西方教会聖堂騎士団
ぽん、という軽いアラーム音に続いて機内に客室乗務員の案内が流れてくる。
『当機は間もなく着陸態勢に入ります。席にお座りになりシートベルトをお締めください』
もうすぐ空港に着陸する旅客機の機内がざわざわし始める。
「……カグラだ。もうすぐ火倶楽ですよ、メイスンさん!」
窓際の席で声を弾ませているのはスーツにスラックス姿のネクタイを締めている若い女性だ。
女性としては……いや、男性と比べても相当な長身である。見た感じ180台半ばはありそうだ。
顔立ちは非常に整っていて瞳が大きく愛敬のある美人。外見から察するに二十台前半くらいか。
銀色の長髪を後頭部で編み込んでアップで纏めている。
「遊びに来たわけではないぞ、クリスティン」
そんな彼女の隣に座った男が低い声で窘める。
メイスンと呼ばれたこの男……彼女と同じスーツ姿で眼光鋭く厳つい面相で細面。
眉が薄く口の周囲を数ミリほどの短い髭で覆っている。
背まである長い黒髪は襟足で大雑把に束ねられていた。
傭兵のように荒事のプロフェッショナルの雰囲気を漂わせている。
「あっ、そ、そうでした……えへへ」
クリスティンと呼ばれた大柄な女性が照れてはにかんでいる。
「西方大陸を離れるのは初めてなもので……。それに任務先がまさかあの火倶楽だなんて。中央大陸でも屈指の最先端近代都市!」
結局はしゃいでしまっているクリスティン。
メイスンはそれを重ねて咎めようとはせず目を閉じて苦笑する。
「楽しみですよね! 何食べようかな……!」
(今くらいは好きにさせといてやるか。着けば……戦いになる)
現代人が既に忘れ去ってしまっている怪異。夜を狩場にする者たち。
そういった闇の眷属たちを狩るのが自分たちの任務だ。
……そして、今回火倶楽で所在が確認されたのは公爵アイザック。
闇の世界に君臨する支配者たちの一人だった超大物だ。
だからこそ自分たちが派遣されてきた。
聖堂騎士リチャード・メイスンと聖堂騎士クリスティン・イクサ・マギウス。
聖堂騎士団でも屈指の実力者である超人の二人。
飛行機は間もなく火倶楽国際空港へ到着しようとしている。
彼らにとっての今回の戦場である大都市へ。
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昼の日中に駅前のベンチでパンを齧っている大柄な男がいる。
前髪を一房紫色に染めた、同じ紫のアイシャドウを塗ったその男はボーっと道行く人々を眺めながらパンを咀嚼している。
「……やれやれだ。闇の世界で鳴らしたアンタが真昼間にこんな所でコンビニの菓子パンで昼飯っすか」
「あァん……?」
声を掛けられてその男……パープルが顔を上げた。
「アンタなの……ジョー」
「どうも、御無沙汰してます。パープルさん」
ジョーと呼ばれた金色に染めた肩まである髪を中分けにしたサングラスの男がぺこっと頭を下げる。
こげ茶のレザーのジャケットにジーンズ、そして厚底ブーツという出で立ちの彼。
名は伊達譲。名前を別の読み方にしたジョーが通称だ。
「アンタもホント変わったヤツよねぇ。超人のクセにアタシみたいのとつるんじゃってさ。この町にはアンタが兄貴分にするのにちょーどいいようなヤツがいくらでもいるわよ。何か知らないけどいつの間にか超人たちがうじゃうじゃ集まっちゃっててさ」
フッと乾いた笑みを浮かべるパープルに軽く肩をすくめてジョーはポケットから煙草のケースを取り出すと一本咥える。
「超人だっつっても俺は人様のお役に立ちたいってワケじゃねえ。かといって血も涙もねえド悪党になりてえとも思っちゃいねえ。裏道歩くにしたってスジは通してピシッと生きていきてえんすわ」
ジョーは奇麗に晴れた空に向かって長く細く紫煙を吐き出した。
「そうなると……やっぱつるむにゃあんたみてえな人がいい。日の当たらねえ場所を歩いちゃいるがスジは通すし情もある。あんたは舎弟を持つのを酷く嫌がるがね。あんたを慕ってるやつは結構いるってのによ」
「当たり前よォ……もうそういうのはまっぴらゴメンよ。もうアタシが旗振ることはないわ、二度とね」
パープルの苦い呟きをジョーがタバコを吹かしながら聞いている。
彼が太古の昔に経験している凄惨な仲間同士の殺し合いの話をジョーは聞かされてはいない。
ずいぶん昔に相当大きな戦いを経験しているとぼんやり匂わされたことがあるだけだ。
「ジョー、アンタ……アタシにもし何かあったら壬弥社ユカリのトコ行きなさい。アタシの紹介だって言えば……イヤな顔されるでしょうけどなんとかやんなさいよね」
「何だよ、随分頼りにならねえ紹介元だな」
ククッと笑ってジョーが煙草を踏み消した。
「ミヤノモリユカリ……ウワサのスーパー姐さんか。あんたがそんな事を言うって事は相当気に入ったらしいな」
「いーえ! とんでもねぇわ! ムカつく小娘よ。えっらい生意気なの……!!」
イーッと歯茎をむき出しにして下あごを突き出しているパープル。
そんな威嚇顔面からフッと苦笑に顔を切り替えた紫の男。
「……けどね、あのくらい跳ねっ返りの方がいいのよ。だってアタシたちキレイな世界で生きてるワケじゃないもの。オリコーさんなだけじゃやってけないわ。アイツがやるっていうなら信用はできる」
「なるほど……お利口さんなだけじゃやってけねえ、か」
兄貴分と慕う男の傍らに立ち、空を見上げて呟くジョーであった。
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……星空を見上げて叫んでいる女がいた。
通行人たちが何事かと振り返る
「美少女を探していまーっす!! 美少女はどこですかーっ!! まだ見ぬ未来の私の恋人はーッッ!!」
「ちょ……やめなさいってば!! ユカリ!!」
ベロンベロンに酔っぱらっているユカリを背後から羽交い絞めにしているルクシエル。
公園の中央広場の噴水の中央に立つオブジェに這い登ってユカリは雄叫びを上げているのだった。
たまには二人で飲みましょうとエトワールをお留守番にして夜の街へと繰り出してみればこの惨劇。
「あっははははは!! 気分いーね!! やっぱお酒ってサイコー!! 世界中の美少女を手に入れたような気ぶ………」
「オラァッッ!!!!」
ガスッ!!!! と凄まじい音を立ててユカリの脳天にルクシエルのヒジがサクレツした。
「ペロポンネソスッッ!!」
意味不明の絶叫を挙げて脳天から血を吹き出すユカリ。
白目を剥いた彼女をルクシエルがオブジェから引きずり下ろす。
慌ただしく駆け付けてくる二人の警官。
その姿を見たルクシエルがチッと忌々し気に舌打ちをする。
「こちらで酔漢が暴れていると通報が入りまして……」
「それはもう終わった。あなた達も帰って。お疲れ様」
頭部からの出血で顔面を真っ赤に染め上げて白目を剥いているユカリを担いでいるルクシエルが半眼で言う。
もう丸っきり惨殺死体を今から隠匿しに行く犯人みたいな画になってしまっている。
「いえ、そう申されましても……」
「おい」
なおも食い下がろうとする警官の肩を後から叩く同僚。
「……ユカリさんだ」
そして彼が耳打ちすると引き留めようとしていた警官もああ、と肯いた。
「失礼しました。では本官たちはこれで」
「お疲れ様」
敬礼して帰っていく警官たちに軽く頭を下げるルクシエル。
ユカリが酔っ払ってヘンな事をしていたらスルーしろというのが所轄の警察署の暗黙の了解であった。
どうせ捕まえてもガイアード社と統治局の両方から釈放要請が来るだけだ。
そんなお約束が出来上がるほどユカリはちょくちょく酔ってヘンな事をしているという意味でもある。
「……ったくもう。恥ずかしい」
ぽつりと愚痴を残してビクンビクン時折痙攣しているユカリを抱えてルクシエルは家路に付く。
後には点々とユカリの垂れた血が続く。
(まあでも久しぶりにユカリがガス抜きできたんならいいか)
ここの所ユカリがずっと難しい顔をしている事をルクシエルは気にしていた。
自分は外で飲むのはあまり好きではないがユカリの気晴らしになればと付き合ったのだ。
ガス抜きどころかガス以外のものも脳天から抜け続けているがそれはさておくとして……。
……………。
そして、血の跡を残して去っていく二人の女性を咥え煙草で密かに見守る男がいた。
裏社会を渡り歩くアウトローの超人、ジョーだ。
「ウワサ通りのワイルドでビッグな姐さんじゃねえか。……なるほどな。パープルさんが気に入るわけだぜ」
立ち去るユカリたちを見送ってニヒルに笑うジョーであった。
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ドドーン! と効果音が聞こえてきそうな湯気の立つ丼。
乳白色の麺に白濁したスープ。
縁には角ばった渦巻き模様のようなあのおなじみのマーク。
「ラーメンですよ! メイスンさん」
「……見ればわかる」
日中のラーメン屋の店内で目を輝かせているクリスティンといつもの仏頂面のメイスン。
今日は彼女のたっての希望で食事はラーメンだ。
「初めて来るラーメン屋さんではまず醤油ラーメンを頼んでみるのが通なんです。醤油ラーメンはそのお店の実力が一番よくわかるんですから!」
「それとんこつだろ」
自慢げに解説を始めたクリスティンにメイスンは半眼だ。
「ええ、私はとんこつラーメンが一番好きなので。別に通ってわけでもないですしね」
じゃあ今の話なんだったんだよ、と思いつつもメイスンは黙っておくことにした。
いただきます、と二人で割り箸を割ってラーメンを食べ始める。
この料理が当方から世界に広まってすでに数世紀。割り箸の使い方も今やすっかりスタンダードである。
本来すする、という食べ方の存在しない文化圏の二人だがラーメンの食べ方も堂に入ったものだ。
「美味しい~。お代わり頼んでもいいですかね?」
「好きにすればいい」
そっけなくメイスンが応えると早速クリスティンは手を挙げて元気に店員を呼ぶ。
「替え玉お願いします! とりあえず10玉くらい用意してもらって食べ終わるたびに次々足して貰えれば!!」
それわんこそばだよ、と思ったがメイスンは黙っておくことにした。
……面倒だし、知り合いと思われるのが恥ずかしかったからである。




