破壊する暴君
邪悪な男だった。邪悪な生き方をしてきた男だった。
そしてその内面は面相にもよく現れている。
人は見かけによらないとは言うが、見た目の通りの存在だっていくらでもいる。
この男もきっとその一人。
アイザック・ヴァンスホルツ。
遠い昔、闇の眷属たちの国で公爵位を授かっていた上位の吸血鬼。
黒髪を整髪料でリーゼントにしている大柄でがっしりとした体格のスーツ姿の男。
特筆すべきは顔。
角ばった厳つい顔で目付きが鋭く内面の悪心が滲み出ているとしか思えない顔付き。
知らない者が見れば武闘派ヤクザの幹部か組長だと思うだろう。
そして一人二人ではない数の殺人を経験しているはずだと思うだろう。
「騒々しい夜だな……今日は」
性質が邪悪で、生き方が悪辣で、他者との接し方が暴悪な男が忌々し気に吐き捨てる。
そんな男の前にのほほんと立つユカリ。
……いや、のほほんと立っているわけではないのだがなんとなくそう見える。
自然体と言い換えれば聞こえはいいか。
「ヒトのせいみたいに言わないようにね~。最近おいたが過ぎるって聞いてるわよ、あなたたち。お陰様でユカリさんがこんな時間にえっちらおっちらスクランブルする羽目になっちゃった」
「ベラベラとよく舌の回る女だな。適当な事をべしゃくってやがるとそれが遺言になるぜ」
ギラリと澱んだ目を冷たく光らせてアイザックが凄んだ。
それだけで周囲に黒い蜃気楼が立ち昇ったような錯覚に陥る。
凄まじい威圧感と悪意。
「あなたの遺言は別になんでもいいわよ。……面白いこと言ってくれたら記憶には残るかも」
ふふん、と口の端を上げるユカリ。
その軽口に言葉では応じずアイザックは前に出た。
殺意を漲らせた古の悪鬼が来る。
同時に男の影がゆらりと本体とは違う挙動を開始した。
……邪影術だ。
細長く持ち上がった影を掴みながら走りこんできたアイザックはその何かを影の中から引き抜いた。
真っ黒い斧……柄の長い片手斧だ。
(武器を作り出す能力……?)
パワーもスピードも凄そうではあるが相手の動きは本格的に武術を学んだ者のそれではない。
呼吸や足運びでそれが察せられる。
……この一撃は簡単に流せる。
そう思って相手の攻撃に剣を合わせようとユカリが構えて……。
「だめだ!! 回避しろッッ!!!」
そこへ割り込んできたのはメイスンの叫び声であった。
「うわっ!!」
驚いて横に跳んで黒い斧の一撃を回避したユカリ。
攻撃が空振ったアイザックがチッと舌打ちする。
ユカリを捉え損ねた一撃は地面に当たって……。
そして黒く爆ぜてアスファルトを抉り散らした。
「うへっ……!! 何それ、爆発するの?」
「運のいい女だぜ。あの死にぞこないに感謝するんだな!」
嘲りながら両手を伸ばすアイザック。
そこへ地面から持ち上がりそれぞれ剣と槍の形になって彼はそれを左右の手でそれぞれ掴む。
なるほど……と、その相手の様子から素早く頭を回転させて能力を推測するユカリ。
恐らくあれが武器の形状をしている事には大して意味はない。
いや、意味ならあるか。
相手に武器だと錯覚させて武器のように対処させようとする為だ。
受け流そうとしたり鍔迫り合いを仕掛けようとすると爆発に巻き込まれる。
能力の本質は魔力による爆撃のようなものだ。
爆発する闇の魔力を操る能力。
爆発の範囲は小さいがその分威力は高そうだ。
(今のを受け流していたら腕一本くらい持ってかれてたかも……)
今更ながらに背筋を寒気が這い登っていく気がするユカリ。
邪影術……『破壊する暴君』
アイザックの使うこの闇の魔術はユカリの推測した通りに形状が武器である事に直接的な理由は存在しない。
アイザックはいずれかの武器の扱いに熟達しているというわけではないしせいぜいが掴んで扱いやすいようにという意図と、彼女の読み通りにこの能力が武器を作り出す能力なのだと錯覚させるため。
爆発のタイミングは任意。
爆破させてもさせなくても数十秒で武器は消失する。
「オラオラオラオラ!! どうしたァ!!?? 腰が引けちまってるぜッッ!!!」
自分の術の輪郭をある程度想像できてしまった事で委縮したように見えるユカリ。
勝機と見たかアイザックは猛攻を開始した。
触れていなくても間近に寄せてしまえば武器が爆発する。
必然的にユカリは大きく距離を取って爆発をやり過ごさざるを得ない。
そうはさせまいとアイザックは距離を詰めてくる。
回避。……爆発。
また回避。再び爆発。
(つ~~~ッ! なんか、異様に効くわね。単なる衝撃波のダメージっていうんじゃなくて……何か爆発と一緒に飛び散ってるよくないエネルギーが体にじわじわ染み込んできてる感じ!!)
直撃は避けられてはいるものの少しずつユカリの体力魔力は削られていっている。
彼女の読みの通りにアイザックの暗黒エネルギーの爆発はただ爆破によって相手を傷付けるだけではない。
爆破と同時に飛散する殺傷を目的とした負の魔力が少しずつ暴露した対象に侵食して蝕んでいく。
「手も足も出ねえだろうが。馬鹿な女だ。少々腕は立つようだが喧嘩を売る相手を間違えたな」
新たな武器を影の中から取り出し身構える吸血鬼。
今度は剣と……棘付鉄球棍か。
「てめえらなんざ俺たちから見りゃ食いモンかオモチャでしかねえんだよ!!! 身の程を知りやがれッッッ!!!」
「……………」
ユカリが……動いた。
回避のために距離をとるのではなく向かってくる闇の眷属に向かって歩を進める。
遠くで爆発させるための方法は何も自分が距離をとるばかりではない。
銀色の光が二度奔る。
ユカリが剣を振るい一瞬でアイザックの両腕を斬り飛ばす。
「があぁぁッッ!!!??」
痛みと驚愕で叫んだかつて高爵位にいた闇の眷属。
「硬いな~……」
一方で神業を見せたユカリの方も渋い顔で右手の手首をぷらぷらと振っている。
「ナメるんじゃねぇぇッッッ!!!」
「うわっと……!」
両方前腕部で切断され地面に投げ出されていたアイザックの両腕がふわりと浮かび上がってユカリに掴み掛ってきた。
だが速度と精度共に精彩を欠くその攻撃はユカリにあっさり回避されてしまう。
「しぶといわね!」
飛んでくる腕を躱しつつ踏み込んだユカリは再びアイザックに斬撃を浴びせる。
始めは首。だが切断するつもりで力を込めたその斬撃は男の太い首の中ほどまでで止まってしまう。
続けて袈裟斬り。これも浅い……辛うじて骨までは届いたか。
最後にダメ押しの刺突。これもやっぱり胸部中央に刃の先端部分が埋まった所で止まってしまう。
「このッッ……ゴミみてぇな、人間の……分際でッッ!!!」
だがアイザックは苦し気に喘いでいる。
想定した損傷は与えられていないが彼もノーダメージではないようだ。
ユカリが相手の胸に突き刺さっている自分の長剣を引き抜く為に胸板に靴底を当て蹴り飛ばす。
剣は引き抜かれ踏ん張ることのできなかったアイザックは後方に地面に転がった。
仰向けに倒れたアイザックが憎悪に瞳をぎらつかせて起き上がってこようとしたその時……。
「……!!!」
誰かが、そこに立っていて……倒れて仰向けの自分を見下ろしていた。
灰色の髪を大雑把にオールバックにまとめた痩せた長身の男だ。
ダークブルーのスーツ姿でジャンパーを羽織っている。
年齢は三十台半ばくらい。顔立ちは整っているといえるが、なんだか酷く疲れているようで目の下に隈がある。
「懐かしい気配を感じると思って見にきてみれば……君だったのか」
疲れた感じの男がため息のようにそう言った。
その表情と言葉からはどのような感情による発言なのか読み取りづらい。
「……ディ……」
何かを言い掛け、そして言葉に詰まったアイザック。
彼は先ほどまでの凶悪な面相とは打って変わって恐怖と驚きがない交ぜになったような表情を浮かべている。
そしてアイザックは必死に立ち上がると危うい足取りで逃げて行ってしまう。
両腕のない吸血鬼がよろよろと闇の中へと消えていく。
ユカリは一瞬追おうかと考えたがやめておいた。
……下手に追い詰めるとあそこからでも逆襲してきそうだ。
多分まだあの男は自分の全力を出し切っていない。
「逃げることはないのに。……とはいっても、お互いお久しぶりですという間柄でもないか」
ぽつりと呟いてからため息をついて手櫛で髪を後方へ掻き流す灰髪の男。
「あなたは……?」
そこへユカリが近付いてくる。
男は緩慢な動作でユカリを見た。
「邪魔をしてしまいましたか、失礼。……自分は、今の男の……知人ですね、昔の」
なんと説明をしたものか言葉を選びながらゆっくりと彼はそう言った。
知人……。
アイザックは彼を見て驚いて逃げ去ったように見えるが。
「もしかして……白い王様?」
訝しむようにユカリが尋ねると男の片方の眉毛がほんのわずかに浮いた。
非常に希薄ではあるものの彼なりの驚きの表現のようだ。
「おどろきましたね。初対面の人にそう呼ばれる日がこようとは……」
ふーっ、と感慨深げに長い息を吐いて俯く灰髪の男。
「確かに、ずっと昔のある一時そのように呼ばれていた事もあります。……まあ、大昔の話ですよ。今の自分は単なるしがないサラリーマンでしかないので……」
「あの! 私……デューク……じゃないか、ジェイムズさんのお友達なんです」
見つけた……『彼』だ。
この男がデュークの友人であり、あの屋敷の現在の所有者であるはずの男なのだ。
「そうでしたか……。彼は……信頼のできる男ですよ。それに有能でもあります。私も一緒にいた頃はよくあれこれと助けてもらっていました。そういえばしばらく連絡を取っていませんでした……」
うんうん、と灰色の髪の男が肯いている。
この様子ではやはり現在デュークの身に降りかかっている災難や諸々のことは何も知らないようだ。
どこから説明したものか……そうユカリが頭を悩ませていると。
ガシャン、と鎧の鳴る音がして灰髪の男とユカリがそちらを見る。
聖堂騎士の二人だ。
まだどちらも武装を解除していない。
そういえばこの二人は誰だ? とユカリが内心で訝しむも……。
(あ、でもおっきい方の女の子可愛い! めっちゃタイプ!!)
すぐさまその疑念は邪心で霞んでいくのであった。




