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なつかしいあの場所で

 待ち合わせの場所はお洒落なカフェ。

 行きつけの店よりは少し若者向きで……。


「……と、まあ私のほうはそんな感じよ。色々とあったわ」


 この場所を指定してきたミレイはそう言って苦笑している。

 そんな彼女を見てユカリは「少し大人っぽくなったかな?」と思った。

 見た目は変わっていないはずなので雰囲気の問題だろう。


「私の方も散々ですよ。折角隙があったら手出してやろうと思ってたのに……小童め~」


 ユカリが愚痴っているのは宇賀神ナツキが伊東アキラと交際を始めた話だ。

 例の異空間に巻き込まれる事件の後でどういうワケだか二人は付き合い始めてしまった。

 しかも堂々とマスコミに向けた交際宣言までしてしまっている。

 事務所の上のほうの人には随分と止められたらしいが……。

 その程度の事で落ちる人気なら初めから無用! と異様なまでに男らしい事を言ったナツキは押し通してしまった。

 結果として……宇賀神ナツキのTVでの出番が減ったという事も無く、人気が落ちたという話も聞かない。


『ほら見なさい! 後ろめたい事なんて何もないのだから堂々としていればいいのよ! 皆黙って私に付いてきなさい! まだまだ夢を見せてあげるわ!!』


 と、相変わらずナツキは覇王様みたいな事を言っている。


婚約者(わたし)に言うな、そんな事」


 殺し屋のような目でユカリを睨みつつ、ミレイはお冠であった。


 ──────────────────────────────────


 超人(オーバード)集団、ブラッドレインとの休戦も相変わらずのまま……。


「どなた……?」


 怪訝そうなミレイ。


 久しぶりに用事があって顔を合わせた久我峰カイの容姿は一変していた。

 ド派手にパーマを掛けられ波打っていた獅子の鬣が如き金髪は大人しい黒髪に。

 ホストみたいだった衣装も今はシックな色合いの落ち着いたものへ。

 そして今の彼は眼鏡を掛けている。


「無意味に自分を飾り立てても虚しいだけだった。ああいうのはもうやらない」


 そう言ってカイは肩をすくめる。

 かつてのオレ様な感じはどこへ行ったものやら……。

 今の彼は少し冷めた感じの落ち着いた若者だ。


 聞けば休学状態だった大学へ再び通い始めたらしい。

 医師を目指しつつ、ゼウス・カグラ社お抱えの超人(オーバード)としての立場もそのまま。

 この辺りは大分会社に我侭を聞いてもらったようだ。


会社(れんちゅう)としてはそれでも超人(オーバード)を抱えておくというのは意味がある事なんだろう」


 冷めた感じでカイは言う。

 双方にあれこれと大人の割り切りがあった事を感じさせる言い方である。

 煌神町の中心部に構えていた住居は引き払い祖母のいる郊外の家に戻ったのだと彼は告げた。


 一時は解散寸前までメンバーが減ったブラッドレインだが、現在リーダー代行である鷲塚ガモンが活発に動き回っていて何人か新たな超人(オーバード)が加わったそうだ。

 その新人たちが紅い雨に当たった者たちなのか、そうではないのかはわからない。


 ゼウス・カグラ社としては相変わらずガイアードと統治局を出し抜いて火倶楽の支配者層としてのイニシアチブを握る方法を模索しているようだ。

 そんなゼウスの動きは当然ガイアードや統治局でも把握していて易々とそうはさせないだろう。

 暗闘の時代はまだまだ続きそうである。


 ────────────────────────


 統治局の治安部隊の精鋭として変わらずに過ごしている蛇沼シズクの下に父ゼンマからの連絡が入った。

 件の魔人ゼクウ……初代将軍マサタカの魔力を皇国へ回収するという計画の顛末だ。


 五大老の内の一人、天河家の主人の命を受けて火倶楽へやってきた分家の娘、天河マキナの造反によって計画は完全に頓挫。

 それどころか首尾よく手に入れた魔力をマキナは皇国関連ではない相手に売り捌いてしまったらしい。

 挙句に天河家が長い時間を掛けて研究を続けてきた超人(オーバード)の魔力を抽出する技術についてもゼウス社へと流出。

 この一連の流れに計画を主導していた天河の家を初めとするお歴々は大わらわとなった。


 計画自体は将軍を通してはおらずに五大老たちの一部が独断で進めていたものの為に公式の責任が発生するものではなかったが、結局天河の家の当代は責任を取って隠居したそうだ。


 さてそんな事態を引き起こした当のマキナだが……。


 皇国上層部では追討が決定したものの肝心な討ち手がいない。

 現在、火倶楽に送り込めるような立場の者でマキナを討てるだけの腕がある超人(オーバード)がいないのだ。

 天河の当主からシズクを使わせてくれとの要望があったがゼンマは断ったらしい。

 もはや彼の失脚は時間の問題であったし、ゼンマとしては我が子を使って危ない賭けに出る意味がなかったからだ。


 天河マキナは今日もいつもと変わらぬ生活を送っている。

 大学にも通っているしモデルの仕事も続けている。

 ゼウスと皇国……二つの巨大な勢力を自らの裏切りで引っ掻き回しておきながらも、その圧倒的な実力で追っ手を差し向けられる事すらなく……。


 彼女は不可侵(アンタッチャブル)の存在となりつつあるのだろうか。


 ────────────────────────


 貸切になっている体育館。

 そこでトレーニングに汗を流す二人。


 カァン、という乾いた音を立てて回転しながら宙を舞う木剣。

 それを見送る二人の見目麗しいお嬢様方……ルクシエルとエトワール。


「……真面目にやったの?」


 いぶかしむように目を細めつつ、手にした木剣の先をエトワールに向けたルクシエル。

 ブロンドの少女は空になってしまった両手を見せ付けるようにルクシエルに向けて肩をすくめる。


「や、誓ってもいいっすけどね~。本気も本気でごぜーますよ。遂にあたしから一本取れるくらいになっちまいましたねーパイセンも」


 立会いでルクシエルがエトワールの木剣を弾き飛ばしたのだ。

 勿論まだまぐれの要素が大きい。

 もう一度やればきっと勝つのはエトワールだろう。

 それでも今の一本はルクシエルが取った。


「それにしてもパイセンの()()はずりーですね。そんなん出されたら攻め難くってしゃーない」


「しょうがないでしょ。私はこれを核にして戦い方を組み立てるしかないんだし」


 エトワールの言うそれとはルクシエルの使う『聖なる盾(イージス)』の事だ。

 今のルクシエルは障壁の魔術を更に高いレベルで使いこなせるようになっている。

 近接戦闘の最中に何度も己の周囲に展開してエトワールの攻撃を弾き続けた。

 戦いながら……しかももうほとんど無意識的に発生させられるほどに錬度を上げているのだ。


 まともに剣と剣だけでぶつかればエトワールには勝ち目は無いが……。

 そこに障壁魔術という要素が入り込むと今のように番狂わせも起こりえる。


「ま、いいや。もう何本かよろしく」


「頑張りますね~。そのやる気の原動力はやっぱおねーさんなんです?」


 エトワールの問いにそうだ、と素直に肯くルクシエル。


「ユカリの足手まといにはなりたくない」


「へいへいごちそーさんでごぜーます。そんじゃあたしも張り切っちゃって後半の部はちょいキツめにいきましょーかね」


 ひひっと笑ったエトワールをちょっと恨みがましい目で見るルクシエルであった。


 ────────────────────────


 桜の花弁が散っている。

 懐かしい校舎が見える。

 星辰館学園……ミレイの母校。


 校門の前に立ってそれを眩しげに見上げている比良坂ミレイ。

 卒業式の日以来、ここに立つのは初めてだ。


「……あ、あんまり、代わり映えしません、ね」


 声がして彼女は振り返る。

 背後にいつの間にかいたのは儀仗トモエだ。

 今日は自分が彼女をこの場所へと呼び出した。


 型通りの挨拶を済ませた後で二人は並んで歩き出す。

 桜の花の散る中、校舎に沿った通りを。


「な、なな、なにか、仰りたいことが……あるのでしたら、き、聞きます、よ」


「そうですね……」


 トモエの言葉にミレイは俯く。

 言いたいことはいくつもあった気がするが……。

 いざこうして顔を合わせてみると全部どうでもいい事のような気もする。

 ……いや、どうでもいいわけがない。

 彼女には自分の事務所のスタッフが一人半殺しにされているのに。


「お、お、怒られるものかと……」


「怒る。うーん……怒るかぁ」


 トウガの件に関してはその前に彼が久我峰カイをぶっ飛ばしたからというのもある。

 それもカイが自分に難癖を付けて来たからで……自分だって単に通用しなかったというだけでカイには散々暴力は振るっているのだ。


 結局……双方、暴力が混ざると泥沼になるしかないという事なのかもしれない。

 どこまでいったら終わりになるのか、誰が悪かったのか……それが全部ぐちゃぐちゃになってしまって、キリがなくなってしまうのだ。


 自分が暗くて重たいものを内側に抱えずに済んでいるのはやられたトウガの性格に救われている面もある。


『こんなもんはどーってこたぁねえよ! よくあるこった! ……いや待て! よく負けてるって意味じゃねえぞ! ケンカなんかよくあるってことだ。勝った負けたはそん時の風次第だわな』


 ……そう言ってあの大男は笑っていた。


 だから今の自分はトモエを糾弾したいというわけではなく。

 彼女の在り方を正したいとかそういう上から目線の正義感というものでもなく……。

 では何かと言われてみれば、ただ会って話がしたかったというだけなのかもしれない。


 それでようやくミレイは改めて気が付いた。

 自分はこの風変わりな先輩の事が友人として好きなのだ。


「先輩はやりたいって言っていたことはできたんですか?」


「……そ、そうです、ね。ど、どど、動画配信者の人を、アシストとか、ま、マネジメントしたりする会社を作りまして……よ、ようやく、色々と軌道に乗ってきた……感じ、かなと」


 彼女は自分が動画を作るのではなく裏方となる道を選んだのだ。

 開業の資金はマキナと山分けにした例の魔力を売り払ったお金で……。

 ついでに何をするわけでもないがマキナはそのままトモエの会社の所属タレントの一人として名を連ねていたりもする。

 そのお陰でゼウス関連の会社からの嫌がらせは今のところない。


「あ、会えて……お話が、できて……ホッと、しました。ヒラサカさんに、き、嫌われて……嫌われてしまった、かも、しれないと……。そう、思ったら、胸が……く、苦しかった、ので」


「そうですね。私も先輩とこれで険悪になってしまうのかなと思ったら悲しくなりました」


 お互いに顔を見合わせて不器用に微笑みあう。


 二人はどちらも超人(オーバード)で……。

 そして両者を取り巻く環境はどちらも中々に複雑で、この先二人の関係はどうなっていくのかは未だ深い霧の向こうでよくはわからないが。

 それでも今はこの暖かい遊歩道で思い出話に花を咲かせるくらいはいいだろう、と……そう思うミレイであった。

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