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路地裏の聖戦

 寝ぼけ眼のユカリが食堂に顔を出す。


「おはよー……ねえ、私血まみれなんだけど、昨日なんかしちゃった?」


「うおッ!! 早朝スプラッター発生ッ!!」


 顔面を乾いた赤黒い血で覆っているユカリを見て驚いたエトワールが危うく持っていたマグカップを落っことしかかった。


「知らない。早く顔洗ってきちゃって」


 朝食をテーブルに配膳しつつ、しれっとのたまうエプロン姿のルクシエル。


「うん。っていうかシャワー浴びてくるね。髪の毛の中かさぶたでじゃりじゃりしてるし……」


 おかっしいなー、とぶつぶつ言いながら引っ込んでいくユカリ。

 当然脳天の傷はもう完治している。


「おねーさんも酒癖悪いですからね~。あれやったんパイセンでしょ?」


「うん。酔っぱらって人通りの多い所でおかしなこと叫び始めたから」


 二人は席について先に朝食を食べ始める。

 へべれけになったユカリと止めるのは並大抵のことではない。

 慣れているルクシエルは容赦なく実力行使する。


「まあここのとこ色々あるみたいだし、そろそろ()()なるかなとは思ってた」


 お酒か美少女がユカリのストレス発散法である。

 どちらもルクシエルは止めようとはしない。……いい顔もしないが。

 止めないが度を越せば制裁は加える。


「酔っぱらってる時のおねーさんて念入りに愛してくれるからあたしは好きなんですけど、たまに途中で寝ちゃうから中途半端な気分でもやもやする事になっちゃうからな~」


「う、うん……」


 急に生々しい性の話を始めるエトワールに思わず赤面してしまうルクシエルであった。


 ────────────────────────────


 その日、ユカリのスマホが鳴ったのは彼女がそろそろ店を閉めようかと思っていた頃のことだった。

 着信名は……ジンパチだ。

 彼はユカリが見舞ったあの日のうちに退院している。


『ああ、どーもです姐さん。こんな時間にサーセン』


「うん。どしたの?」


 なんとなく、ジンパチの声の調子から要件は急ぎであり……かつあまりよくない話である事を察するユカリ。声が硬いしいつもより早口だ。


『例のヤツがいるんすわ。俺をボコったヤツです。連絡するか迷ったんすけど……』


「………………」


 ジンパチを見舞った時の話をユカリは思い出す。

 冷たい嫌な雰囲気を纏った男。

 超人(オーバード)ではないがそれと同等か、或いはそれ以上に強い正体不明の存在。


 ……それは闇の眷属ではないか?

 もしそうだとすればそれはデュークや彼の友人の屋敷の事件に繋がる情報。

 捨て置くわけにはいかない。


「行くわ。場所教えて」


『へい。申し訳ねえんすけど、ちょい急ぎでお願いします。もう誰かとモメてんすわ……連中』


 既に誰かと交戦中……?

 一般人なら為すすべなくやられてしまうだろうし、そうでないとしたら……。


 慌てて店内の二人に閉店作業に入るように指示を出すユカリであった。


 ────────────────────────────


 冷たい月の光が照らし出す倉庫街の一角。

 夜間はほとんど人通りのないエリアの大きな道で元闇の公爵であるアイザックと彼が率いる四人の闇の眷属が何者かと対峙している。


 その何者か……二人とも黒いスーツ姿だ。


「わわわわ、どうしましょうメイスンさん。五匹です……五匹もいますよっ」


 慌てている様子の長身の美女……クリスティン。

 慌てているといってもあまりその様子に真剣みは感じられない。

 べつにふざけているというわけではなく、これがおっとりした彼女の素なのだ。


「ああ、少々面倒だな」


 煙草を吹かしながら眉を顰めている黒い長髪の男、メイスン。

 口ではそう言いつつも自分たちの倍以上いる相手と向き合って二人は臆した様子も逃げようとする素振りも見せない。


 そんな二人を前にして五人の男たちはへらへらと嘲笑っている。


「オイオイ……匹だとよ。まるで虫か獣扱いじゃねえかよ」


「礼儀ってモンがなってねぇなぁ。最近の聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中はよ」


 両眼を爛々と輝かせて白い歯を剝き出しにして笑う男たち。

 彼らを見ているとまるで闇の中にそのギョロギョロした目と笑みの形の歯だけが浮かび上がっているかのように錯覚しそうになる。

 それほどに男たちは「闇」であった。

 色合いがという意味ではなく性質が闇なのだ。


「俺たちがこれまでお前らのお仲間を何人喰らってきたと思ってんだ? わざわざそこに仲間入りしようとはご苦労なこったぜ」


「こんな遠くまでいらっしゃってなぁ……カヒヒヒッ」


 嘲り笑う男たちの中から一人がズイッと前に進み出た。

 ……7199だ。


「おぉい、俺から行かせてもらうぜぇぇぇっ。聖堂騎士(コイツら)の血はよゥ、格別なんだよ他の連中と全然違ってなぁ……肉だって美味ぇ。フハッ、もう我慢できそうにねえぜ!!」


「まぁた始まったぜ。悪ぃクセがよ」


 やれやれと嘆息しつつ煙草を吹かせる5001。


「クリスティン、確固撃破だ。順番に潰していくぞ」


「はいっ、了解ですっ!」


 メイスンが足元に煙草を落としてそれを踏み消す。

 そしてそれを合図にしたかのように二人の聖堂騎士の身体が青い輝きに包まれる。


「……『加護の力(ディバインフォース)』だ。奴ら武装を()ぶぜ」


 5001が紫煙を吐きながら言う。


「ちょあーっ!! 『聖遺(サモニング)物召喚(アーティファクト)』ッッ!!!」


 右手を空に高く上げて叫ぶクリスティン。

 別にポーズもいらなければ叫ぶ必要もない。

 隣のメイスンがちょっと居心地悪そうだった。


 光が収まる。

 そこにいるのは全身を白銀の鎧で固めた二人の騎士。

 メイスンは長槍を手にしており、クリスティンは巨大な盾と巨大な円錐型のランスを装備している。


「血をッッッ……寄越しやがれぇぇぇぇッッッ!!!!」


 獣じみた雄叫びを上げながら7199が跳躍して二人に襲い掛かった。

 青みがかった灰色の右手が巨大化して変容しており鋭い爪が長く伸びている。


「よいしょっと!!」


 大気をえぐり取るかのような剛腕のスイングを大盾で受けるクリスティン。

 耳障りな大きな金属音が響いて火花が散る。

 その盾も、それを構える大きな女性も僅かにも揺らぐことはない。


 渾身の一撃を止められて7199は硬直している。

 盾を左に払うようにしてその影からクリスティンがランスを叩き込む。


「えぇーいっっ!!」


「グッ……は……!!!!」


 刺突は7119の腹部を刺し貫いて背中へと抜けた。

 腹に向こう側の景色が見えるほどの穴を開けて吹き飛び、スーツの男が路上に叩き付けられて転がった。


「……チッ、バカがよ」


 顔をしかめた5001が舌打ちをしている。

 そして彼はチラリと背後を窺った。

 そこには無言で戦況を見ている黒いオールバックの男が……アイザックがいる。


「何やってやがんだ!! 恥かかすんじゃねえッ!!」


 叫ぶ5001。

 それに応えて7199が起き上がってくる。


「わかってんよ。ちっと……遊んだだけだ」


 腹のトンネルからボタボタと赤黒い血を地面に垂らしながら再び立ち上がる7199。


「真面目にやるよ」


 その両眼が赤く輝きメキメキと音を立てて口が裂け、牙が伸びてくる。


「いいや。そのままおねんねしてな」


 まるで疾風のようにその騎士は7199の眼前に現れた。

 鋭く槍を旋回させるメイスン。

 ばん、と破裂音のような響きと共に異形化しつつある7119の頭部が胴体を離れて赤い飛沫と共に宙を舞う。


「ぐぇェッッ!!!」


 空中の7119の首が苦し気に叫び声を発した。


「ダメだこりゃ、行った方がよさそうだな……」


 溜息交じりにそう言って上着を脱ぎ棄て、ネクタイを緩めながら5522が前に出る。


「ピシッとしやがれよ」


 その後ろ姿にアイザックが声を掛けた。

 足を止めた5522が後ろを振り返る。

 ギラリと光るアイザックの鋭い視線。


「下手ぁ打つなら俺が殺すぞ」


「……ああ、わかってる」


 多少表情を強張らせて5522が肯いた。


「とっとと終わらせろ。飲みに行く時間がなくなっちまう」


「んじゃあ俺も出るわ。見物しててもヒマでしょうがねえよ」


 煙草を咥えてライターで火を付けるアイザックの隣で前に出た男。

 最後の五人目の……金色のオールバックで右の眼に斜めの古傷が掛かっている彼のナンバーは6070。


 5522と6070は同時にクリスティンに襲い掛かった。

 異形化し肥大した両腕で、その爪と拳で猛然と攻撃を浴びせかけてくる。


「うわうわうわうわ、ちょちょちょちょ……!!!!??」


 二人の怒涛のラッシュに防戦一方に追い込まれる重装聖堂騎士。

 構えた大盾を攻撃が抜けてくることはないがガード以外に何もさせてもらえない。

 このままではいずれ押し込まれる。


「クリスティン……!」


 メイスンが踵を返して彼女のフォローに向かおうとするが……。


「おっと待ちなって。おめぇは俺と遊んでんだろうがよ」


 地面に転がっている7199の生首がそう言ってニヤリと笑い、首のない彼のボディが動き出す。

 首を落とされているというのにそんな事はまったく問題ではないかのように。


(くそッ! しぶとい。こいつらせいぜい子爵級かと思ってたが……伯爵級だったかもしれん)


 眉間に皺を刻んで目を細めるメイスン。

 名前のない男たちは前座だ。あまり手間を掛けるわけにはいかないのだ。

 自分たちの目的は彼らの後ろに控えているあの男……。

 公爵アイザックなのだから。


「いい加減にしなさーいっっ!!!」


 ガードの姿勢のまま盾を構えて突っ込んだクリスティン。

 6070は身を躱したが5522がまともに食らって吹き飛んだ。


「グへ……ッ!!!」


 血を吐きながら転がってそれから首や肩をほぐすようにゆっくり回しながら立ち上がってくる5522。


 チッと舌打ちしたアイザックが足元に煙草を吐き捨てた。

 そして闇の公爵は上着を脱ぎ捨てようとするが……。


「待てよアイザックさん」


 それを5001が止めた。


「思ってたより歯応えがありそうだ。俺も出る。あんたの出番はねえよ」


「わかってんだろうな、5001。俺たちはこんな所で遊んでる暇はねえんだぞ? ジェイムズも殺って、白王の首も獲って……」


 低い声で言うアイザックに肯く5001。


「ああ、そんで火倶楽(ここ)を第二の闇の眷属たちの王国(ダークキングダム)にする」


 肯き合う二人の闇の眷属たち。

 そして銀色のオールバックに傷顔の男は煙草を吐き捨てて戦場に向かうのだった。


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