早朝バーガー山盛り
今夜はユカリはジェレミーを伴ってデュークのバーへやってきている。
バーへ、というか……かつてはバーであった場所に、か。
現場は惨状のまま手付かずだ。
クラシカルで上品だった店内は今や焦げた瓦礫の山。
在りし日の光景を知っているユカリは何ともやるせない気分になる。
ここは散々警察が捜索はしているが彼らでは見つけられない手掛かりのようなものがあればと思ってやってきたのだ。
「……ジェイムズがこんな場所で店を開いていたとは。目と鼻の先にいたんですね」
しゃがんで黒ずんだ瓦礫を手で除けながら感慨深げに周囲を見回しているジェレミー。
彼の言う通りだ。
二人は徒歩で会いに行けるような範囲内でお互い働いていたのだ。
灯台下暗しというか、デュークがそれでもジェレミーの所在を掴めてはいなかったのはその意向を尊重してあえて探そうとはしていなかったからだろう。
「私たちはもっと会っておくべきだったんでしょうか」
「うーん……それはどうでしょう。お互いがそうしたいと思ってるわけでもないのにちょこちょこ顔合わせてたらそれはちょっと息苦しい気もするし。会わない時間が長いとお友達じゃなくなるわけでもないですし」
その辺はユカリ個人の考え方である。
不老の存在である超人の彼女はそれこそちょっと会わない時間があると数十年とかポンと過ぎ去ってしまうのだ。
それでも自分としては相手と友達では無くなってしまったとは思わない。
「自分は彼に友情を感じていたのですが……ジェイムズには自分はよく思われていない気がしていまして」
「……へぁ?」
……何か、おかしなことを言うてはる。
デュークがジェレミーに……よく思われていない? って?
あんなちょっと話を聞いただけでも内心ちょっとニヤついてしまうくらい重めの感情を持ってそうなのに?
「いや、よく思われてないんなら大昔のそのあなたたちの国が割れて戦いになった時に味方してくれてないんじゃないですかね?」
「そこは私の理念に賛同してくれたのと、私たちと敵対した黒い王の勢力とは相容れない故の事かと……。あの時の自分たちは少数派で、勝つためには自分と反りが合わないなどと言っていられる状況ではなかったのでしょう」
(そうかなぁ……)
ユカリは疑問である。
むしろ理念の方が後付けの動機であり、そもそもジェレミーがそれまでの仲間たちと戦うと決めたのでデュークもそうしようと決めたのでは?
「あの頃は顔を合わせると小言ばかり貰っていました。君主ならこうあるべきだと。……正直な所、自分は吸血鬼という生まれも王の血統もどちらも疎ましく思っていましたのでジェイムズにしてみれば歯痒かったのだと思います」
「……………」
……とりあえず両者の認識にズレがありそうだという事だけはわかった。
その辺はお互い直接話してわだかまりを解くべきだろう。
第三者があれこれ言うことではない。
(……そう思うユカリさんなのであった)
「戦闘は苦手で……あまり好きではありません。必要があれば容赦なく実力行使する者が大半である吸血鬼の中で自分は異端者でした」
……それにしても。
ジェレミーは淡々としている。
会話に、言葉に感情が乗ることがまったくない。
いや、彼なりに乗せているのかもしれないがまったく伝わっては来ないので無感情な印象を受ける。
(彼から感じられるのは「疲れてそう」って事だけね)
ジェレミー・ディーは常に軽く猫背で目の下には薄く隈があって、そして覇気がない。
それが素なのか本当に疲れているのか。
「それでも黒い方の王様はジェレミーが倒したんですよね?」
「はい。吸血鬼は強くなければ上には立てない種族です。その中で君主の地位にいた彼の強さはやはり突出していて……気は進みませんが自分がやるしかありませんでした」
その黒い王をジェレミーは倒した。
黒い王より白い王の方が強かったのだ。
「黒色の王は私とは真逆の思想で……どこまでも暴力の信奉者でした。自分たちの住む世界を守ろうというのではなく、一族を率いて人間の領域に侵攻し全てを手にする野望を持っていました」
そこまで語るとジェレミーはフゥと息を吐いて上を向く。
ここは地下だった場所だが今は上階の建物も崩れて一部焼け落ちてしまっているので星空が見えている。
「もしも……私が破れていたとしてもその望みは叶わなかったと思います。闇の眷属はどちらにせよ衰退していく宿命であったと……そんな風に思うのです」
星の煌めく夜空を見上げ、どこか遠くへ語り掛けるような口調で言うジェレミーであった。
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結局二人は東の空が白む頃までデュークの店を捜索したが、何かめぼしいものを発見することはできなかた。
その日は解散することにしてジェレミーと別れたユカリは欠伸を噛み殺しながら家路に就く。
……すると。
ユカリは早朝の通りでばったりとある人物と顔を合わせる事になった。
「……んげ。壬弥社さん家のユカリちゃんじゃ~ん」
顔を引き攣らせつつも笑う美女。
相変わらずの若向きでスタイリッシュな格好の彼女は……。
「『んげ』はこっちのセリフだっつーの。天河さん家のマキナちゃん」
マキナに向かって半眼の据わった視線を向けるユカリ。
両者の間に乾いた風が吹き抜けていく。
無言の時間が流れる。
「……え~っと、とりあえず殺っとく?」
「殺っとかねーわよ。軽く何か食べる? みたいに殺し合いに誘うんじゃない。こっち疲れてんの。あなたの相手なんてノーサンキューです~」
んべえ、と舌を出すユカリ。
「ふぅ~ん。なんかホントにお疲れチャンじゃん。んじゃさ、そこ入ろ。コーヒー奢るよ」
「はい~?」
マキナが指さすほうを振り返ったユカリ。
そこには、繁華街なので早朝から営業しているファーストフードの店があった。
何ゆってんだコイツ、とユカリさんは思った。
ファーストフードはいつから殺し合いを断られた時のすべり止めになった?
……………。
どででん、とトレイの上にはハンバーガーが積み上がって綺麗な山を形成している。
「……あんさ、うちコーヒー奢るっつーたんよね? 何それ? 月見団子? それとも砂漠の真ん中に建ってる昔の王様のお墓?」
正面に座ったマキナが肘をついて手の上に頬を乗せてジト目でユカリを見ている。
「ゴチになりま~っす、社長」
しれっと礼を言って早速ハンバーガー山を切り崩しにかかるユカリさん。
半分嫌がらせのつもりだが頼みすぎた。
食べきるのはちょっと骨が折れそうだと若干後悔するものの、それを顔には出さないユカリ。
「……まー、いーけどさ。そんで、奢ったんだし喋りなよ。何やってたの? こんな時間まで。デートって感じじゃなさそーじゃん」
「なんでそんな事に興味持つのよ。どうでもいいでしょ」
ハンバーガーをもぐもぐやりながらユカリは気乗りしない様子だ。
「ところがそーでもないんだな~。うち、楽しそうな事には敏感なん。今のユカリからは楽しそーな事の匂いがしてるんよね~」
シェイクのストローを咥えながらマキナがニヤリと笑う。
さて……どうしたもんかとユカリが考える。
(まあ、デュークたちの個人情報に関する部分さえ漏らさなきゃ別に聞かせてやってもいっか……)
吸血鬼と戦ってま~す、なんて言ったって普通はゲームのやり過ぎで現実との区別が付かなくなっちゃったんだなと思われるだけだ。
そう思ってユカリは自分たちが巻き込まれているトラブルを大雑把に説明する。
最初は鼻で笑われるかと思われたがマキナは結構ガッツリ食いついて目を輝かせた。
「うひょ~っ! いーじゃん! そーゆー話を待ってたんよ。ロマンあるわ~。映画みたい!! ゲームか? まあどっちでもいーけど」
マキナは小さな子供のようにパタパタと椅子の下で足をパタパタと振っている。
「それさ~、うちも混ぜてよ~。いいでしょ~? 今だけはユカリの言うこと聞いてあげっからさ~」
「こんな話の何がいいんだか……」
呆れ顔になりつつ、ユカリは彼女のこういう所がちょっと別の知り合いに似ているなと思った。
……ぶっちゃけショウセイのことだ。あの貧相な口髭の薄ら笑いが頭に思い浮かぶ。
そう考えると自分の知り合いにはロクなのがいねーな、と彼女はちょっと落ち込んだ。
「ね~ね~、頼むよ~。うちら一緒に命の危機を潜り抜けた仲じゃんよ~」
潜り抜けはしたがその命の危機の原因が双方だ。
ハンバーガーを持つユカリの手を取るマキナ。
(むむっ……)
その時、ユカリの脳にピキーンと電流が流れる。
「まーそうまでいうなら巻き添えにしてあげてもいいけど、ちょっと条件がありま~っす」
「うんうん、何なに?」
マキナが笑顔でカクカク肯く。
そんな彼女を見てユカリが何だか邪悪な笑みを浮かべて……。
……………。
数時間後。
とあるホテルの一室。
完全に日は昇ってカーテンの隙間からは明るい光が差し込んでいる。
「なんか……」
ベッドの上で全裸のマキナが呆然と天井を見上げて転がっている。
「なんか……うち、食われたんですけど!!??」
そこへバスルームから出てくるユカリ。
全裸にバスタオルを頭に被って妙にツヤツヤして上機嫌なユカリさん。
「うっひひひ、ご馳走様でした~二重の意味で」
「うっせえわ。オヤジか」
ムッとなってユカリを睨んでガバッと上体を起こしたマキナ。
そして彼女は全裸のままでベッドの上で胡坐をかく。
「……うちの初体験これかよ~。マジっすかもう……人生何あるかわかったもんじゃねー」
「そういう事ね~。いやな思い出にならないようにユカリさんは精一杯ご奉仕しましたよ?」
ニヤニヤ笑っているユカリを真っ赤になってもう一度睨んだマキナ。
かと思うと彼女はベッドの上でハァと嘆息して肩をすくめる。
「まーいっか。初体験のお相手は? って言われてそのあとで殺しましたよ、って言うのもなんかうちらしくていーかもね」
「ユカリさん死にませんけどね」
服も着ないでユカリが冷蔵庫から缶のビールを取り出すとプシュッと栓を開けてぐいっと呷った。
「とにかく~、美味しく頂いちゃったんだから約束は守ってよね~」
「いいわよ。遠慮なくあっちにぶつける鉄砲玉にしてあげる」
ベッドの上で胡坐のマキナと冷蔵庫の前で仁王立ちのユカリ。
二人の女は顔を見合わせてひっひっひと悪い顔で笑い合うのだった。




