白い王と黒い王
クラシックに整った落ち着いた店内に流れる静かなBGM。
お気に入りの喫茶店に一人。
折角のオフだというのにカウンター席に座ったユカリはどこか物憂げである。
普段なら誰かを誘ってくる店なのに今日はそういう気分にもなれない。
公爵に纏わる一連の騒動の為だ。
姿を消したままの彼。
協力する事になっているが結局詳細な説明はまだ受けていないままだ。
公爵が「彼」と呼んでいた友人の名前も容姿もまだ告げられていない。
それでは探しようがない。
そして、その「彼」の屋敷を襲撃して管理人を殺害して呪われた従者に変えた吸血鬼。
そちらはスガタ刑事が警察的アプローチで捜査を続けているらしいので一先ず彼に期待するしかないか。
(あ~モヤモヤする。デュークはどこ行っちゃったのかなぁ……)
頼まれごとが中途半端というのもそうだし、純粋に友人が心配だというのもある。
コーヒーのカップを見下ろしてユカリがはあ、とため息を付いていると……。
「ため息を付いたら幸せが逃げるって言うわよぉ」
耳に入ったのは女言葉の男の声。
断りもなしに隣に座った大柄な男がニヤリと笑った。
(出た。……パープル)
ユカリの視線が自然と鋭くなる。
自らをデュークの旧い知り合いだと称したこの男はデュークの店を爆破した現時点での有力な容疑者だ。
「付けてきたの?」
「イヤぁねえ……アタシはそこまでヒマじゃないわよ。表からアナタの姿が見えたから入っただけ」
低い声で問うユカリにパープルはフフッと軽く笑って肩をすくめる。
しかし、それもどこまで信用できたものか……。
真に受けるにはこの男は胡散臭すぎる。
「……デュークの店を爆破したのはあなた? あの時間帯、あなたあの辺りにいたわよね」
回転するカウンターの椅子を動かして相手を向いてユカリはストレートに疑問をぶつけることにした。
ちょっとだけ彼女は怖い雰囲気で……内心の不信感をあまり隠そうとはしていない。
「……………」
パープルのどこか人を食ったような薄笑みはそのまま。
「……それで? アナタはアタシがやってません、って言ったらそれで納得するのかしら?」
揶揄うように言うパープルにユカリはムッと言葉に詰まった。
それは確かにこの男の言う通りだ。
やってないと言われた所で自分はそれに納得はしないだろう。
「でしょ? つまりこのやり取りはお互いにとって時間のムダって事よね。アタシたちにはお互いにそれだけの理解がまだないんだから」
むむー、とユカリさんは唸ってこのでっかいオカマを睨んだ。
その彼女の様子に紫の男が思わず小さく噴き出す。
「アナタ、やっぱり面白いわね。……そこでアタシから提案があるわ。お互いの理解を深めるためにね。アタシたち手を組みましょうよ」
「……イヤに決まってんでしょ、そんなの」
言葉の通りに心底イヤそうな顔をしてユカリさんは首を横に振る。
「フフ、そういうトコはまだまだお子様なのねぇ。いい? オトナなら個人の感情なんて超えた所で大きな視点で判断しなきゃならない事もあるの」
「大きな視点でも本店でもどうでもいいわよ。イヤなものはイヤ」
再度強めに拒絶するとパープルの動きが一旦停止する。
余裕の態度のまま静止画のように固まった紫の男のこめかみ辺りが……今ちょっと痙攣しなかっただろうか?
「……も、もう一度だけ聞いてあげるわ」
「イ・ヤ・で・す」
間を置いてから若干ビブラートが掛かった声で言うパープルに、べぇとユカリが舌を出した。
ピキーン。
はっきりとこめかみに血管を浮かせてパープルがゆっくりと席を立つ。
メラメラと怒りの炎を背負って。
「アッタマきたわよ……アンタちょっと教育が必要みたいね。表出なさいよ」
「何よ、化けの皮がもう剥がれた?」
言いながらユカリも上着を手に取りながら席を立つ。
……応じる気だ。
二人の間にごうごうと猛吹雪が吹き荒れ、冬の雷が鳴り響いている。
……………。
会計を済ませて二人は喫茶店を出た。
付いてこい、とばかりに勝手に歩き始めるパープルの後についてユカリも歩いていく。
大柄なこの男の歩調に合わせるためにはユカリは少し早足にならなければいけなかった。
「大体があなた何者なのよ? デュークの旧い友達とか言ってたけど」
「公爵……フフッ、デュークねぇ」
背後からのユカリの刺々しい言葉を後頭部に受けて軽く笑うパープル。
「……それなら、アタシだってデュークよ。アタシもジェイムズも、どちらも闇の眷属たちの王国の四人の公爵の一人だったわ」
「……………」
闇の眷属たちの王国……確かにデュークもそのような国にかつていたと言っていた。
今はもうなくなってしまった国。
「少し、昔話をしてあげるわ。遠い遠い昔の話よ」
そう言ってパープルは少し視線を遠くする。
「まだ昼が人間たちの世界で、夜がアタシたちの世界だった頃の話。この大地のあちこちにアタシたちのような眷属たちの国があったわ。……でも、時が過ぎてどんどん人間は増えていって、反対にアタシたちは減っていった。人間はどんどん自分たちのエリアを広げていってアタシたちの国は減っていったわ」
パープルはほろ苦く笑う。
「アタシたちの王国は世界でも一番大きな眷属たちの国だったけど、それでもとうとうその国のすぐ近くにまで人間たちは進出してきてしまった。アタシたちは選ばなきゃいけなくなった。人間たちと戦うのか、それともそうせずに国を終わらせるのかをね。
王国は二人の王によって治められていたわ。白い王と黒い王。白い王は国を終わらせる事を提案し、黒い王は人と戦うべきだと主張した。二人の王の意見は真っ向からぶつかり合って折り合う事ができなくてね。……結局アタシたちは二つに割れて仲間同士で殺し合う事になっちゃったわ。
二人の王の下には四人の公爵がいたの。ジェイムズ……アナタがデュークと呼んでいるあの男は白い王に付いて、アタシを含めた残りの三人は黒い王に付いた」
白い王様……それがデュークの言う「彼」か。
そこで一旦話を切るとパープルは長い息を吐いた。
自嘲の響きの滲んだ息を。
「結論から言っちゃえば白い王の方が正しかったのよ。その後世界は完全に人間たちのものになっちゃったからね。それはアタシたちがあがこうが変わる事はなかった。だけど、当時のアタシたちにはそんな事は関係なかったわ。許せなかった。納得がいかなかった」
パープルが肩越しに背後のユカリを振り返る。
「アナタならどう? 自分の国が……帰る場所がなくなるのよ? そんなの納得できるかしら?」
「……………」
紫の男の言葉にユカリは少しだけ考えて、そして口を開く。
「悪いんだけど、私にはその辺はちょっとわからないかな……。私は故郷を捨てた人間で、故郷に捨てられた人間だから」
「そう……アナタも中々の人生を送ってきているみたいね」
フフッと寂しく笑ってからパープルは再び前を向く。
「アタシたちは仲間同士で血みどろの戦いを繰り広げて……それで、結局勝ったのは白い王だった。黒い王の陣営の方が公爵は三人もいて圧倒的に人数がいたのにね。……だけど、それだけだったのよ。数だけ。多かっただけ。
アタシはアタシの帰る場所を守る為に戦ったけど、単に人間を見下してて人間を殺したいから黒の王に付いた奴が大半だったわ。そういう奴らはいつの間にか姿を消してて……フフッ、結局アタシたちは自壊したようなもんね。
白い王たちは人数は少なかったけど、その分団結してたわ。白い王の『自分たちの時代は終わる。人と争うべきではない』って理想を命を懸けて守ろうと集った者たち……その団結の前にアタシたちは勝手にバラバラになっていったってワケ。アタシだって途中でケツ捲っちゃったわよ。どう考えたって勝てないんだもん。人数でしか勝ってなかったのにいつの間にかその人数でも同じくらいになっちゃってたのよ。こんなんで死ぬなんて馬鹿らしいわってなっちゃってね。
黒の王に付いた三人の公爵は全員同時期に姿を消したわ。お互いよく殺し合いにならないもんだってくらい仲が悪かったのに、そんな時だけ行動が揃ってるんだから笑っちゃうわよね。そうして、一人になって……それでも最後まで戦い続けて黒の王は破れて……そうして、アタシたちの国は終わったの」
パープルが話と、そして足を止める。
いつの間にか二人は人気のない路地裏へ入っていた。
「さて、そんな所かしら……それじゃ一勝負といきましょう。太古の昔から生き続ける闇の眷属の実力、思い知ってもらうわよ、ユカリ」
身体ごとユカリを振り返ったパープル。
ユカリもカバンををその辺に積まれていた木箱の上に置いてから彼と対峙する。
「ありきたりで悪いけど、勝った方の言う事を負けた方は何でも聞くって事にしましょう。アタシが勝ったらアナタはアタシを手伝う事」
「いいわよ、それで」
ユカリが同意するとパープルはニヤリと笑った。
「安心なさい。本気を出す気はないから。アタシはこの場から一歩も動かないし、この両手をポケットから動かすこともしないわ」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだままのパープルが胸を反らす。
それだけで周囲一帯に冷たい圧がのしかかって来た。
「それでアタシの身体に掠る事でもできたらアナタの勝ちよ。フフッ、このくらいはハンデをあげないとね。上下関係はここでハッキリさせておくけど、これでもアタシ、アナタを気に入って……」
……ドボォッッッッ!!!!!!
問答無用のユカリさんの本気パンチが何だか語っているパープルのみぞおちに飲み込まれた。
コークスクリュー気味に捻りを入れたそのパンチがパープルの服に渦模様を作り出す。
「ォげぇーッッッッッ!!!!!!」
ポケットに両手を突っ込んだまま跪いて膝を折り地面に頬を打ち付けるパープル。
「ぐぇッ!! モロに入っ……ごボッッッ!!!!」
そしてそのままの姿勢で悶絶している。
それでもポケットから両手を出さないのは褒める所か呆れるべきか。
「……もう、何なのよコイツ」
そんな苦しむ紫の男を見下ろして疲れた表情で嘆息するユカリであった。




