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人喰い鮫

「……フフッ、や、やるじゃない。どうやら、アタシの目に狂いはなかったようね……」


 ようやく起き上がってきたパープルの呼吸はまだ乱れている。


「目になくたって他の場所にあるでしょ」


 そんな彼を見るユカリの目は冷たい。


「ともかく、約束は約束よ。これからはアタシはアナタの協力者として動くことにするわね」


 やれやれと嘆息しつつパープルは軽く頭を横に振る。


「誰もそんなこと要求してないんですけど。私があなたに要求したいことは帰ってくれって、それだけ」


「ちょっとォ!!?」


 ユカリの冷たい拒絶に紫の男は思わず裏返った悲鳴を上げる。


「冷たいじゃないのよォ! それが拳を交えてわかりあった親友(ツレ)に対する言葉なのォ!?」


「交えてないのよ拳!! 一方的に私の拳が出ただけであんた転がってたでしょ!! そんな事してなんでツレになるのかも意味わかんないし」


 路地裏でやいのやいのと言い合う二人。

 そこでユカリがふと気が付く。


「それじゃあこの状況を踏まえて改めて聞くけど、爆発……あなたじゃないのね?」


「アタシじゃないわよ」


 ふん、と不貞腐れるように鼻を鳴らしてそっぽを向きながらパープルが言う。


「大体ねぇ、ブッ飛ばすんだったらとっくの昔にやってるわよ。アタシがジェイムズの所在を知ったのなんて別に最近の話ってワケでもないんだから」


 パープルは胸のポケットから名刺を取り出すとそれをユカリに手渡す。


 そこには『紳士淑女の社交場 大人の楽園(パラダイス)「ニューワールド」支配人 パープル』と記されている。

 住所は錠前町の繁華街だ。


「あなた……お店やってるの? これオカマバー?」


「そうよォ。アタシが火倶楽に流れてきたのなんてもう二十年以上も前の話。今じゃ人間社会にだってちゃぁんと溶け込んでやってんだから。戸籍だってあるし商工会にだって所属してるわよ」


 フフンと自慢げなパープル。


 確かに戸籍は伝手があれば訳ありだろうと入手することができる。

 ユカリがキョウコの父を頼ってその辺りを手に入れたようにだ。


「偶然から隣の町にジェイムズがいるのを知ったのもずっと前。アタシからは接触しなかったけどね。アタシはもう過去の話だと思ってるけど、アタシたちは過去に殺し合った間柄なんだから」


「それをどうしてあの日は彼に会いにいったわけ?」


 怪訝そうにユカリが問うとパープルは少しの間沈黙して右手で髪をかき上げている。


「アタシの昔の仲間がね……いえ、仲間って言えるのかしらね。公爵の残りの二人が相次いで火倶楽に入ったって話を聞いたからよ。仲良く一緒に行動するような奴らじゃないわ。だけど偶然じゃない。多分……裏社会にジェイムズが煌神町にいるって情報が流れたのね。それを聞いて奴らはやってきた。警告くらいはしてやろうかと思って彼に会うことにしたわ」


 そこでパープルはハッと笑って空を見上げた。


「でもね、やっぱり冷たくあしらわれちゃってね。そんな話はできなかったの。出直そうと思って帰ってる途中で爆発の音を聞いたわ。それがジェイムズの店がある方だっていうのもわかってた。様子を見に行こうかと思ったけどやめておいたわ。行けばアタシがやったと思われかねないもの」


「……………」


 ユカリは考えている。

 この男の言うことを信じるとすればあの事件はその残り二人の元公爵の内のどちらかの犯行なのだろうか。そして、『彼』の屋敷を襲撃して管理人を殺害したのも。


「その二人の公爵って、昔のことで今でもデュークの事を殺したいくらい恨んでるわけ?」


「そうね……。恨んではいると思うわ。ジェイムズを狙っているのはそれだけじゃないと思うけどね……」


 思わせぶりなことを言うパープルだったが、彼はそのことについてはそれ以上は語ろうとはしなかった。


「で、結局あなたはどうしたいのよ?」


「アタシはジェイムズの味方をする気はないわ。今更敵対する気もないけどね。二人の公爵仲間についても今更関わり合いになりたくないだけってのが本音。ただね……アタシ、アナタには興味があるの」


 紫の男がニヤリと口の端を上げる。


「アナタが何かをする気なら力になるのもやぶさかではないわよ」


「いやー……ちょっと、遠慮したいかなぁ」


 あからさまに腰が引けているユカリさん。

 この男の話が全部真実という保証はないし、とにかく怪しい。胡散臭い。


「だから何でアンタはアタシにそんな冷たくするのよ!」


「暖かく迎え入れなきゃいけない理由ゼロでしょ今のところ!!」


 抗議するパープルに叫ぶユカリ。


「……まったく素直じゃないわね。まあいいわ。今日のところは引き上げるからアタシに用があったらそこに連絡ちょうだい」


 そう言って大袈裟に肩をすくめるとパープルは去っていく。


「……………」


 手元の名刺を微妙な表情で見下ろすユカリ。

 捨てたい。でも何となく持ってなきゃいけない気もする。


 ……まるで呪いのアイテムであった。


 ────────────────────────────


 ……その男は古い闇の眷属の中でもひと際残忍で狡猾である事で恐れられていた。

 獰猛で冷酷な絶対者であった黒の王ですら忌まわしいといってあまり側には寄せなかった男だ。


 他の眷属たちに比べて桁外れの数の人間たちを殺していたその男は『人喰い鮫』と呼ばれていた。


 ……………。


「私の親友はあの夜に命を落とした者たちと、そして彼だけだ」


 数百年ぶりに再会した男にそう告げて黒衣の男は静かに石階段を下りていく。

 今更語るべきことはない。

 両者の道は遥かな昔に分かたれてしまっているのだから。


「なァによスカしちゃって……カッワいくないわねぇ」


 ボヤく男の声がわずかに耳に届いた。

 遠い昔……友人だった事もある男の声が。


 扉を開けて店内へ戻る。

 今日は店は休みだ。内部はわずかな照明のみで薄暗く、しんと静まり返っている。

 思いがけず古い知人の顔を見たからだろうか。

 何となく一杯やりたくなりデュークは棚からグラスを一つ取り出すと自分用のボトルから琥珀色の液体を注いだ。


 グラスを傾け、その内の液体を喉へと落とし込むと熱に似た刺激が通り過ぎていく。


 ……その時、店の扉が開いて誰かが入ってきた。


「申し訳ないが、今日は営業はしていない」


 入ってきたのは見覚えのない男だった。

 会員制の店なので見覚えのない男が入店してくることは通常ありえない。

 ジャンパーを着た中年男。瘦せていて生気が無く、目は虚ろ。

 手にはバッグを下げている。


「……!!」


 デュークが微かな火薬の匂いを感じ取った瞬間、男が持っていたバッグが爆発した。

 周囲を薙ぎ払っていく爆風と炎。

 一瞬にして店の中は滅茶苦茶になってしまった。


「なんという事だ。大切な店を……」


 言葉ほどには表情は動いていないデューク。

 淡い青い輝きに包まれている彼はほぼ無傷。

 衣服に乱れすらない。


 爆弾を持ってきた男は……いない。

 粉々になって灰になったか。

 呪われた死者の特徴だ。


 炎に包まれている店内。

 まずはこの火を消してしまわなくては……。

 そう思ってデュークが魔術を行使しようと意識を集中したその時。


「ぐッ……!!!!」


 腹部に激しい熱を感じて下を見る。

 返り血でべっとりと染まった太い腕が自分の腹から生えている。


「久しぶりだな、ジェイムズ」


「ザイン……ッ!!」


 背後の男……自分の腹を後ろから刺し貫いている男に向かってデュークは叫んだ。

 かつては自分と同じく闇の眷属たちの王国で公爵位にいた男。

 人喰い鮫と呼ばれて恐れられた男、ザイン。


「あの日の意趣返しだとか思うなよ」


 銀色の髪の大男。四人の公爵は全員が190以上の巨躯であった。

 平坦な四角い顔に細く鋭い目。牙の並んだへの字の大きな口。

 人喰い鮫の異名を持つ男の顔面にはデュークの知らない無数の古い傷跡があった。


「俺は心の広い男だ。あの日お前たちが俺たちを踏み躙っていった件に付いてはもう綺麗さっぱり忘れてやったよ。お互い前向いて生きていかなきゃな」


 腹部から夥しい血を流しながら自分に鋭い視線を向けているデュークに対してザインは冷たく笑った。

 そして人喰い鮫は大きな手をデュークに向ける。

 その手がめきめきと音を立てて肥大し爪が伸びて異形化する。


「白き君主(ロード)の公爵だったお前を殺れば俺の名にも大層箔が付くってもんだぜ。俺はな……今、軍勢を育ててる所だ。名前を聞いただけで誰もが震え上がるような……そんな飛びっきりの闇の眷属たちの軍勢(レギオンダークネス)をな」


 炎の中で対峙する二人の元侯爵。

 ザインは巨大な爪が光る大きな腕を振り上げる。


「踏み台になってくれるよなぁ? ジェイムズ。俺の栄光の為にな」


「……………」


 その眼前でデュークの姿がふいにぼやけてそのまま焼失した。

 一瞬の差で誰もいなくなった空間をザインの爪が薙いでいく。


「まだ逃げる力がありやがったか」


 チッと舌打ちしてからザインは腕を引いた。


「まあいい。(コア)を傷付けてある。奴はもう戦える身体には戻らねえ。……見つけ出して始末してやるぜ。必ずな」


 喉を鳴らして笑うザイン。

 そして彼もまた炎の向こう側へと姿を消すのだった。


 ────────────────────────────


 煌神町繁華街の一角でたこ焼きを焼いて暮らしている男がいる。

 名を葛城ジンパチ。かつてのトレードマークだったスキンヘッドは今はツンツンのパンクヘアだ。


「おう、ハチ」


 ジンパチの店にずんずんと大股で近付いてくるいかついオカマ。

 この一角のボス的存在であるハルエ(源氏名)である。通称はマム。


「うっす、マム。お疲れさんです」


 頭を下げるジンパチ。

 マムはカウンターに折り畳んだ紙幣を一枚投げ入れるとたこ焼きを1パック取って食べ始める。


「どうも最近、夜の街を荒らしてる連中がいるらしくてよ」


「荒らすってなんです?」


 マムの言葉にジンパチが眉を顰める。


「暴れて何件もトラブルを起こしてるらしい。五人組だって話だが、最近錠前からこっちに流れてきたらしくてよ。要注意で回状が回ってやがる」


「ほぉ~、んなもん見つけたら俺がぶっちめてやりますよ」


 ニヤリと不敵に笑うジンパチだが、マムは酷く渋い顔になった。


「バカ野郎! おめえはそんなだからわざわざ注意しにきてやったんだろうが。ケンカ自慢なのは構わねえがよ。いつまでもガキみたいに生きてんじゃねえぞ」


 お小言を残してマムはのしのし歩いて行ってしまった。

 そんないかつい後ろ姿に向かって軽く頭を下げるジンパチであった。


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