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名前のない男たち

 昨夜、店に現れたパープルと名乗ったオカマの大男の話を侯爵(デューク)の耳に入れておく事にする。

 そう思って朝方デュークの番号をコールしたユカリであったが、彼は通話に出ることはなかった。


「……あれぇ?」


 怪訝そうなユカリ。

 あまり頻繁に連絡を取り合うような仲ではないが自分からの通話に彼が出なかったことは初めてである。

 忙しいのかな、と思って首をかしげていると逆に着信のメロディが鳴った。

 相手は……。


「おはよう、グッチー。どしたの?」


『おう、朝っぱらから悪ぃな』


 煌神町繁華街一帯を根城とするエリア最大のヤクザ組織『黒麒会(こくきかい)』の元若頭、現会長の樋口(ヒグチ)ナオヤである。

 この男から連絡をもらうのも随分久しぶりだ。


『ニュース見たか?』


「え? 朝のニュースは見たけど……」


 朝食の席ではテレビでニュースを付けておくのがこの家の慣習である。

 そんなわけで今朝のニュースもユカリは一通り見てはいるが、そこに何かこの男と共通の話題にするような事件の報道は無かったはずだ。


『ああ、そうか。まだ流さねえつもりなんだな……。ちょっと出てきてくれるか。結構シャレにならん事になっちまっててよ』


「……………」


 普段の彼とはやや異なる若干の焦りを感じさせる口調に不安を感じつつ、了承するユカリであった。


 ────────────────────────


 煌神町繁華街の一角に何台もの警察車両が停まっていて周辺には規制線が張られている。

 その外側では締め出しを食らったらしい報道関係者たちがスマホで誰かと連絡を取っていたり、缶コーヒーで一息付いたりしているようだ。


「俺はあんま捜査員の前にツラ出したくねえんだがよ。顔パスいけっか?」


「いやー……どうだろ。ちょっと自信ないんだけど」


 規制線前で合流したナオヤに聞かれてちょっと困った顔になるユカリ。

 するとナオヤはスタスタと歩いて行って捜査員のうちの一人の肩を叩いた。


壬弥社(ミヤノモリ)ユカリ、中入れていいか上の奴に聞いてくれ」


 ナオヤに要請されて捜査員は素直にスマホでどこかへ連絡している。

 そして……。


「お入りください」


 すんなり許可が下りた。


(おお、なんか知らないけど凄いぜユカリさん)


 自分で自分に感心しつつユカリは規制線から先へと進む。


 この先には……。

 何があるのかなどよく知っている。

 周辺はユカリにとってもホームといっていいエリアだから。


(ひどい……)


 中々の惨状だ。

 アーケード街は爆撃を受けた後のような光景が広がっていた。

 通りにはガラス片が飛び散っている。

 周辺の店のウィンドウが割れた時のものらしい。


 そして、進むと焦げ臭いにおいが段々と近付いてくる。


「……………」


 足を止めたユカリ。

 公爵の店、地下の『静かな月夜(サイレントムーン)』へと続く石造りの階段周辺には一際多くの捜査員が集まっている。

 まだ地下からはわずかに黒煙が上がっていた。


 ────────────────────────


『ええ、自分も朝早くに連絡を受けまして、もううちの部署は大騒ぎですよ。公爵はうちの切り札みたいな人でしたからね』


 通話の相手、スガタ刑事もはきはきとした語り口調ながら声は沈んでいる。


『それで煌神署に事情を説明して色々と情報を回してもらいました。自分でわかることでしたら』


 スガタ刑事が説明してくれた所によると、公爵の店で爆発事故があったのは昨夜の日付を越えた午前二時過ぎあたりだったらしい。

 爆発で火が出たので周囲は騒然となった。

 幸いにして消火が間に合ったので周囲に延焼はしていない。


『焼け跡からは誰も見つかっていないそうです。けが人も……死人もです』


 ……だとすれば、デュークは今どこにいるのだろう?


 スガタ刑事に礼を告げて通話を終え、ユカリは難しい顔で考え込む。

 頭に思い浮かぶのはあの大柄なオカマだ。

 謎の男パープル……自分はデュークの古い友人だと言っていた。

 あの男が『のすたるじあ』に現れたのが午後8時過ぎ。

 それから数時間後にデュークの店は爆破され彼は行方不明になってしまった。


 この二つの出来事は偶然なのだろうか。

 パープルは……自分の店を出た後で公爵の所に行ったのではないだろうか。


 ────────────────────────


 夜の錠前町……繁華街。

 日が落ちてから息を吹き返すこの界隈を肩を怒らせて歩く大柄なスーツの男たち。

 異様な迫力と冷たい空気を纏った彼らには地回りのヤクザ者ですら黙って道を譲っている。


「ン?」


 その内の一人が不意に足を止めた。


「どうした?」


「7199がいねえ」


 同じく足を止めて振り返った仲間にそう告げる最初に立ち止まった男。

 自分たちは五人組なのに、今は四人だ。

 ナナイチキューキューとは彼らの名前のようなもの、識別するナンバーだ。

 彼らの世界には階級があり、一定以上の階級にならなければ名前を持つことは許されない。

 それまでは番号で呼ばれる。


「アイザックさん」


 呼びかけられて先頭を歩いている男が振り返った。

 四角い顔の一際厳つい面相の一際危険な空気を持つ男だ。


「アイザックさん、7199がいねえぜ」


「またか。……どうせその辺で一杯やってんだろ。5001、様子を見てこい」


 アイザックと呼ばれたリーダー格の男の指示に銀色のオールバックで頬に斜めの刀傷のある男……5001が肯いた。


 ……………。


 薄暗い路地裏に7199がいた。

 上の唇の右方向に斜め上に向かって引っ搔いたような傷のある男だ。

 彼はOLらしいスーツ姿でハンドバックを持った若い女性を地面に引き倒して首を鷲掴みにしている。

 女性は僅かに抵抗らしきものを見せてもがいてはいるものの、7199に片腕で完全に抑え込まれてしまっていた。


「おい、7199」


 そこへ5001が顔を出す。

 女性が助けを求めるように現れた男を見上げたが、彼が自分を冷たく見下ろすだけだと知って再び絶望の表情を浮かべた。


「勝手な事してるとアイザックさんがブチ切れるぜ」


「ちょっと一服するだけだ、すぐ行くよ」


 7199はニヤリと笑って女性を掴んでいる腕に力を籠める。

 すると女性が一度ガクンと大きく痙攣し、そして急速に枯れ萎んでいく。

 肌は灰色に、手足は骸骨同然に細く……。

 か細い悲鳴を上げながらミイラ化していく女性。


 ほんの数十秒でそこには水気の全くない枯れた亡骸が転がされる。


「おーおー、どうすんだよ、それよぅ」


「へへっ、意地悪言わねえでよう、頼むぜ5001。お前の得意な()()でよ」


 チッと舌打ちする5001。

 すると両手をポケットに突っ込んだままの彼の影だけが地面でぐにゃりと蠢いて形を変えてミイラ化した女性の亡骸に這いより、そこで地面からワニのような大きな顎になって持ち上がった。

 べっとりと真っ黒い大顎は女性の亡骸をバリバリとかみ砕くとゴクンと飲み干してしまう。

 後には髪の毛一本残っていない。


 そこには二人のスーツの男がいるだけだ。


「ふぃ~っ、やっぱ格別だぜぇ。酒もいいが俺にゃあやっぱ吸血(コイツ)が最高にキマる。お前もスカしてねえでやりゃいいのによぅ」


「いらねえよ。俺ぁもう何百年もやってねえ。このご時世に吸血衝動(そんなもん)なんぞ抱えてたらやりにくくってしょうがねえだろうがよ」


 嘆息してから煙草を咥えて火を付ける5001。

 古い闇の眷属たちも徐々に吸血衝動を捨て、今では仲間内でも血を吸うのはこの7199だけだ。


「おら、行くぞ。モタモタしてたら店が閉まっちまう」


 フーッと夜空へ向けて紫煙を吐き出してから歩き出そうとした5001であったが……。


「うぃ~ヒック! やべえちょっと飲りすぎちゃいましたよ~んだ」


 千鳥足の中年男が二人のいる路地裏へと入ってきた。

 現れた酔っぱらいを一瞥すらせず二人が通り過ぎていこうとするが……。


「あれ、オイ~アンタちょい前にここに引っ張り込んだ女の子どうしたんだよ~」


「……………」


 男の言葉に二人が足を止める。

 そして、揃って冷たい視線を酔っている男に向けた。

 男はやや長身で、スタジャンを着て薄い口髭を生やした男だった。


 今の名前を三好(ミヨシ)ショウセイという男だ。


「カンチガイすんじゃねぜぞ~。俺ぁ正義のミカタのおじさんじゃねえ~。キョーミホンイで聞いてるだけだ~。だってオメーら、この先袋小路じゃねえかよ~。さっきの女の子どこ消えたんだ~? 種明かししてくれよなぁ~」


「だから言ったろ」


 5001が7199にやや呆れたような口調で言った。


「お前の蒔いた種だ、お前がどうにかしろ。俺は先に行ってる。これ以上アイザックさん待たしたら俺までドヤされちまうぜ」


「わかったわかった。こいつ片付けてすぐ行くからよ」


 立ち去る5001。

 7199がネクタイを緩める。


「お、なんだよ~物騒な空気じゃねえかよオイ~」


 ショウセイがニヤリと笑った。


「余計なモン見たな。お陰でお前はお陀仏だし俺には余計な仕事が増えちまった。どっちも災難だったな」


 冷たい声で告げる7119。


 スーツの上着を地面に落とし、ワイシャツを腕捲りすると7199はボクシングのようなファイティングスタイルを取る。

 ショウセイも今は帯刀していない。素手だ。

 必然的に二人は殴り合いの態勢になった。


「急展開じゃねえかよオイ~。こっちぁ気持ちよく酔ってるってのによ~」


 そう言いながらもショウセイは楽しげである。


 そして……開始のゴングもなしに二人の男は猛然と相手に向かって襲い掛かった。


 ……………。


 その少し後のこと。


「悪い悪い。すっかり待たせちまった」


 脱いだスーツの上着を小脇に抱えた7119が小走りに仲間たちに追い付いてくる。


「おめぇ、ケガしてるじゃねえかよ」


 アイザックが7119の顔を見て眉を顰めた。

 7119の顔には数か所の痣があって口の端は血で汚れている。


「ああ、絡んできた男が妙に強くてよ。ちっと手間取っちまった」


超人(オーバード)ってやつか?」


 仲間の一人の言葉に7119が驚いた顔になった。


「あれがか? 初めて見るぜ」


「じゃなきゃお前に傷付けるとかできねえだろ」


 7119は自分が来た方角を振り返る。

 だがそこには飲み屋街を楽しむ者たちの雑踏があるだけだ。


「まあなんにせよしっかり叩き潰しておいたからよ」


 そう言った7119の両拳は返り血で汚れていた。


「次の店にいくぞ。夜が明けちまう前にな」


 アイザックがそう言って歩き始める。

 無言で肯き、その後を追う番号の男たちであった。


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