


「やった~!」


 子供のように無邪気に喜んでピョンと飛び上がると二人の後を追って小走りに駆け出すアカネであった。


 ──────────────────────────────────────


 ……そして、運転中の車内。


「リゼルグ、貴方はキリヲと何か連絡を取ったりしていないの?」


「私は元々帝国(ヴェーダー)を出てからは一度も彼女と話してはいませんよ」


 後部座席のミレイに問われ、ステアリングを握るリゼルグが無感情に答える。

 二人の出自に付いては既にミレイの知るところだ。


「序列二位と三位だったのでしょう?」


黒騎士(われわれ)はそもそもが個人主義者たちの集まりでしたからね。下位の序列の者たちはちょっとした派閥のようなものもあったようですが……。私とキリヲの関係は単なる同僚というだけです」


 それに、とリゼルグが付け足す。


「今だからこそ正直に言ってしまいますが、当時の私は彼女を恐れていました。精鋭揃いだった黒騎士(オルドザイン)の中でも序列一位だった総長と二位の彼女ははっきり他とは次元の違う存在でしたからね」


「え~、私よくプリンとか貰ったけどな~……。あ! そういえば聞いてよリゼルグさん。私先週新歓コンパの時にカラカラから追い出されそうになったんだけど! 酷いよね!!」


 不思議そうなアカネ……かと思えば一転して彼女は思い出し怒りを開始した。

 カラカラというのはチェーンの安い飲み屋の店名である。

 またアカネが中学生と間違われたという話だ。


「それは災難でしたね。『伏龍(ふくりゅう)』系列のお店であれば御前の関係者だと言えば下手な扱いを受けることもないと思いますよ」


 伏龍とは最高級の料亭。

 ガイアード社の重役や統治局の幹部たち御用達の店である。


「そんないい(トコ)私のお小遣いじゃ行けないよ……」


 しょんぼりとトーンダウンするアカネであった。


 ───────────────────────────────────────


 煌神町の賑やかな大通りからは一本奥へ入った所にその雑居ビルはある。


 灰色の四階建てのビル。

 まあまあくたびれており傷んでいる。年季ものだ。


 二階部分の外壁に『黒羽(クロバ)探偵事務所』と記された看板がある。

 プレートの端っこにヒビが入った照明看板だ。

 名前の黒羽と掛けているのかロゴマークは四葉のクローバーだ。


 ……ここがミレイのバイト先だ。

 車を降りると彼女はビルに入っていく。


 比良坂ミレイはまったくお金は必要としていない。

 その彼女がアルバイトをするのは社会に慣れるためと超人(オーバード)としての自分の力を何か世の中のために役立てる方法はないかと考えたからである。

 しかし大学生が学業と並行して行うアルバイトに超人(オーバード)の能力を必要とするものなどあるはずがない。


 そこで彼女はこの黒羽探偵事務所をバイト先として選んだ。


 ……………。


 引き扉を開けて事務所に入る。


 スチールの机が並んだ事務所内。

 衝立と応接用のソファと木製のローテーブル、うっすらと漂うタバコの匂い。

 一昔前の空気を持つ事務所だ。

 と言ってもミレイにはその「一昔前」はピンと来ないのだが……。


「あら?」


 入ってすぐにミレイは不思議そうな顔をした。


 応接ソファに寝そべっている異様に筋肉質な大男がいたのだ。

 眉毛が太く精悍な顔立ちの黒髪の無精ひげの男。

 レザーのジャケットは肩から腕部分を千切ってある世紀末仕様だ。

 その為筋肉で盛り上がった太い腕が肩から外気に晒されている。


緒仁原(オニハラ)先輩、珍しいですね」


 普段あまり事務所に寄り付かない先輩スタッフ……|緒仁原トウガに会釈するミレイ。


所長(バアさん)に呼ばれてな」


「そうだよ。……揃ったかい二人とも、こっちへ来な」


 奥から聞こえてきたしわがれ声。


 奥のデスクに座っている小柄な老婆が発したものだ。

 白に近い灰色の髪を頭頂部でまとめて大きなお団子を作った老婆。

 ギョロリとした大きな目に鷲鼻……まるで絵本に出てくる悪い魔女のようだ。


 彼女がこの黒羽探偵事務所の所長、遊佐(ユサ)アヤメ。

 事務所の絶対的ボスであると同時に周辺一帯を取り仕切る顔役でもある。


 所長のデスクの前にミレイとトウガが並んで立つ。


「よぉくお聞きお前たち……今から大事な話をするからね」


「何だ何だ偉い勿体ぶるじゃねえか」


 顔をしかめるトウガ。

 表情が全力で「面倒くさそう!」と語っている。


「私はねぇ、身を退くことにしたよ。流石に寄る年波には勝てないからね。ここいらで後進に道を譲って楽隠居といかせてもらう事にしようじゃないか」


「寄る年波って……。この前皆で焼き肉いった時カルビ四人前くらい食ってたじゃねえか……」


 ジロリと老婆に睨まれて目を逸らすトウガ。


「そこでだ。私がいなくなったこの事務所を取り仕切るのは……」


 皺だらけの細く長い指が指したその先には……。


「え……」


 呆気に取られるミレイ。


「ミレイ、アンタがおやり。全て任せるからこの事務所を好きなように回してみな」


 どう考えても悪役にしか見えない笑みを浮かべてそう告げたアヤメ所長であった。

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