横ロールは見つからない
落ち着いて情緒的な曲調のブルースが流れている。
公爵の会員制のバー『静かな月夜』の店内。
本日は貸し切りで客はユカリ一人だ。
「彼とは、ほとんど同じ時期に火倶楽へやってきた」
カウンター席に座るユカリにグラスを差し出しながらデュークが語る。
いつもと違い、彼の言葉は時折僅かな間が空く。
何かを思い出しながら、どう語るべきかを考えながら喋っている為だ。
「まったくの偶然だった。それまで彼とは随分と長い間音信不通だったからな。彼は私のとても古い友人で、私は……その再会をとても喜んだ」
グラスを傾けるユカリ。
そうして、彼女は目の前の眼帯のバーテンダーを見る。
自らを人ではないものだと告げた黒衣の男の顔を。
「大昔には世界のそこかしこに我々のような闇の眷属たちの国があった。だが時は移ろい、人間は数を増やし反対に我々は減っていった。そうして……ある時私たちの国もこのまま維持していくのはもう不可能だという結論に達した。千年の歴史を持つ我らの国も終わりを迎える時が来たのだと。我々の国はなくなり、そこで暮らしていた者たちは各地に散って人に交じり、或いは人を避けて人の訪れぬ場所で生きていく事になった」
表情に感情はなかったがそう語った時の彼の左の眼には現在ではない遠い過去が映っているようにユカリには見えた。
「彼とはその国が終焉を迎えた時に別れたきりだったのだ」
珍しくデュークは自分でもグラスを傾けている。
珍しくというか、見るのは初めてだ。
「あの屋敷は私が彼のために建てたものでね。私は感傷的な男なのでつい身の回りのあこれこれを失われた故郷の雰囲気を感じられるようなもので固めてしまうのだが、彼はそうではなかった。久しぶりに再会した彼は時代の移り変わりを泰然として受け入れて、もう過去には然したる感慨もないように私には見えたのだ。彼には郷愁はないのだろうか……それを言葉にして問う事が女々しく感じられたので故郷の建物に似せてあの屋敷を建てさせ、それを贈った。結果として彼があの屋敷を不要として処分するのであれば、それはそれでいいと」
公爵によれば……その友人は屋敷で過ごすことはほとんどなかったそうだがそれでも管理人を置いて手放そうとはしなかった。
そして、時折短期間滞在していたらしい。
公爵にとってはそれで十分だった。
「それで……公爵ともお友達とも違うまた別の吸血鬼がいるんですよね?」
「そうだ。あの管理人を殺害して呪った者がいる。何も知らずにそうしたはずはない。明らかに彼に対して敵対的感情を持った同族だ」
彼らの国がなくなる時、その事に最後まで抵抗していた勢力があるらしい。
犯人はその者たちの誰かではないかと公爵は言う。
公爵や友人は国の……彼らのコミュニティの消滅を主導する立場だった。
それ故に今も恨まれているのではないかと。
「相手の関係者を殺し、その死を呪う事は我々にとっては最大の敵対行為なのだ。お前の存在を絶対に認めない、必ず消滅させるという憎悪のメッセージだ。今、彼はそれだけの殺意と憎悪を何者かから向けられている状態にある」
視線を伏せるデューク。
その瞳に憂いの光が揺れている。
「私の望みは二つだ。この事件の犯人を見つけ出し然るべく処理することと。そしてもう一つ、連絡が取れなくなっている彼を見つけ出すこと」
「お友達に危険が及ばないように?」
ユカリが問うと公爵は意外な事に静かに首を横に振る。
「彼の身の心配はまったくしていない。何故なら彼は至高の座にある闇の者たちの王であり、何人もそれを侵すことはできないからだ。不埒者どもがいくら彼の消滅を願おうが連中の手によってそれが為される事はありえない」
……???
ユカリが眉を顰める。
ちょっと話がこんがらがってきた。
つまり公爵のそのお友達はめっちゃくちゃ強いので誰もどうする事もできません、という事なのか。
なら何故。公爵は色々と彼の世話を焼こうとしているのだろう。
放っておけば犯人は勝手にお友達に接触して勝手にやられてこの話は終わりなのでは、
「彼は人間になるのだと言っていた。人として生きていくと、この人間たちの社会に混じって。私は彼のその思いを尊重したいのだ。過去からの悪意になど関わらせたくはないのだよ」
「な、なるほど~……」
そういう事か、とようやく納得がいったユカリである。
悪い奴等から守ってあげたい! というのではなくもう見せるのもイヤ! という話なのだ、これは。
だから本人がまったく知らない所でこっちで勝手に処理すると言っている。
「中々にそれは……大変そう」
「その通りだ。だから君に助けを求めた」
自分を見る公爵にいつもより三割増しの真面目な顔になって肯くユカリ。
どのような内容であろうが自分は既に引き受けているのだ。やるしかない。
流石に成功を確約するところまではできないが……。
(それにしても、今度の敵は吸血鬼たちかぁ)
確かにいざ言われてみれば公爵も吸血鬼というイメージは十二分に持ち合わせている。
中世の貴族的なイメージと言えばいいのか……。
なんか、喧嘩になったら手袋を投げ合ってレイピアで戦ってそうというか。
上品な口髭を生やして髪の毛が無数の横ロールになっている紳士が襲ってくる姿を想像するユカリ。
相当に彼女のイメージも適当で雑ではある。
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薄暗い店内には半世紀近く前のムード歌謡が流れている。
ここは錠前町の場末のスナックだ。
五人の男が一つのテーブルで飲んでいる。
全員が長身で体格が良く、スーツ姿。しかし目付きや仕草、そして纏っている雰囲気は明らかに健全な会社に勤めているサラリーマンのものではない。
堅気ではない……アンダーグラウンドの世界に生きる者たち特有の煙草と暴力の匂い。
誰もが強面で、傷のある面相の男もいた。
年齢は大体3~40代くらいか。
暴力の雰囲気を漂わせたその一見の集団を店のスタッフたちはヤクザ者たちだと信じて疑わない。
その強面の一人が画面を眺めていたスマホをポケットに戻した。
「例の屋敷に警察が入ったらしい」
「じゃあ俺たちの挑戦状は奴に届いたって事か?」
ひひひ、と男たちはお世辞にも上品とは言えない所作で歯を見せて笑い合っている。
笑うと一層彼らの顔つきは邪悪になった。
「だが大した騒ぎにはなってないそうだぜ。俺たちの眷属と化したヤツを人間風情がどうにかできるとも思えねえが……」
「だが人間にも面倒なのがチラホラいるだろう。超人とか言ったか」
「ああ、ムカつく連中だ」
「昼間には顔を合わせたくねぇな」
がやがやと言い合っているのは四人。
奥に一人、先程から黙ってグラスを傾けている男がいた。
他の四人に比べて一段上の威圧感を持つ男だ。
「……確かに昼間もこの世界の大部分も連中のものになっちまった」
その男が口を開いた。
今度は逆に四人の男たちが黙る。
「だが俺らは迎合したりはしねえ。せめて夜は好き放題やらせてもらう事にしようじゃねえか」
男は煙草を咥えて卓上のライターで火を付ける。
「その為にはまず王に消えてもらわねえとな。狼煙を上げろ。俺たちは消えてねえ……大人しくなったわけでもねえって夜の世界に知らしめてやるぜ」
くくく、とリーダー格の男が歯を剥いて獰猛に笑った。
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古道具屋『のすたるじあ』。
変わらず今も店の前にはイチロウさんがドデーン! と鎮座している。
壬弥社ユカリが二人の美少女と暮らしている彼女の城は本日も通常営業であった。
「そんなワケでね~、ちょっと二人にも手を貸して欲しくって!」
ぱん、と両手を合わせて拝むユカリ。
公爵からの依頼の話だ。
流石に自分一人の手には余ると思ったユカリは恋人たちに援軍を要請する。
パイプ椅子に座ったルクシエルは腕組みしてそんな彼女を半眼で見ている。
「いいんだけど、何すればいいんだかまったく見当つかない」
ルクシエルとエトワールの二人に概要を大雑把に説明したユカリ。
公爵が吸血鬼であったという事実だけは伏せている。
「しっかしまー、おねーさんとこにも次から次へとやったらメンドクセー話ばっか舞い込んできますねー。やっとこマネージャー業務から解放されたばっかだっつーのに」
はぁ、とブロンドにスカジャン姿の美少女は嘆息している。
そう、公爵からの連絡がきたのはユカリが宇賀神ナツキのマネージャーから解放された直後で、彼女にしてみればようやく古道具屋の日常に戻れると思った矢先の事であった。
「吸血鬼って……実在してるの? 創作の中の存在じゃなくて」
「いますよ~ん。あたし実家で説明受けた事ある」
怪訝そうなルクシエルに応えたのはエトワールだ。
はいはいと手を上げたブロンドの美少女がにやっと笑う。
「まーでも、向こうが本気で隠れる気なら探し出すのは相当骨折れるかもしんねーですね。聞いてる話だと連中、能力を使ってない時はほとんど人間と見分ける方法ないらしいですし」
彼女の語る内容が財団が入手している情報だというのなら信憑性はかなりありそうだと思うユカリである。
ニンニクが苦手だとか日光に当たると灰になるだとか、いくつか都市伝説レベルの伝承が世に伝わってはいるが実際にはそれはほとんどがデマなのだそうだ。
彼らは日中でも平気で活動できる。
ただ肉体のパフォーマンスは低下するらしいが。
「多分私の想像だと昔の貴族みたいな恰好してて、髪型が滅茶苦茶横ロール付いてる感じだから目立つと思うんだけど……」
「いねーでしょそんなヤツ。てかそれ音楽室の壁に飾ってる人でしょーよ」
流石のエトワールの肩もずるっと落ちた。
もう既に噂話レベルですらない。勝手な妄想の産物だ。
「まー後ですね、とりあえずとっ捕まえて色々ゲロさしゃいーや、とか思ってるならちょっとそれは難しいかもしんねーですね」
おや、という顔でエトワールを見るユカリ。
「なんでも吸血鬼って、向こうにしてみりゃ下っ端の雑魚でも並の超人じゃ歯が立たねーくらいツエーらしいんで」
困ったもんだ、とでもいうかのように芝居がかった仕草で両肩をすくめるエトワールであった。




