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紫の男

 煌神町中心部にある高層のビル群。

 ガイアード・カグラ社の本社ビルとも隣接するこの巨大ビルディングの上層階にあるレストラン。

 本日の壬弥社ユカリは一面ガラス張りの壁から煌神町を見下ろしながら優雅なランチ。


「もういいのか? 君は若いんだからもっと食べたまえよ」


「いえもう十分頂いてますよ」


 そう言って口元を上品に拭ったユカリの前には実際に空になった皿が重ねられている。

 ちょっとお上品な光景ではないのだが頻繁に下げに来られても落ち着かないし、込み入った話もしにくくなるので最後にまとめて下げてくれと頼んであるのだった。


 目の前に座っている中年男は……ガストン社長ではない。

 焦げ茶色の髪の彫りの深い顔立ちのナイスミドル。知らずに見れば俳優かと思うような雰囲気のあるダンディ。

 彼はギャラガー・ロードリアス。

 ロードリアス財団の総帥である。


 こうして総帥とユカリが一緒に食事をするのは初めてのことではない。

 彼はユカリがエトワールを預かってから忙しい合間を縫って三ヶ月に一度は火倶楽を訪れている。


「エトワールは……ごめんなさい、今回も連れて来ることができませんで……」


「それは構わんよ。元気にしているというのであればそれ以上私に望む事はない」


 謝罪して視線を伏せたユカリに対して首を横に振るギャラガー。

 彼は毎回ユカリに預けてあるエトワールの近況を聞きにきているのだった。


 ……………。


「伯父ぴ? いやー、会う気はねーですね。申し訳ねーですけど」


 エトワールは父の兄であるギャラガーの事について、前にこのように言っていた。


「あたしにとってのあの人って……なんてのかな~。その辺のモブキャラってゆーか。町歩いてたらすれ違う顔も名前も知らないオジさんと一緒なんですよね。ってゆかあの人に限らずあたしにとっては世の中のほとんどがそーなんですけど」


 実の父親を殺すためだけに生きてきた超人(オーバード)の少女、エトワール。

 しかしその夢は破れ、彼女には何もなくなってしまった。

 全ては虚無……抜け殻だ。

 その壊れてしまった精神(ココロ)は今も治ってはいない。


「あの人があたしを気に掛けてくれてんのは知ってんですよ。だからこそ会わねー方がいいんじゃないかなって。社交辞令でウソ並べたくねーですし、正直にアンタの事は本気でどーでもいいです、ってのもアレですしね。お互いの為に会わねー方がいいんですよ、あたしら」


 あっさりと言い放って軽く乾いた笑みを浮かべ、肩をすくめるエトワールであった。


 ……………。


「あれの事は私の責任でもある。弟があれに随分と強く当たっている事は知っていた。だが私は何もしてこなかった。言い訳になるが、弟のそれは期待の裏返しである事は理解していたし、エトワールはその環境に適応できていたように見えたのでな」


 だがそれは気のせいだった。

 表面上なんとも無いように見えて少女の内側は確実に崩壊していっていたのだ。


「今月もまた養育費を振り込ませてもらっているよ。使ってくれ」


「いえ、そういうのは結構ですから、ほんとに……」


 毎月、銀行の残高を確認する度にとんでもねえ額が増えているのにもすっかり慣れてしまった。


「私の気持ちだよ。せめてそのくらいはさせてくれ」


 そう言ってからギャラガーは何かを思い出したようにスマホを出す。


「後そうだ、君が好きそうな壷を見つけたんだ。よければこれも送らせるが」


 スマホの画面を見せるギャラガー。

 そこには飾り気の無いくすんだ茶色の壷の画像が表示されている。


「!!!!!!」


 ユカリの目が輝いた。

 この色合い、形、そして雰囲気(におい)……詳細は聞かなくともどの時代の誰の作品であるのかがパッと頭に出てくる。


 同作家の別の花器は皇国で国宝に指定されたりもする……そんな逸品だ。


「どうかな?」


「頂きますぅぅぅぅっ!!!!」


 涎を拭いながら食いつくように前のめりになるユカリさんだった。


 ────────────────────────


 夜になって『のすたるじあ』


「そんなワケでねぇ。ウン十億とかの値が付く壷を『あげます』『ください』で貰ってきちゃったのよね~」


「いんじゃねーです? くれるっつーんだから貰ってくれば。あっちだってイラネっつわれたらカッコつかねーでしょ」


 帰ってきて複雑な表情をしているユカリに対してエトワールがへらっと笑っている。


「でも私、そういうの目当てでエッちゃん預かってるわけじゃないし」


「じゃーなんで預かってくれてんです?」


 半笑いで問うエトワール。


「そんなの……決まってるでしょ」


 ガタッとカウンター内のパイプ椅子から立ち上がったユカリ。

 なにやら異様にキリッとした表情をしているようだが……。


「愛よ!」


「きゃー、おねえさーん」


 凛々しく言い放ったユカリに抱きつくエトワール。

 そんなブロンドの少女の頭をユカリがよしよしと撫でる。


「営業時間中に店の中で小芝居すんな」


 二人の背後で響き渡った低い声。

 エプロン姿のルクシエルが両手を腰に当てて半眼で二人を見ている。


「晩御飯できたよ。アホな事してないで食べれる方から食べちゃって」


「じゃあ二人で先に食べてくれる? 私昼間に総帥のお金でバカ食いしてきてるからまだあんまりお腹空いてないや」


 わかった、と肯いたルクシエルとエトワールが連れ立って奥へ引っ込んでいった。

 それを見送ったユカリがさて、と改めて店内を見る。


(あれ……)


 男性客が店内に一人いた。

 いつの間に……? まったく気付かなかった。

 入店があれば軽やかなベルの音が鳴るはずなのに。


 体格のいい男だ。身長は190はあるだろう。肩幅もかなりのものだ。

 濃い目の灰色のスーツの上下で、ネクタイは締めていない。

 シャツの襟元はボタンを二つほど外していて分厚い胸元が覗いている。


「あらぁ、これ、可愛いじゃない」


 男は茶道具のコーナーを見ていて棗を手にとって見ていた。

 黒地に小さく桜の花弁が意匠されたものだ。


(オカマの人かな……)


 思い切り女言葉で独り言を言っている。


「アタシねぇ、こういう主張しすぎない慎ましやかな美っていうの? そういうの大好きよぉ。注意しなきゃ見落としちゃうようなものにこそ、本物って混じってると思うのよねぇ~」


 そして、男はカウンターを振り返った。


「そう思わなぁい? ユカリちゃん」


「……」


 やはり正真正銘の男だ。鼻筋が通っていてまあまあ顔が整っている三十台くらいの男。

 別に女顔というわけでもない。

 だが彼は瞼に紫色のアイシャドウを塗っていて唇にも薄く紅を引いているようだ。

 そしてオールバック気味に大雑把に纏めてある黒髪の、その前髪の一房だけをやはり紫色に染めている。


 主張しすぎないものを好むと言ったこの男の……その容姿が主張しすぎている。


「お会いした事ありましたっけ?」


 微笑んで問いながらも初対面を確信しているユカリ。

 こんなでっかいオカマ、一回見たら忘れるはずが無い。

 煌神町の有名人ならかなり把握していると思うが……。

 こんな目立つ男の情報が自分に入っていない所を見ると煌神町の住人ではないのか。


「会うのはこれが初めてよぉ。でもアタシ、アナタの事はよーっく知ってるの」


 カウンターまで来ると男はそこにあった先ほどまでエトワールが座っていたパイプ椅子にドカッと腰を下ろした。

 そして下方向から立っているユカリの顔をニヤニヤしながら覗きこんでいる。


「なァ~るほどねぇ、可愛いだけじゃなくてマジモンの戦士でもある……ジェイムズがお気に入りにしてんのもわかるわぁ」


 ジェイムズ……? 誰だ?

 一瞬少しだけ怪訝そうな表情になったユカリ。

 そしてそれを目敏く察した大きなオカマ。


「あらやだ、アイツ、アナタに名前を教えてないのねぇ。勝手に喋っちゃったわ、はしたなぁい」


 大げさにヤッベ~という仕草をしてから男はニヤリと笑って自分の右目に人差し指を当てた。

 まるで傷跡を示唆するかのように縦に。


(……デューク!)


 それで察した。黒い紳士。

 公爵の名がジェイムズなのか。


「ウフフフ、ちょっとばかり喋りすぎちゃったかしら。彼によろしくね」


 パイプ椅子から男が立ち上がり、そしてカウンターに背を向け出口へ向けて歩き始める。


「それで、結局あなたは誰なんでしょうか……」


 ユカリの言葉に足を止める男。


「アタシの事はパープルって呼んで頂戴。ジェイムズの旧い知り合いよ」


 そうして、パープルは斜め上を……天井を見上げた。

 現在ではないいつかを見ているような目で。


「アタシたち昔は色々とあってね……ちょっと、()()()()()()()()()()()()した事もあったけど」


 肩越しに振り返ってパープルはニヤリと笑った。


「それでも、アタシは今でも彼のトモダチのつもりなの」


「……………」


 無言のユカリ。

 彼の発言の真意が測りにくい。

 全体的に言動がおどけているからだ。


 パープルが店を出て行く。


 ふと気が付くとカウンターの上に数枚の高額紙幣があった。

 そしてパープルが見ていた棚に戻したはずの棗が消えている。

 紙幣は棗の代金よりもやや高額分。

 入店時同様に彼がいつそうしたのかまったくわからなかった。


 ────────────────────────


 煌神町のバー『静かな月夜(サイレントムーン)


 店の前の通りに出てきた黒衣の紳士が月を見上げる。

 そして彼は懐から取り出したケースに入っていた細巻きの葉巻を一本取り出すと火を付けゆっくりと空へ向けて紫煙を吐き出した。


「月を見ながら一服? いいわねぇ」


 男の声が聞こえて公爵はそちらを見た。

 通りの向こう側の闇の中からコツコツと靴音を鳴らしながらパープルが現れる。


「お前か」


「……ちょっとォ、数百年ぶりに会った親友への挨拶がそれェ?」


 短く言ったデュークに対して露骨に顔をしかめたパープル。


「確かにアタシたちとアンタたちはそりゃーヒッドい殺し合いもしたけどさァ。お互いそろそろ前向いたっていいんじゃないのォ?」


「リヒャルト」


 デュークの言葉にパープルの眉が揺れる。


「私の親友はあの夜に命を落とした者たちと、そして彼だけだ」


 それだけ言い残すと公爵は地下への石階段を下っていってしまう。

 一人残されたパープルは少しの間その場に佇んでいたが……。


「なァによスカしちゃって……カッワいくないわねぇ」


 はぁ~っとこれ見よがしに大きなため息を付いてからやってきた闇の中へと消えていくパープルであった。

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