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夜を征くもの

 ……彼は夜の世界に生きている。


 その男は「公爵(デューク)」と呼ばれている。

 煌神町で暮らしている彼は火倶楽の裏社会の顔役であり、その意向はガイアード社や統治局ですら無視する事はできないという。

 とはいえ彼は自分から陽の当たる場所の話に関わってくる事はほとんどない。

 大体の場合は陽の当たる場所の住人が彼に助力を請う為に彼の下を訪れることになる。


 煌神町の夜を統べる王……彼は普段は会員制のバー『静かな月夜(サイレントムーン)』でバーテンダーをしている。


 右目に三角形の黒い覆いを当てた帯状の眼帯をしている長身で体格のいい紳士。

 身に着けているものは常に黒が基調。

 年齢は……三四十代くらいだろうか? 見た目はそんな感じだ。

 シャープで涼やかな目元の美丈夫であり、首の付け根あたりまで伸びた黒髪はやや大雑把にオールバックに纏めている。

 所作は常に静かでスタイリッシュ。


 そんな公爵がステアリングを握る車の助手席に今、壬弥社(ミヤノモリ)ユカリは座っているのだった。


「公爵と日中に会ってるのって、何かヘンな気分ですねぇ」


 ふふ、と屈託なく笑っているユカリ。

 彼女は親しみを感じている相手と一緒の時は感情表現が豊かになる。

 そこから察するに、この黒衣の男は彼女の友愛の対象であるようだ。


「君とも結構な付き合いだ。この機会にお互いに付いて理解を深めたいと思ってね」


 落ち着いた低い声で言うデューク。

 まるでデートに誘った相手への言葉のようだが残念ながら今日はそういった艶っぽい用事での逢瀬ではない事は両者理解している。


 彼から頼みごとがあるとユカリが連絡を受けたのは数日前の事。

 これまで頼みごとをすることはあってもされるのは初めての事だ。

 内容を聞く前に彼女は了承の返事をしている。


 デュークが言うように彼とは十数年来の付き合いになるが日中に顔を合わせるのはこれが初めて。

 そして彼の車を見るのもこれが初めてだ。

 エールヴェルツ社の特別仕様の大型乗用車。黒く輝く角ばった重厚なボディ。

 クラシックカーに属する車種なのだが外側内側共に新品同様で乗り心地は快適だ。


 デュークは煌神町で何でも屋のようなものを営んでいる。

 といっても自分が何でもこなすというのではなく適時最適な人材を斡旋するのだ。

 ユカリもそうした要請に応じていくつかの事件の解決を手伝った事がある。


 だが、常にそうやって自身はバーを動かずに全てを差配してきたこの公爵が今回は自ら出張ってきている。

 非常に珍しい事だ。

 そして彼は助手にユカリを指名した。


 彼女がこの件を引き受けた理由は彼への友情と義理からでもあったが、好奇心も大いにあるのだった。


 ……………。


 錠前町(じょうまえちょう)……火倶楽の中心部とも言える煌神町に隣接するこの町は近代的なオフィス街と火倶楽創設当時からの町並みの同居する場所である。

 公爵がユカリを愛車で案内したのはそんな錠前町の郊外の一角。

 静かで落ち着きのある町並みを超えた先にある山麓の旧い洋館であった。


「おぉっ! ステキな雰囲気!!」


 建物の外観を見たユカリが目を輝かせている。

 中にはさぞかし自分好みの骨董品が並んでいそうなお屋敷だ、と。


「あれ……」


 しかしそんな彼女の表情はすぐに曇る事になった。

 屋敷周辺には黄色地に黒で「KEEP OUT」の表記のあるテープが張り巡らされていたからだ。

 関係者以外の出入りを禁ずる警察のバリケードテープである。


 屋敷の手前で公爵は路肩に車を停めて降車した。

 ユカリも彼に倣って車を降り、その後に続く。


 屋敷の入り口には二人の警官がいた。

 彼らは公爵を見ると直立の姿勢で敬礼する。

 止められることもなければ誰何もない。

 公爵は彼らの脇を無言で通過し、その後を会釈しながらユカリが続いた。


「……公爵(デューク)、お待ちしていました」


 駆け寄って来た一人のスーツ姿の男。

 デュークほどではないが長身で肩幅のある若い男だ。

 髪を短めに刈り込んで肌は日焼けしている。

 爽やかそうな外見と相まってスポーツマンといった風貌の男だ。


 彼に対して軽く会釈をしてからデュークはユカリを示した。


「こちらは壬弥社ユカリさん……私のアシストをお願いしてある」


「お疲れ様です! 自分は錠前署の姿(スガタ)リュウ刑事です」


 ユカリに向かって敬礼するスガタ刑事。

 突然連れて来られた一般人と言っていいユカリにも真摯な姿勢だ。


「素敵なお名前ですね」


「漢字二文字ですよ。署名をする時は楽でいいですね」


 はは、と明るく笑ったスガタ刑事。

 しかし彼はすぐにそんな場合でも場所でもなかったと表情を引き締める。


「スガタは錠前署の中の()()()()()()()()を捜査する部署の担当でね。私とも馴染で信頼のできる男だ」


「恐れ入ります」


 恐縮しているスガタ刑事。

 ユカリはそんな彼に微笑みかけながらも頭蓋の内側は冷静に回り始めている。

 一風変わった事件……さて、それらしくなってきたが。


「では中を見せてもらう事にしようか」


 デュークの言葉にスガタ刑事は肯き、彼らは屋敷の中へと入っていくのだった。


 ────────────────────────


 古めかしい立派な洋館の内部に足を踏み入れた時、ユカリは何とも言えない嫌な気分を覚えた。

 言葉では上手く説明の出来ない本能的なものだ。

 目に入る光景にはなんら自分にとって気に入らない部分はないというのに。


「ここの主人はもう随分と長い間留守にしている」


 コツコツと靴跡を響かせながら廊下を進む三人。

 静かな邸内にデュークの低い声が染みていく。

 ユカリは話は聞きつつも、調度品の数々に目移りしてるのだった。


「そして留守の間の事を信頼できる男に任せていた。彼は週に一度必ずここへ顔を出して内部のチェックを行い、都度各所の簡単な清掃などを行っていた。……ユカリ」


「あ、いえいえ、持っていこうとはしていませんよ!」


 デュークが振り返る。

 廊下の途中で足を止めて壁に掛けられている風景画に見入っていたユカリが慌てた。


 そうして、三人が廊下の奥まで歩いていくと、そこには地下への大きな階段が口を開いて待ち構えていた。


「その男の家族から主人が帰ってこないという連絡が錠前署に入ったのが二十日ほど前の事だ。所轄の警官たちが屋敷を調べて……そして、スガタの部署に話が回った」


錠前署(うち)と付き合いのある()()()にお願いしてみたんですが……皆、匙を投げちゃいましてね。もう公爵にお願いするよりどうしようもなくて」


 やれやれ、と言った様子でため息を付いているスガタ刑事。


「懸命だ。市井の拝み屋では手に余るだろう」


 静かに肯く黒衣の男。

 拝み屋とはいわゆる霊能者の事である。

 確かにそういった案件であれば、彼に頼るのは正解だろうとユカリは思った。

 何故なら、デュークは近代ではめっきり数が減ってしまった本物の力ある魔術師(ウィザード)だからである。


(……あ)


 地下へと降り立ったその時、ユカリはぶわっと鳥肌を立てた。

 嫌な気配が一層強くなった。


「この先の……ワインセラーです」


 スガタ刑事の表情にも緊張が見られる。

 石造りの地下通路を三人が進む。


 件のワインセラーは分厚い木の扉に頑丈な錠前が駆けられていた。

 スガタ刑事が持っていた鍵で開場する。

 ユカリの前にスッとデュークが右手を差し出した。


 気を付けろ、の合図だ。


 ギギギギ、と重たい音を立てて扉が開いていく。

 ワインセラーの中には一人の男がいた。

 セーターにグレーのジャケットとスラックスという姿の中肉中背の中年男だ。


 彼は酷い猫背で向こうの壁の方を向いていたのだが、扉の開く音に反応したのかゆっくりと振り返ってくる。

 焦点の合わない黄色く濁った眼がユカリたちに向けられる。

 肌は灰色で、半開きの口からはだらりと舌が垂れていた。


「件の管理人だ」


 ユカリの前に立つデュークが告げる。


「……残念ながら、既に故人だ」


 その言葉を合図にしたかのように男が飛び掛かって来た。

 操り人形のようにぎこちない動きなのに異様に速い。

 ユカリが迎撃しようとしたがデュークは前を譲らなかった。

 彼が対処する気であるらしい。


 黒い皮手袋に覆われた右手を持ち上げる公爵。

 彼は迫る死人に人差し指を向け、その額に軽く触れる。


 すると襲ってきた死人の額に光る紋様が浮かび上がり、床に倒れて痙攣を始めた。


「おぉ~」


 ユカリがその鮮やかな手並みに感嘆の声を出す。


「簡易的な封印術だ」


 公爵はそう言うと外気に晒されている左の目を閉じた。


「……彼らのような存在には特別によく効くように調整してある」


「お、お見事……です」


 冷や汗を流しているスガタ刑事。

 彼は優秀な刑事なのだろうが、見た所特別な能力は持たない常人だ。


「公爵の事は信頼してるんですけどね……いまだにどうにも、自分はこういうのには慣れないです」


 俯いてふーっと大きく息を吐いている刑事に向かってデュークが肯いた。


「その恐れは大切にするべきだ。君自身の為にな」


 運転初心者よりも少し慣れてきたころに事故が増えるみたいな話かな? とユカリは思った。


「彼はどういう……?」


 足元でいまだに痙攣を続けている男を見下ろしてユカリが問う。

 死体や死霊を操る魔術の話は聞いた事があるが、これはそういうのとも少し違う気がする。


「この男はここで何者かに命を奪われ、その死は呪われた。そうして自分を殺害した者の意向に沿って活動を続けている」


 滅多に己の感情を表さない男の言葉にほんの僅かに憂いが浮かぶ。


「これは吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれる存在の得意とするやり方だ」


 吸血鬼(ヴァンパイア)……!

 ユカリが驚く。その存在は話には聞いた事があったが実際に遭遇した事は無い。

 超人(オーバード)とはまた違った形で人から外れてしまった超常の存在だという話だが……。


「この屋敷の主人も吸血鬼(ヴァンパイア)だ。……だが、その男はこんな事はしない。彼は私の旧い友人でその人柄はよく知っている」


「公爵……」


 その言い方は、まるで……。


「そうだ、ユカリ」


 驚いている自分を見るとデュークは静かに口元を僅かに笑みの形にして端を上げた。


「私も吸血鬼(ヴァンパイア)なのだ」


 お互いに付いて理解を深めたい……行きがけの彼の言葉について、その意味をここで知る事になったユカリであった。



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