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パンドラボックスの配信者

 薄暗い路地裏で背後の壁を枕にしてショウセイが倒れている。


「うおぉ……いってて、クソッ。あのヤロー、滅茶苦茶しやがってよ~。痛ぇじゃねえかよ~」


 血の混じった咳をしながらボヤくショウセイ。

 とうてい生きているとは思えない有様だ。

 骨折は数えきれないほど、臓器も傷付いている。

 頭蓋を割られて……脳にも損傷があるようだ。

 普通の人間だったら何回、いや何十回死んでいたかわからない。


「……っかし~な~、俺、こんな弱かったかぁ~? いくらベロンベロンだっつってもよぉ~」


 持ち上げようとした腕が結局血溜まりの中に落ちる。

 べちゃっとやや粘ついた嫌な水音がした。


「あのゼクウ(バケモン)とやり合った時のキズがやっとよくなったっつーのによぉ~……。あ~、ツイてねぇぜ~……」


 赤く滲んだ視界で月を見上げて長い息を吐くショウセイであった。


 ────────────────────────


 公爵(デューク)の店『静かな月夜(サイレントムーン)』で爆発事故が起きてから数日が過ぎた。

 未だにデュークの行方は杳として知れず犯人が捕まったという情報もない。

 報道規制が敷かれているらしくニュースにもならないままだ。


『火倶楽の全ての医療施設を当たったが、爆発事件以降にユカリの言うような男が来たという記録は見つからなかった』


 今日はユカリはシズクと通話している。

 彼女からより詳細な警察の捜査状況を聞いているのだ。


『それと、パープルって男の事だが……コイツでいいのか?』


 一旦通話を切って送られてきた画像を確認するユカリ。

 どうやらどこかの監視カメラの映像らしい。

 やや離れていて画像が若干粗いが……それでも独特の雰囲気とあの店に来た時と同じ服で判別が付く。


 ……間違いない、あのパープルと名乗ったオカマだ。


「この男よ。間違いないわ」


『そうか、これは現場近くの監視カメラの画像だ。爆発があった20分くらい前』


 ……だとすれば、店を爆破したのはやはりパープルなのだろうか?

 シズクに男の特徴を伝えて現場付近で姿が見られていないかどうか調べてもらったのだ。

 しかし断言するにはまだ早い。この男が有力な容疑者の一人であることには変わりはないとしてもわからないことだらけだ。


『あと、ユカリの友達のあのショウセイって男が錠前町の盛り場で酔ってケンカして大怪我して病院に担ぎ込まれたって話も届いてるんだが……』


「あー…………それはまあ、割と……っていうか、かなーりどうでもいいかな」


 はは、と乾いた笑いが出てしまうユカリ。


 三好ショウセイ……元黒騎士(オルドザイン)総長ハイドライド・エルドギーアはユカリにとっては友人でも何でもない。

 以前ちょっかいを掛けられて大事な大事な恋人であるルクシエルを攫われた挙句に面白半分に殺されかかった事があるし。

 その後はお互いに利用したりされたりする微妙な間柄である。


(酔っぱらってケンカして大怪我? 何やってんのアイツ?)


 素手だろうがそんじょそこらの超人(オーバード)なんて足元にも及ばないような強さを持つはずの男だが……。

 そんなまともに戦えなくなるまで泥酔していたのだろうか。それはそれでマヌケだ。


(ま、ある意味でアイツも人生エンジョイしまくってるわね。私みたいなもんか)


 そう結論付けて頭の中からあの口髭のおっさんの事はぱっぱと追い出すユカリさん。


「ごめんねシズク。あなたも忙しいのに」


『このくらいなんでもない。俺にとってはヘンに遠慮されるほうがずっと迷惑だ』


 ぶっきら棒に言うシズクにユカリがくすっと笑う。


「近く、またご飯作りに行くからね」


『……………うん』


 少し間が開いた返事は彼女がどう答えるのか悩んだからだろう。

 結局気の利いた言葉は思い浮かばなかったらしく一番シズクらしい返事が来て、この時の二人の通話は終わった。


 ────────────────────────


 公爵の安否は気になるもののユカリにも毎日の生活と本業がある。

 そちらに掛かり切りというわけにもいかない。

 相変わらず店頭に持ち込んだ御品の査定結果が気に入らないお客様に罵声を浴びせられたりすることもある。


「看板出してやってる割には物を見る目がない人だな。もっと勉強したほうがいいんじゃないのか? ……もういい、他へ持っていく」


 本日もそんなお客様が怒ってお帰りになってしまった後のこと。


「お疲れ様」


 客が出て行って大きく嘆息しているユカリにコーヒーを持ってくるルクシエル。

 こういう時のユカリはただ謝るだけだと知っているルクシエルはやり取りの間は黙って見ているだけだ。


「不思議なんですけど」


 そこにエトワールが二人に声を掛けた。


「あたしはおねーさんとパイセン以外のこの世の人々って空気だとしか思ってねーんで、今みたいなの見てても『あー何か音がする空気だなー』としか思わねーんですけど、お二人はハラ立たないんです?」


「頭には来るわよ。表に出さないようにしてるだけでね」


 コーヒーを飲んで、ほぅと息を吐いたユカリ。

 マグカップを置いた彼女の肩を後ろに立ったルクシエルが揉み始める。


「怒るっていうのもエネルギー使うからね。それだけの意味のある相手にしか消費したくないし……。今のお客さんは私にとってはそこまでの相手ではないかな、っていうだけ」


「でもユカリ、プライベートでは結構しょうもない事に怒ってるよね」


 肩を揉みながら言うルクシエルに「そうなの」とユカリが項垂れた。

 基本的にユカリさんは感情豊かに生きている。


「プライベートだとその辺のブレーキがガバガバになるのよね~」


 ユカリがカウンターの仕事用のノートPCを開く。

 そしてメールフォルダを開いた彼女が何かに気が付いた。


「あ、いっけね。そういえば動画の先生から連絡貰ってたんだった」


「動画の先生?」


 怪訝そうな顔をするルクシエル。


「うん、ほら~前にいたでしょ。私がこの配信始めた時にさ。ミレイ様のお友達で、ごはん食べるといいよってアドバイスしてくれた人」


「ああ」


 言われて思い出した。

 ユカリに激辛ラーメン食べさせてカメラの前で鼻からラーメン吹かせた娘だ、と。


「あの人会社作ったんだって。配信者のマネジメントとか色々サポートするような会社……なのかな? それで私にもお誘いがきちゃって。うちに所属してやりませんか、って」


「ふぅん……やんの?」


 尋ねるルクシエルに苦笑して首を横に振るユカリ。


「いやぁ、無理無理。そこまでちゃんとやってないもん。私他に本業あるし、それ以外でもなんだか頼まれごとされる事多いし、配信(これ)でお金稼ごうとかも考えてないしね」


 といってもユカリは未だに週に1,2回の配信は続けている。

 大半が食事をしているだけではあるが。


「でもあの人のアドバイスのおかげで随分登録者増えたし、あんまり無下にもしたくないなぁ。ミレイさまのお友達だし。パンドラボックス社かぁ」


「へぇ、最近有名な会社(トコ)じゃん」


 ルクシエルが言うとエトワールも肯いて同調する。


「何日か前にニュースで流れてましたね~。トントローが所属することになったって」


「え? トントローって結構すごい人じゃなかった?」


 ユカリが言うと二人が揃って肯いた。


 トントローとは若手の中ではトップの人気を誇る配信者だ。

 登録者数は数百万にもなるという。

 自らが企画した様々な動画でブレイクして特に低年齢層に絶大な人気を誇る。

 CMにもよく出ていて企業とのコラボも活発だ。


「すごい人引き抜いちゃってるのね~。それじゃますますユカリさんなんて混ざれないよ」


 たはは、と苦笑するユカリであった。


 ────────────────────────


 がやがやと複数のスタッフが忙しそうに右に左にと動き回っているスタジオ。


 カメラの前に立つのは濃い目のピンク色に染めた頭を七三分けにしてやたらとフレームが太い眼鏡を掛けた若い男である。


「それじゃあ、チャンネル登録と『エエネン』をお願いしま~っす!」


 男は元気よく手を振りながらそう言って撮影を終了した。

 彼の名はトントロー。

 今を時めくトップ配信者だ。


「お疲れーっす!」


 撮影が終わるとマネージャーがパイプ椅子を持ってくる。

 どこにトントローがドカッと腰を下ろすとマネージャーが甲斐甲斐しくタオルで汗を拭う。


「おい今のすぐチェックするぞ。納得するまで何回でも撮るからな」


 撮影中とは打って変わって低い声で言うトントロー。

 先ほどまでキラキラと輝いていた大きな目は、今はなんだか据わった感じで細められていて迫力がある。


「えぇっ? 今ので十分でしたよぉ。そこまでしなくてもいいんじゃないっすかねぇ」


 頬を引き攣らせたマネージャー。

 するとトントローはそんな彼にギラリと剣呑に光る視線を向けて……。


「……んバカぁん!!!!!」


「ピリッポス!!!!!!」


 思い切りマネージャーを殴打する。

 殴られたマネージャーは変な叫び声を発して吹っ飛んだ。


「いいかお前!! ちびっ子はなぁ、こっちが思ってるよりずっと賢くて察しがいいんだよ!! このくらいでいいか、なんてテキトーな事やってたら見抜かれちまうんだよ!! 命かけろよ!! いいか!!」


「……わ、わかりまひた……」


 吹っ飛んで尻餅を突いている所にズイッとトントローに詰め寄られ襟首を掴まれて涙目で肯くピリッポス。


 そんな彼らの様子を少し離れた場所から見ている者たちがいる。


「熱血してんね~。うちあーゆーノリにはちょい付いてけんわ~」


 気だるげにそう言ったのは青い柄物シャツにネクタイを締めた天河マキナだ。

 彼女はスマホをいじりながらたまにトントローたちにチラリと視線を送っている。

 あまり興味はない様子だ。


「……ま、まあ、でも、かか、彼が所属してくれた、お陰……で、うちの知名度もめちゃくちゃアップしましたんで……。とと、トントロ様々です、ね、ハイ……フヒヒ……」


 そう言って陰気に籠った笑い声を発するのはストレートの黒髪にヘアバンドをしたメガネの娘……パンドラボックス社長の儀仗トモエである。


「いいねぇいいね~このチョーシでギョーカイ制覇しちゃおうぜ~……って、それはいーとして、うちお腹空いちったよ。トモちん何か食べいこ」


「じゃじゃ、じゃあ……社長室、で、ピザでも頼みましょう、か……ね」


 マキナに背中を叩かれるトモエ。

 そうして二人の女性はスタジオに背を向けてエレベーターに向かうのだった。



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