真紅の龍帝
久我峰カイは好戦的な性格というわけではない。
話し合って物事が解決するならそれが一番いいとは思っている。
そしてそれはそれとして「暴」の意味と効果もよく理解していて、必要ならばそれを行使する事も躊躇いはしないのだ。
身構えている巨漢。筋肉質の無頼の男……緒仁原トウガ。
よくよく調べてみるまでも無い。この男ほど「わかりやすい」超人も他にはそうはいないだろう。
見たままの男だ。
食って寝て飲んで笑って……その他の事は全てが武術。そんな男だ。
「お前の名と流派の名は調べてあるが……」
カイは構えは取らない。
彼には格闘技の経験も心得もないからだ。
とはいえこれまで超人の猛者との戦いを数度経験してきている彼はその相手の使った武術をある程度模倣できる。
所謂「見よう見まね」ではあるもののカイの身体能力と魔力でそれをやれば大抵の超人は問題なく打倒できてしまう。
「実際に味わってみたいな。どんな戦い方をするんだ、お前は」
超人の優れた武術家との戦いはカイにとっても貴重な学びの場なのだ。
その事には少し胸が躍らないでもない。
呼吸も忘れてミレイが見守る前で両者の死闘が始まろうとしている。
対峙する二人の猛者が互いに魔力を噴き上げる。
背後の建造中の巨大な建物が鳴動する。
「行くぜぇッッッ!!! どりゃぁぁぁッッッ!!!」
咆哮を上げながら数十mの距離を刹那でゼロに変えて拳を突き込むトウガ。
閃光にして暴風。槍の鋭さと鉄槌の破壊力を併せ持った拳打。
捻りを加えられつつ一直線に放たれた拳がカイのボディのど真ん中に突き刺さる。
分厚い鉄板すら粘土のようにひしゃげさせるトウガの剛拳は浴びれば超人であろうがただでは済まないはずだが……。
「ぐ……ッ!!!」
カイが呻いて表情を歪め前のめりに身体を折った。
先刻あれほどミレイの蹴りの乱打を浴びてもピクリとも動かなかった表情に初めて苦悶の相が浮かぶ。
「んげッ!! マジかよオイッッ!!!」
だが拳を打ち抜いた体勢のトウガもまた驚愕に表情を凍て付かせている。
「硬ってぇ……直撃でそれかよ。とんでもねえな」
痺れる右手をぷらぷら振りながら下がるトウガ。
カイは大きく息を吐きつつ打たれた腹の辺りに手を当てている。
「まさか俺の魔力を抜いてダメージを与えてくるとは……」
腹部の内側にある鈍い痛み。
だがそれも瞬く間に消えてなくなる。
魔力を糧とした自然治癒だ。
渾身の一撃が僅かなダメージを与えられたとしてもそれが蓄積される事は無い。
そして……。
「!!」
構えを取ったカイにトウガの表情が強張った。
あの構えは……自分の……!
「こんな感じか?」
先ほどのトウガと同じ型でカイが拳を突きこんできた。
「ッッ!!!!!」
咄嗟に両腕をバツの字に交差させて拳を受け止めるトウガ。
激しい打突音が鳴り響いて彼の巨体が後方に数m下がる。
完璧な防御。
だがその両腕に刻まれた痣からはしゅうしゅうと白い煙が上がっている。
ガードして尚、トウガの全身に直ぐには癒えないダメージが残った。
「どうだ? 先生」
「くっそ~ッ。80点だぜ……」
フン、と不敵に笑ったカイに引き攣る笑みで応じるトウガ。
カイの今の打撃は見た目のみを真似たものではなかった。
術理までも理解できていなければ出せない威力。
実際、武術において「食らって覚える」というのは効率がいいのである。
受ける側のダメージというものを考慮しなければであるが……。
「次のレッスンだ。来い!」
「チョーシ乗ってんじゃねぇぞゴルアッ!! 学ぶ側のがエラソーじゃねえか!! 授業料払えやッ!!!」
トウガが猛然と襲い掛かる。
迎え撃つカイの目が猛禽のように光を放った。
拳が、肘が、膝が、踵が……容赦なく浴びせかけられる。
そして……。
五分間にも満たない短い間の時間で周囲の光景は一変していた。
あちこちの地面は抉れて作りかけの建造物の鉄骨が歪み全体が傾いてしまっている。
「……………」
そんな中、全身に傷を刻まれて血で汚れたトウガが立ち尽くしていた。
対するカイはほぼ無傷。
嵐のようなトウガの猛攻を全て受け切ったカイはそのいくつかの攻撃を模倣してみせた。
それを受けたトウガは徐々に傷を増やしていき、とうとう動きを止めてしまう。
体力か……気力か。
どちらか、或いは両方が尽きようとしているのか。
その痛々しさに直視するのも辛そうなミレイが唇をかみ締めている。
「こうなるのはわかってただろ。それにしても随分暴れたもんだ」
感心したように言ってカイが肩をすくめた。
傷どころか呼吸を乱してすらいない。
「お前の魔力じゃ俺は倒せない。わかりきってた結果だろ」
「それで……」
俯いていたトウガが顔を上げる。
血で汚れた口元に不敵な笑みを浮かべつつ。
しかし彼の消耗は明らかであり、その証拠に呼吸は乱れて両肩が激しく上下していた。
「それで話が終わっちまったら……武術はいらねえよ」
「まだ虚勢を張れる元気があるのか」
呆れて鼻から息を吐くカイ。
そんな彼に向かってトウガは手招きする。
「俺ばっか技を見せてばっかでずりぃじゃねえかよ。そろそろ大将のカッコいいやつを見せてくれよ」
「そうだな」
……明らかな挑発だ。
だがカイはあえてそれに乗る。
この状況から何ができるのか。何をする気なのか……トウガの奥の手に興味が沸いたからだ。
(恐らくカウンターを狙ってるんだろう)
ここから一発逆転を狙うのだとしたらそのくらいしかあるまい。
自分の大技を捌き凌ぎつつ、放った直後の無防備な状態を狙う。
理にかなってはいる。
大技を放った直後であれば防御の為の魔力が霧散して戻りきってはいないだろう。
ただそれは反撃ができればの話。
「これ以上お前の頑丈さに付き合うのもくたびれる。そろそろ楽にしてやるよ」
ふわっとカイの両足が地面を離れ彼は垂直に浮き上がる。
全身を覆った赤い魔力が電撃に変化しながら螺旋を描いて彼を取り巻いていく。
やがて雷電は龍に姿を変え更に大きさを増していく。
「『真紅の龍帝』」
この一撃はカウンターなど不可能だ。
一切合財を消し去る赤い雷の龍。
久我峰カイの最強の一撃。
雷電で形成された龍が二匹、互いに絡み合うように螺旋を描きながらトウガに向けて突っ込む。
思惑があるのか、それとももう立ち尽くして何もできないのか……。
「先輩ッッッ!!!!」
ミレイの悲痛な叫び声の響く中で、トウガが巨大な電撃流をまともに浴びてその中に消えていった。
赤い爆発が起きる。
大気が震える。
「終わりだな。まああの頑丈さならギリギリ生命は……」
言葉が……止まる。
カイが目を見開いた。
赤い塊が自分に向かって飛び込んでくる。
「こいつが……俺の取っておきって奴だ。よぉっく拝みやがれ」
全身に赤い雷を纏った緒仁原トウガが飛翔し襲い掛かってくる。
自分の放った攻撃魔術で全身を包んだ彼はさながら赤い流星だ。
「天凱流、『不撓転波』」
繰り出される拳。
それをカイが魔力を集中して防御するが……。
「おおおおッッッッッ!!!!!」
阻めない……防げない。
強大な久我峰カイの魔力を障壁にしても真紅の雷を纏って加速するトウガの拳がそれを貫いて彼の身体を激しく打つ。
カイの胸部の中央が拳の形にクレーター状に抉れた。
天凱流の極意は全身を覆う魔力の流れを自在に操り操作する事。
その極みとも言える技がこの『不撓転波』だ。
トウガは自分の全身を覆った魔力をあえてギリギリまで少なくして極薄の層にして、それを高速で流動させていたのである。
その状態で彼は赤い雷を受けた。
真正面から受け止めるのではなく斜めに受け高速で流れている魔力の層の上を滑らせたのだ。
そうして彼は雷を浴びることなく全身に纏い、それを爆発力に変えて拳を加速させた。
「どーよ、ニイちゃん」
自らの放った最強の一撃を利用して増幅された一撃を浴びたカイ。
彼の胸板にトウガの拳が無残にめり込んでいる。
「お勉強にゃ、なったかい……?」
カイは答えない。
既に彼の意識は失われている。
そして……ブラッドレイン最強の戦士は大きく開かれた口から血を吐き散らし、文字通り自らの生んだ血の雨の中を地面に落下して動かなくなった。
……………。
「は~ッ、面倒くせぇ相手だったな」
大きく伸びをして、それから両方の肩を億劫そうに交互に回しているトウガ。
彼の視線の先には未だに仰向けに倒れてピクリとも動かないカイの姿があった。
「先輩、平気なんですか?」
近付いてきたミレイの表情は曇ったままだ。
どうやら相当やられていたトウガの体調を案じているらしい。
「ンなもんどうって事ぁねえよ。鍛え方が違う」
ムンッと力瘤を作ってポーズを決める大男。
「あー、それと、お前そのセンパイってのはもうやめろ。お前はバアさんの跡を継いでウチの頭になったんだ。もう俺のことも呼び捨てろ、ケジメだケジメ」
今言うことかな、とは思いつつ肯いて了解するミレイである。
「……ところでどうだった? 俺の天凱流はよ。カッコよかったろ? お前もこのイカす武術を身に付けてえって言うならしょうがねえ。身内の誼で特別に教えてやらん事も……」
「いえ、それは結構です」
ミレイがバッサリ断るとトウガは小動物のようになった瞳を潤ませた。
目下ミレイには気がかりな事があってそれどころではない。
「彼をどうしましょ……あッ!!!?」
倒れて昏倒しているカイに異変が起きていた。
その事に気付いたミレイが青ざめる。
いつの間にか倒れたカイの真下の地面に一本の亀裂ができていたのだ。
単なる地割れなどではない。その証拠に僅かに開いた裂け目の向こう側は土の下ではなくどことも知れない渦巻く暗黒だ。
そしてその裂け目の向こう側の闇から伸びた無数の青白い手が彼の身体を掴んでいる。
「待ちなさ……」
飛び出しかけたミレイ。
その肩を脇から太い腕を伸ばしてトウガが押さえた。
「危ねえよ。不用意に飛び込むんじゃねえ」
トウガの言葉に我に返ったミレイ。
彼の言うとおりだ。どんな能力、現象かもわからないものに軽々しく接触するべきではない。
二人の目の前で無数の腕はカイを裂け目に引き込んでしまう。
そして腕が引っ込むのと同時に裂け目は閉じてその跡も残らず消失し、後には何も残らないのだった。




