Blanc -白色の王-
深夜の倉庫街に漂う硬質の緊張感。
鎧の騎士たち、聖堂騎士団の二人とどこか覇気のない灰色の髪の男の間に漂う不穏な空気。
「白色の王……ジェレミー・ディーだな?」
メイスンが問い質すと彼はゆっくり肯いた。
「ええ、その通りです。できればコミュニケーションは暴力以外の方法でお願いできますか、聖地の方々」
どこか疲れた様子のジェレミー。
それはこんな時間帯まで背広姿なら疲れているのも当然かもしれないが。
「お前とは戦うなと言われている。交戦の意志はない。……今の所はな」
含みを持たせる聖堂騎士。
何しろ目の前の男は太古の昔から生きている全ての吸血鬼たちの頂点にいた君主なのだ。
熟練の聖堂騎士がジェレミーに向けている視線は鋭い。
「お話をお伺いしたい所なのですが……後日でよろしいでしょうか? ちょっと、今日はまだこれから社に戻ってやらなければいけない仕事が残っていまして……」
「え、まだこれからお仕事なんですか?」
腕時計を確認しているジェレミーに驚いたのはユカリだ。
時刻は既に日付が変わっているのに。
「はい。午前中の内に入稿しなくてはいけないので」
ジェレミーはユカリと聖堂騎士たちに名刺を手渡してくる。
見れば『朧月出版社 週刊朧月編集部 ライター ジェレミー・ディー』とある。
偽名を使っているわけでもない。彼は本名で社会活動をしているようだ。
(……ンン? 週刊朧月って……)
ユカリが引っ掛かりを覚えたのは誌名である。
週刊朧月といえば有名人のゴシップやスキャンダルを中心に扱う正直言ってお世辞にも品がいいとは言えない雑誌だ。
「ゴシップ誌か」
その辺、同じことを思ったのかズバッと口に出すメイスン。
ユカリは気を使って言わないようにしていたのに。
隣のクリスティンはよくわかっていないご様子。相棒の発言にピンときていないようだ。
「文芸の方で仕事がしたくて入社したんですがね。異動でそうなってしまいまして……」
淡々と告げるジェレミー。
何とも言えずユカリは複雑な心境である。
あのスタイリッシュなデュークの昔からの友人が……大昔から生きている凄い力を持っている(はず)の吸血鬼の真祖が、要人の汚職やら芸能人の浮気のネタを追いかける記者をやっているとは。
「ある意味で適職だったかもしれません。自分は存在感が無いので張り込みに向いていまして」
……重ねて哀しい事を言っている。
ともあれ、後日に再び会って話をするという約束を交わしてジェレミー・ディーはそそくさと去って行ってしまった。
まああの様子では逃亡の危険はないだろう。
彼にしてみれば逃げなければならない理由もなさそうだし。
「あんたにも話がある。壬弥社ユカリ」
「ほえ?」
自分を指差して「私?」という顔をするユカリさん。
「そう言えばさっきの助言どうもありがとうね」
メイスンが避けろと叫んだ件だ。あれがなければ爆発を食らっていたかもしれないし、そうなっていたら勝負の結果がどうなっていたかわからなかった。
「それは気にしなくていい。あんたも連中と何やら因縁があるみたいだな。話を聞きたい。ディーと落ち合う時に出て来れるなら一緒に話をさせてくれ」
「はいはい。構いませんよ~」
連絡先を互いに交換してから彼らとも別れる。
去り際にクリスティンに向かって「またね」と手を振ると彼女も笑顔で手を振り返してくれた。
それだけで今夜の苦労は報われたと思った単純なユカリであった。
「どうも、姐さん。お疲れさんっした」
聖堂騎士の二人も立ち去った後でジンパチがビシッと勢いよく頭を下げてくる。
そこそこ負傷していたはずだがもう何ともなさそうだ。
流石しぶとさには定評のある男。
「いや~何なんスかね? あいつらは。妙にツエーし……意味わからん事してくるしで」
「そうねぇ……。何て言ったらいいのかな」
悩むユカリ。
吸血鬼です、とは素直に言い出しにくい空気だ。
元々が吸血鬼とはおとぎ話の中の存在のようなものだし……。
ユカリさんが頭の中お花畑の夢見る乙女だと思われてしまうかもしれない。
それ言ったら超人もそうなのだが連中は超人に比べればもっとずっと希少な存在だ。
希少で……そして恐ろしく忌まわしい存在でもある。
本来であれば彼らは人を害し人を喰らう存在。
あのデュークやジェレミーが異端なのだ。
アイザックたちの方が吸血鬼本来の気性に近い。
「アイツらはねぇ……暗黒ヤクザ? 闇の力を得てヘンにパワーアップしてるヤクザだから見かけたら私に連絡するようにして無暗に突っかかっていかないようにね」
「暗黒ヤクザ!!?? ……最近の夜の町にはそんなモンが出るんですか」
ユカリの説明に目を丸くして驚愕するジンパチ。
「確かにあいつのパンチは暗黒パンチって感じでしたわ。滅茶苦茶イテーし、食らったらなんか寒気はするしで……」
どうやら暗黒ヤクザで納得してくれたらしい。
これからは事情に深入りさせたくない相手にはこの線でいこうと思うユカリさん.
……………。
「たっだいま~っと。たらったらったった~ん♪」
上機嫌で帰ってきて玄関で靴を脱いでいるユカリ。
今日は素敵な一日だった。
素敵な出会いがあった。
また会う約束もした。
言う事無しだ。
「なんでトラブルだって夜中に剣持って出かけてったのにそんな浮かれて帰ってくるのよ」
そんなユカリを見て出迎えに出てきたルクシエルが顔をしかめているのだった。
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……そして後日。
日中のファミリーレストランでユカリたちは落ち合った。
ジェレミーと、そして聖堂騎士の二人と。四人での会談である。
ちょうど昼食時のファミレスは家族連れなどで賑わっている。
あえて人の多いこの場所で会う事にしたのは、これなら少々の内輪の話も周りに気を使わずにできるだろうという判断と、そしてここなら双方何かあっても思い切った行動には移れまいという目算があっての事である。
双方改めて自己紹介を終えた後でまずは聖堂騎士の二人から、彼らが火倶楽に訪れた目的を聞く。
公爵アイザックが目撃されたので彼の捕縛か討滅がメイスンたちの任務であった。
……ちなみに、これ話しているのはほとんどがメイスンである。
クリスティンは先ほどから注文しまくって食いまくっている。
そりゃーデカくなるわ、という体格に見合った豪快な食べっぷりだ。
だけど彼女が大きいのは背丈だけ。
抜群のプロポーションで余分なお肉はいっさい付いていないように見える。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。
単によく食べるというのではない。
租借して飲み込むごとに満面の笑顔。凄い嬉しそう。
「……そして、遭遇して戦闘になったのがあの夜という訳だ。……おい、聞いてるのか?」
「へぁ……!!? ハイハイ聞いてますよ~メチャクチャ聞きまくってます。遠くからわざわざお疲れ様です」
よく食べる美人はイイものだ、とニコニコしながら食べるクリスティンを眺めていたら急に声を掛けられて飛び上がったユカリ。
「よかったらこれも食べる?」
「わぁっ! いいんですか? なんてご親切な方なのでしょう……ありがとうございます~」
ユカリが自分のトンカツを数切れお裾分けすると大喜びでそれも食べているクリスティン。
なんなのコイツらは、という感じでメイスンがそんな二人を冷めた目で見ている。
「私の方はね~、そもそもの始まりがジェレミーさんの御屋敷で……」
ここに至るまでの経緯をユカリが大雑把に説明する。
一通り話し終えるとそれまで黙って聞いていたジェレミーが物憂げに息を吐く。
「そうでしたか。まさかジェイムズがそのような事になっていたなんて」
「お二人は連絡先を交換されていないって事でしたよね?」
ええ、と肯くジェレミー。
だからジェイムズは彼に屋敷の異常や迫っている危急について連絡ができなかったのだ。
「自分は……過去は断ち切って一人の人間としてこの社会に溶け込んでいる身ですから。ジェイムズは自分のそう言った事情を汲み取ってくれたらしくその辺りを突っ込んで聞いてこようとはしませんでした」
過去を振り切ってあくまでも自分は人間の一人だとして生きていきたかったジェレミー。
過去を大切にしておりあくまでも自分は人間社会に紛れ込んで静かに生きる異物であるとの自覚を持っていたデューク……ジェイムズ。
かつて同じ理想の下で戦った親友二人もその点においては考え方を異にしていた。
そしてどちらも相手の考え方を尊重していたのだ。
デュークは親友の考え方を尊重はしつつも過去の全てを忘れ去って置いていっては欲しくないと願って自分たちの故郷にあった建物に似せた館を彼に贈った。
ジェレミーはその配慮を受け入れる形で数年に一度は休暇を取って屋敷に入って、そこで数日間を過ごしていた。
「管理を任せていたのは私の旧い知人です。彼には申し訳ない事をしてしまった……」
ジェレミーが視線を伏せる。
聞けば屋敷の管理を任せていたのはジェレミーが前に勤めていた会社の上司だった人物なのだという。
たまたま屋敷と住まいが近かったのもあって定年後のちょっとした小遣い稼ぎにと管理を任せていたのだそうだ。
その事が悲劇に繋がってしまった。
「平穏に生きていきたいのですが、こうなってしまった以上は私も傍観するわけにはいきません。ユカリさん……ジェイムズを探すのをお手伝いさせてください」
「ええ、お願いします」
元々はデュークの依頼でジェレミーを探していたはずのユカリ。
しかしジェレミーが見つかると今度は彼と協力してデュークを探さなくてはならなくなってしまった。
「ならば我らもその話に乗ろう。お前たちがアイザックら闇の残党勢力に狙われているのなら今後も奴らが妨害に現れる可能性は大きい。奴らは我々の獲物だ。そこを叩くことにする」
「是非お願いするわ! 一緒に頑張りましょうね!!」
目を輝かせてユカリが手を取ったのはクリスティンだ。
「は、はい。よろしくお願いします」
照れたクリスティンが赤くなっている。
(俺もいるんだが……と、口にしたら負けの気がする)
そしてやはりメイスンが何なのコイツらという顔で冷めた目で見ているのだった。




