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深夜の攻防

 ……突然の衝撃。そして頬の痛み。

 殴られたのか……? しかし誰に。


「ふげッ!!」


 天河マキナは頬から落ちて床にキスを貰う羽目になる。


「いっ……てェ~……。えーと? どこじゃー? ここは」


 もそもそと起き上がって周囲を見回すマキナ。

 薄暗い室内。ぼんやりと浮かび上がる家具の配置は見覚えのないもので……。

 どうやら自分はベッドから落ちたらしい。


(あ~、そっか。ユカリの部屋か~ここは)


 もやもやとしていた頭の中が徐々にスッキリとしてきて彼女は眠りに就く前の情景を思いだす。


 ……………。


「床ぁぁぁ~~~~??? ちょっと! 床って!! お客さん床で寝れってか!!」


「うっさいなぁ。カーペット敷いてあるし別にいいでしょ。余分なベッドなんてないもん。大体があんたは客じゃない」


 盛大に文句を言っているマキナを湯上りでパジャマ姿のユカリが半眼で見ている。


 予期せぬ『黒色の王』の来訪の後、なんだか帰らないマキナは店内で散々駄弁った後に昼食どころか夕食までちゃっかりユカリたちとご一緒し、挙句に結構ガッツリ飲んだ。


『今から帰んのめんどくしゃ~。ってワケでうちお泊まりしちゃいま~っす』


 上機嫌の赤ら顔で勝手に宣言したマキナは宿泊に難色を示すユカリたちを強引に認めさせる事に成功した。

 ……というかもう相手が酔っ払いの相手に匙を投げたというか。


「ユカリのベッドめっちゃでっかいじゃーん。ちょと端っこいってよ余裕で二人寝れるでしょこれ」


(そりゃそーでしょうよ)


 このユカリさんの部屋のベッドは二人どころではない。

 エトワールを引き取ると決めたときに場合によっては三人で寝る時があるかも! というので新調した大型のベッドだ。

 お陰で部屋はちょっと狭くなってしまったが後悔はしていない。

 ……ちなみに三人で寝ようという提案は今のところルクシエルに却下されていて実現はしていないのだった。

 エトワールの方は割と乗り気なのだが。


「いいけどさ、あんた私のベッドで寝たいって自分が何ゆってんのかちゃんと自覚してるんでしょうね?」


「……あれ?」


 ……いつの間にかユカリにしっかりと手首を掴まれてることに気が付いたマキナ。


「……いや、そういうのはさ。やったじゃん……もう。しかも今朝デスヨ」


「それがなぁに? 私は朝昼晩一日三食でもいいけど? なんなら一日中だろうと全然まったくこれっぽっちも問題ありませんけど?」


 ぐいっと手を引かれたマキナがベッドに押し倒される。


「ぐわあああああ!! 肉食系を超えたチョー肉食系だこやつ~!!!」


「今更気付いたってもー遅~いっ!!!」


 ガバッと覆いかぶさってくるユカリにじたばたともがくマキナであった。


 ……………。


「はぁ、そうだったそうだった。そんでまた散々ヤられて……。それにしても気が済んだらベッドから蹴り落とすなっつーの。どういう寝相しとんのコイツ」


 ぶつぶつと文句を言いつつマキナがベッドにもぞもぞと潜り込んでいく。

 するとまたもその手をガシッと掴んでくる者がいて……。


「……なァに~? まーだ足りないの~? しょうがないにゃぁ~」


「グワーッ!!? ちょっと!!?? このベッド蹴り出されるかヤられるかしか選択肢ないの!!?? 床の神様のバチが当たったんかうち!!!」


 そんなこんなで一晩中ドタバタやっていた二人であった。


 ────────────────────────


 爽やかな朝。

 窓の外には朝日に照らされて小鳥が飛んでいる。


「うるさいよ二人とも。一晩中ガタガタ音さして」


 朝食の席でルクシエルが不機嫌である。

 てへ、みたいにウィンクして舌を出したユカリ。

 次の瞬間彼女は思い切り脳天にチョップを食らう。


「うちは被害者デーッス……。この目玉焼きにベーコンのやつ美味え~」


 もぐもぐやりながら虚ろな目をしているマキナ。

 あんまり眠れていない彼女の眼の下には薄っすら隈がある。


「そーなんです? おねーさんの部屋に泊まってくっつーから100%そのつもりなんだと思ってましたよ」


「や、朝にヤられてんだからもうないだろって思うじゃん……」


 はわわわ、と大きくため息をつくマキナ。

 すると頭にでっかいたんこぶを作ったユカリがテーブルの下から這い出てくる。


「それはユカリさんを甘く見すぎ~」


 うひひひ、と白い歯を見せて悪い笑いを見せるユカリをジト目で見るマキナ。


「あんたたち、仲悪いんじゃないの?」


 ルクシエルが問いかけると何となく真顔になって二人は顔を見合わせた。


「まあ良くはないよな? その内また殺し合いになる気がするし」


「まあね~。別に私から仕掛けようとは思ってないけど理由があるんなら戦うし、襲ってくんならブッコロス」


 平然と言って二人は朝ご飯を食べている。


「こいつの生き方自体は全然相容れないんだけど、それはそれとしてこいつ自体が嫌いって訳でもないからね」


「うちはまー、自分がいいかなって思った事しかせんからね。殺すか~って思ったら殺すし、抱かれてもいいかって思えば抱かれるし、面白そうなら誰かの邪魔をするし、味方だってする」


「……でも、そんな生き方していたら敵だらけになるんじゃないの?」


 眉を顰めるルクシエルにマキナはそーね、とあっさり肯いた。


「敵だらけですよ~そりゃーもう。それで景気よく襲ってきてくれりゃーさ、まだスカッとできるのに。そーもしてくんないからストレスだけが溜まってく」


 敵対している集団は多いのに桁外れに強いのであまり刺客を差し向けられることがないマキナ。


「友達とか仲間はいないの?」


「いないね~。……いや? 一人いるっちゃいるかな? あんまうちトモダチとか作らねーの。だってさ、メンドクサイじゃん。トモダチって裏切っちゃダメでしょ? うち裏切りてーって思ったらサクッと裏切っちゃうからさ。そういうのできない相手って面倒」


 あはは、とあっけらかんとマキナが笑っている。

 強がりというわけではなく、かといって達観していたり虚無っていうというわけでもなく……。

 それが天河マキナの生き方なのだ。


「ふーん。いい事言うね」


「ん?」


 ルクシエルが箸を止めた。

 いいこと? マキナは自分の思考が世の「普通」からは逸脱しているという自覚がある。


「友達も恋人も面倒くさいものだよ。でも、だからこそ価値があるんじゃないかな。あんたも一人はいるっぽいしわかるんじゃないの?」


「……………」


 ストンとマキナが真顔になった。


 面倒臭いということは頭を悩ませるということ。

 それなのに切ることができないのなら、その相手は自分にとって頭を悩ませるだけの意味があるという事なのだろう。

 ルクシエルの言いたいことをマキナは察したのだ。


「……どーじゃろ?」


 少しの間無言だったマキナ。

 やがて彼女はそう呟くように口にして軽く笑った。


「なっかなか深いことおっしゃいますねーお嬢サマ」


「別に。何かの受け売り」


 淡々とそう言って味噌汁を飲むルクシエルであった。


 ────────────────────────


 背の高いお嬢さんが日中の煌神町を散策している。


「♪~」


 上機嫌でスマホを見ている聖堂騎士のクリスティン。

 今日の彼女はスーツ姿ではなく私服だ。

 淡い水色のシャツに菫色のロングスカート。

 薄いベージュのロングのカーディガンを羽織っている。

 何かあった時に動きやすいように靴はスニーカーだ。


 スマホでちょっと検索すれば簡単に付近の飲食店の位置が表示される。

 ついでに口コミも……ただ彼女はこれは基本的には当てにしない。

 人がどのように言っていようと最後に判断をするのは自分の目と舌なのだ。


(午前中に二軒……日が落ちるまでに後三軒くらいは回りたいな~)


 混んでいる店でなければ一度入れば最低でも一時間半くらいはゆったりと過ごすのが彼女の流儀。


(食べる前後の時間も含めてそのお店の『味』ですから! あ! 今ちょっと私いい事を言っちゃいましたね!!)


 ピコーンと電球が光って頭に思い浮かんだ言葉にガッツポーズしている彼女をすれ違う人々が不思議そうに振り返っている。


 ……それにしても。

 改めてスマホの画面に視線を落とすクリスティン。

 表示されているマップ。

 その一角にうじゃっと固まっているマーカー。


「うーん……流石はラーメン激戦区ですね。これだけのお店が集まっているなんて……。それだけにどこのお店も高レベルで幸せな気分ですよ」


 アルバムには沢山の画像。

 どれも湯気の立つラーメンばかり。


「ライブラリーが充実していきますね。美味しいお店はどこも器も可愛くて……もう芸術(アート)ですね、アート」


 ニコニコ顔で歩くクリスティン。

 その彼女の足が、ふと……停まった。


「……………」


 ぎぎぎぎ、と軋む音が聞こえてくるかと思えるほどにぎこちない動きで横を向く。

 そこはある和食のお店。

 店の前にはショーケースがあって食品サンプルが並んでいる。


(ひぃぃっ! て、天重!! ぷりっぷりの大きな海老さんが……黄金色の衣でおしゃれをした海老さんがっっ!! 私を誘惑しています!! ダメですよクリスティン!! あなたにはラーメン店を制覇するという重要な任務が……!! 使命がっっ!!!)


 ドドーンと黒光りするお重に入った白いご飯の上には大きな海老が二尾並んでいる。

 何というボリューム……!!

 完全にお重からはみ出しているではないか。


 ダメだダメだと汗をいっぱいにかいたクリスティンが首を横に振っている。

 しかし、時折ちらりと横目でショーケースを見てしまう聖堂騎士。

 そこにはエビ天が変わらぬ存在感を放っていて……。


「……まあ、考えてみればどっちも食べればいいですよね」


 あっさり考えを変えて彼女はガラガラと店の引き戸を開けて中へ入る。


「こんにちはーっ! すいません、大海老天重を四人前……いえっ、五人前お願いします!!」


 大きな声で注文しながら入店するクリスティン。


 彼女は知らない。

 そんな自分を物陰から監視する複数の冷たい視線があるという事を。


「……………」


 日の光を避けるように影の中にいる複数の青白い顔の男たち。

 彼らは全員が東洋の黒い装束で、その長い裾には毒蛾の片羽が刺繍されているのであった。

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