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闇の魔術

 脱ぎ捨てられた明るいグレーの上着が路面に落ちる。

 聖堂騎士団(テンプルナイト)の二人と交戦中の仲間たちに加勢するために前に出た吸血鬼(ヴァンパイア)5001。

 頬に傷のある銀色のオールバックの男。

 彼の移動よりも早く足元の彼の影が速度を上げて伸びていきクリスティンのすぐ足元まで来た。


「……『邪影術(テラー)』だッッ!! クリスティンッッ!!!」


「え? うひゃッッ!!!??」


 叫んで注意を促したメイスン。

 その瞬間、クリスティンの足元の影が巨大なワニのような大きな顎になって地面から持ち上がり彼女に喰らい付こうと襲い掛かってきた。

 間一髪下からの喰い付きを回避したものの彼女は背後にひっくり返ってしまう。


邪影術(テラー)』とは、一部の上位の吸血鬼(ヴァンパイア)が使う闇の魔術のことだ。

 吸血鬼(ヴァンパイア)たちは強さにより、かつての彼らの階級制度に準じた爵位の呼び名のランク付けがされている。

 不死性や肉体変容は全ての吸血鬼(ヴァンパイア)が共通して持つ能力。

「伯爵級」以上の吸血鬼(ヴァンパイア)だけが『邪影術(テラー)』を行使する事ができる。


邪影術(テラー)』は個々に異なる効果を効果を発揮し独自性が強い。

 5001の『邪影術(テラー)』は喰らい付く影……『骨すら残さぬ(ハングリーシング)』だ。


 仰向けに倒れたクリスティン。それをチャンスと見た5001は再び彼女の真下から影の顎を繰り出す。


「どっこいしょ!!」


 腰の発条(バネ)を使って飛び起きたクリスティン。

 一瞬遅れて彼女の背後でガチンと漆黒の大顎が閉じた。

 またしても間一髪。


「あがくんじゃねえよ。苦しむ時間が伸びるだけだぜ」


「え? 苦しむんですか? 今はそんなでもないですけど……」


 真顔になってあっけらかんと言うクリスティンに5001は不快げに舌打ちをする。

 挑発ではなく彼女は本気で言っているのだと吸血鬼は察したのだ。


「そうかい。それなら意地でもてめえの泣きっ面を引きずり出してやるよ」


「泣いてはあげられませんが……」


 ぶん! と頭上でクリスティンが巨大なランスを旋回させる。


「あなたが滅したらお祈りの言葉は捧げさせていただきます!」


「それなら俺はてめえの死体に唾吐きかけてやるよ!!!」


 足元の影と共に5001が襲い掛かってくる。


「待ちなぁッ! テメーら!!」


 そこに勇ましく叫んで乱入した金色箒頭の男。

 ジンパチだ。

 彼は戦況をひそかに見守りユカリに連絡を入れた後は傍観に徹するつもりだったが、多勢に無勢で我慢できずに出てきてしまった。


「一人に複数でかかりやがって!! 悪党だろうがスジってモンがあんだろうがよ!! 義によってこの(オトコ)カツラギが……って、聞けや!! オイッッ!!!」


 叫びが虚しく木霊する。

 彼の予定では全員の注意が一旦こちらに向くはずだったのだが、現実には交戦中の6人全員が手を止めることもなく乱戦は続行中。

 勇ましく叫んだポーズのままの彼の背を冷たい夜風が吹き抜けていく。


「なんだありゃ?」


 しかし、注意がまったくジンパチに向いていないというわけでもなかった。

 戦いながら一瞬チラリと箒ヘッドに視線を向けたのは6070だ。


「何日か前に俺が食らわせたヤツだ。……何でもう元気に動き回ってやがるんだ? 骨とか結構滅茶苦茶にしてやったはずなんだがよ」


 5522が応える。

 確かにジンパチの回復速度は超人(オーバード)基準としてもおかしい。


「例のナントカってレアモンじゃねえのか? 色々と普通のに比べて厄介な奴ららしいしよ」


「面倒くせえ。イタチごっこに付き合いたくもねえし……殺しておくか」


 戦いの輪を外れ、5522がジンパチに狙いを変えようと動き出し……。


「とりゃーっっ!!!!!」


 そこを狙いすましたかのようにクリスティンのランスが脇腹付近を刺し貫く。


「ごへぁ……ッッ!!!??」


 血の塊を吐き散らした5522。


「余所見は禁物ですよ!!!」


「このッッ……クソ(アマ)ぁぁッッッ!!!!」


 轟く憎悪の咆哮。

 肉体的な損傷では大きなダメージを受けないのが吸血鬼(ヴァンパイア)たちの特徴だが、聖堂騎士(テンプルナイト)であるクリスティンの攻撃は聖なる魔力を帯びている。

 それがじわじわとまるで毒のように闇の眷属を蝕んでいる。


「おい大丈夫か」


「ああ。どうってこたぁねえよ、こんなモン」


 声をかけた6070は仲間の負傷を心配しているというよりは面白がっているようだ。

 それがわかっているのが強がりを織り交ぜてぶっきら棒に5522が返事をする。


「大体がよ……やり辛えんだよあの女。ふざけた掛け声出しやがって」


「ああ、気が抜けるよな」


 流石にこれは本気で同意しているらしい6070。


「どうしてそんな酷いこと言うんですか。私は真剣なんですけど」


 そして言われたクリスティンがムッとしている。


「グエェェッッッッ!!!!!!」


 三人が視線を交わらせて火花を散らしあっていると不意に聞こえてきた断末魔の絶叫。

 見ればメイスンが首のない7199の胸板を槍で刺し貫いている。


 首を落とされようが活動を続けていた吸血鬼はとうとう倒れて動かなくなった。

 ボディが仕留められると転がっていた頭部も目に光がなくなり活動を停止する。


「よし一匹目。……次だ」


 槍を引き抜いたメイスンは次の獲物を5001に定めたようだ。

 銀色のオールバックの男に歴戦の聖堂騎士が鋭い視線を向ける。


「今てめえが殺ったやつと俺が同じと思わねえ方がいいぜ」


 槍の穂先を向けてくる男に向けて5001が冷たい笑みを浮かべた。


「あーぁ、あのバカ。殺られやがったぜ」


「いいだろ別にあんな雑魚。いたっていなくたって変わりゃしねえよ」


 数百年もの間、行動を共にしてきた仲間の死にも何ら感慨もなく平然と嘲りの言葉を吐く6070と5522。

 その二人の様子にクリスティンが何か言いたげに眉を顰める。


「どいつもこいつも……」


「!!」


 その低い、唸り声にも似た声に過敏に反応したのは吸血鬼の三人だ。

 闇の眷属たちは露骨に表情を強張らせてその場を離脱しようとしたが……。


「アホとカスばかりかよ」


 そして……。

 周囲に黒い何かが降り注いだ。


 豪雨……いや火山弾というべきか。

 死を呼ぶ恐るべき無数の飛来物。


 轟音が響き渡り地面が揺れる。

 ジンパチもすぐ近くにその黒い()()が着弾しわけもわからず吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられ転がって……ようやくうつ伏せでなんとか停止する。

 全身に激痛、頭の中で数百の大きな鐘が鳴り響いているかのようだ。


「う、うおっ……何が……。今のは……」


 そして呻きながら顔を上げた彼は自分たちを襲ったものの正体を目撃する。

 すぐ目の前に墨で塗りつぶしたように真っ黒な斧槍(ハルバード)が斜めに突き立っていたのだ。


 黒い武具。無数の武器だ。

 槍が、斧が、剣が、棍が……。

 漆黒の夥しい数の武器が周囲をめちゃくちゃにしてあちこちに突き刺さっている。

 これらが空から降り注いで自分たちを吹き飛ばしたのだ。

 いや、吹き飛んだのはまだ幸福と言わなければなるまいか。

 まともに食らっていれば今頃人の形をしていなくてもおかしくはない。


 立っているものは誰もいない。

 二人の聖堂騎士も、三人の吸血鬼たちも……。

 皆バラバラに吹き飛ばされて地面に横たわっている。


 そうしてジンパチが見ている前で黒い武器は全て霧のように周囲に溶けて消えて行ってしまった。


 コツコツと靴音を鳴らしてポケットに手を突っ込んだまま男が歩いてくる。

 たった今、仲間ごとメイスンとクリスティンを蹴散らした男が……闇の公爵アイザックが。


「俺の邪魔をする奴も俺の役に立たねえ奴も生きる資格はねえんだよ。ゴミども……思い知りやがったか」


「アイザックさん……勘弁してくれよ」


 立ち上がってきたのは5001だ。

 無傷ではない。あちこちに浅くはない傷を負っている。


「5522が死んだぜ」


 5001がうつ伏せに倒れていてもう動かない仲間の一人を見る。

 腹部を負傷していた5522はそのせいで動きが鈍っていて離脱が間に合わなかったようだ。


「だから何だ? 役立たずが一匹消えただけだろうが」


 無感情に言い放つとアイザックは倒れている聖堂騎士の二人を見る。


「つまらねえ事言ってねえでとっととそっちのカスどもの息の根を止めてこい」


「ああ……」


 振り向く銀のオールバックの男。

 消耗が激しいのでしばらくは邪影術は使えそうもないが……。

 今のあの二人ならそれでも楽にとどめを刺すことができるだろう。


「……………」


 二人の吸血鬼のやり取りをメイスンとクリスティンは意識のある状態で聞いていた。


(負傷は……戦えないレベルではないがパフォーマンスは大きく落ちるか)


 地面に横たわり動かずに冷静に自分の身体の現状を分析しているメイスン。


(クリスティンはどうだ? 彼女は俺よりも頑健な肉体を持っている。負傷の度合いが軽微であればいいが)


 案じるメイスンだが倒れている角度的に彼女の方に視線が向いていない。

 足音は……クリスティンに近付いていっている。

 自分よりも先に彼女のとどめを刺す気だ

 奇襲は捨てて立ちあがるかと彼が決意したその時だ。


「ちょっと待った! やめなさいお触り禁止令!!」


 女の声が……聞こえた。

 若い女がそこにいる。仁王立ちで。

 なにやら妙に偉そうな感じで。

 白いワイシャツにネクタイを締めてスラックスを穿いた女だった。

 左手に鞘に収められた長剣を持っている。


 チッと舌打ちをして5001が新手の女のほうを向く。


「なんなんだよ今夜は次から次へとよお……」


 苛立たし気に現れた女に……壬弥社ユカリに向かっていく5001。

 徐々に早足になりながら彼の右手が青白く変色し肥大化していく。


「わざわざ死ににきやがったのかよ!! あぁッ!!!??」


 鋭く突き出された異形の右腕。

 その先端の鋭い爪がユカリを狙っている。


「ところがどっこい」


 吸血鬼の右腕の攻撃をするりと回避したユカリがそのまま彼とすれ違う。


「死なないのよね~。だってユカリさんは……」


「うガッッ……!!!」


 切断された5001の右腕が宙に舞い上がる。

 吸血鬼が驚愕に目を見開いた。


 斬られている。

 すれ違った時か……!!


 振り返って……そして視界が大きく左にずれた。


(腕だけじゃ……ねえ……)


 視界が切り替わる。

 夜空だ。

 そして首がなくなった自分の体を横目に見ながら地面に落ちていく。


「正義の味方!! ……じゃあないわね。近所で評判の美人店長! は、理由になってない。どすけべアホ女!! ……これたまに言われるけど悪口だよね?」


 ぶつぶつと言っているユカリの背後で地面に落ちた5001の首がごろりと転がるのだった。

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