分相応の生き方
事務所に助けを求めてきたトウガの舎弟を称するはぐれ超人……白木カツノリ。
自分しか動ける者がいないと悟ったミレイは彼を救出に行く決意を固める。
(とにかく、彼を保護して後は逃げに徹する……!)
シズクに聞いている話では超人狩りとは人気のない場所で単独の標的を狙っているらしい。
余程頭のネジの外れた者でなければ人目のある場所まで逃げられれば襲ってはこれないはず……。
超人狩りには関わるなと警告を受けたばかり。
できるならそうしたい。ミレイだって自分の身が危険に晒されることに抵抗を感じないわけではないのだ。
だが……見て見ぬフリは自分にはできそうもない。
比良坂ミレイは誰かの力になりたくて黒羽の事務所へ入ったのだから。
やれる事をやるしかない。
……………。
超人狩りと思しき相手に追われている白木カツノリ。
彼が現在自分が潜んでいる場所として知らせてきた場所。位置情報と共に彼が電話でまくし立てたのはそこが工事現場であるという事だ。
近くまでタクシーで来たミレイが精算して車を降りると……。
「ちょっと……!」
目の前の光景に思わず彼女は声を上げてしまった。
自分が想像していたよりもとんでもなく広い敷地。
そして骨組みが出来上がっている巨大な箱型の建造物。
現場を取り囲んだフェンスに掛かっている案内看板を見ると、ここは火倶楽でも最大となるショッピングモールを建造している現場のようだ。
こんな所で超人狩りを出し抜いて隠れている相手を先に探し出せというのか……。
「……?」
そこでふと気が付くミレイ。
妙だ。これだけの現場なのに静まり返っている。
人の気配がない。
休工日か? とも思ったが看板のスケジュールを見る限りそんな事もないようだ。
時刻は間もなく日が傾き始める頃……作業を済ませて引き上げたとしても早すぎではないか。
ともかく、こんな所に突っ立って首をひねっていてもしょうがない。
敷地内に足を踏み入れるようとして……。
「!!」
誰かが後ろから自分の肩に手を置いた。
振り返るとそこには……。
「ユカリ!」
壬弥社ユカリがそこにいた。
彼女はとても心配そうな、沈痛な表情で自分を見ている。
一瞬の事であった。
気が付けばそこには誰もいない。
夕暮れの工事現場を前にして自分は一人でそこに立っている。
立ち尽くしている。
まぼろし……?
茫然としているミレイ。
肩に置かれた手の感触と温もりがまだ残っている気さえする。
だけどそこにはユカリはいない。
たった今、確かにすぐ目の前にして自分を何かを憂いるような目で見ていた彼女はいない。
今見たものは何かを暗示しているのだろうか……?
躊躇いながらもミレイは振り返って前へと進み始めた。
……………。
不吉の予感の原因とはすぐに邂逅する事になった。
現場に足を踏み入れてすぐに、一人の男がいる。
「!」
自分に背を向け、堂々と仁王立ちして巨大な建造中の建物を見上げている男。
金色に染めた髪を獅子の鬣のように広げて彼はそこに立っている。
豪奢な金の刺繍の施された黒スーツに同じく黒いロングコート。
紅いマフラーを首の後ろに引っかけて垂らしており、白シャツの開いた胸元には豹のガラのアスコットタイを覗かせている。
ホストか、さもなければ舞台で王族の役を務める者か……そんな印象の出で立ちだ。
「こんな所で会う事になるとはな」
振り返らずに男が言った。
明らかに背後の自分に向けた言葉だ。
「なぁ? 比良坂ミレイ」
ミレイが身構える。
ゆっくりと振り返った男。
……仕草が一々仰々しく芝居がかっている。
目付きが鋭く整った顔立ちで、思ったよりは線の細い面相の若い男だ。
初めてみる顔だが相手は自分の事を知っている。
お前は誰だ、と視線で問いかける。
そんな自分の鋭い視線を受けて金の若獅子が悠然と口の端を上げる。
「俺は久我峰カイ。紅血の騎士の統率者……ヘッドだ」
カツン、と靴音を鳴らしてカイが一歩前に出る。
それだけの事で周囲の重力が増したような気がした。
息苦しい……動悸が早くなる。
自分は今巨獣を目の前にしていると本能で察する。
この男が……ブラッドレインの首魁。
彼が超人狩りだとすればブラッドレイン全体がそれに関わっているのか。
だとすれば、あの塾講師布場ケントの死もその一環か。
「……そして、そう遠くない未来にこの火倶楽の超人たちを統べる存在になる男だ」
「そうですか。それは御苦労様」
精一杯の皮肉を込めてそう言い返す。
声が震えないように細心の注意を払いながら。
「うちの者たちが失礼をしたようだな。よく思われてはいないのも無理からん事だ。頭首として詫びておこう」
「………………」
先日の堂丸リキヤの一件を言っているのだろう。
謝罪すると口にはしながらも冷徹な目で男はこちらを見下している。頭を下げもしない。
「あのね……」
はぁ、と大袈裟に嘆息してからカイに改めて強い視線を向ける。
「その勿体ぶった喋り方は何? 時代劇のおつもり?」
「……………」
初めて男の余裕がやや乱れる。
少しムッとした表情になるカイ。
それを見て確信する。
超人は見た目では実際の年齢はわからない。
だがこの男は何となく外見相応の年齢ではないかと思った。
その直感は間違っていなかったようだ。
「立場によって相応の振る舞いというものがあるんだよ。お前だってわかるだろ? 元皇女サマ」
皮肉のつもりか、口の端を上げて口調を崩したカイにミレイは目を細めた。
色々とこちらの経歴は調査済みらしい。
「そんなものは相応しい生き方をしていれば自然と身に付くものよ。中身が伴わなければ滑稽なだけ」
「ずけずけと物を言う奴だな。勇ましいのも結構だが現状をちゃんと把握できてるのか?」
掌を上に、胸の高さまで手を持ち上げる久我峰カイ。
その手の中に赤く光る魔力の球体が発生した。
それは可視化された破壊エネルギーそのものだ。
大きさは野球のボールくらいだが、それが秘めた破壊力を想像するミレイの眉間から冷たい汗が伝う。
「お前の言うように俺が大した人格者じゃないとしたら挑発に対してこういうもので応じる可能性もある。それを頭に入れておけ」
フン、と鼻を鳴らしてからカイは手の中の光を消した。
「それを踏まえて話を聞こうか。……俺たちの仲間になれ、比良坂ミレイ。成功者としての社会的な地位と高額の報酬を約束する」
「私は紅い雨を見ていない」
首を横に振ってミレイが拒否する。
「超人であれば出自は問わない。何を切っ掛けに覚醒したかなんて大して重要じゃない」
「断れば私も布場ケントさんのようになるのかしら?」
その一言は放ったミレイが考えていた以上に効果があった。
一瞬虚を突かれたように目を見開いてカイが硬直したのだ。
数十秒の沈黙をはさんで彼はフーッと重たい息を吐き出してから再び口を開く。
「あれは不幸な行き違いだった。お前は俺たちを凶悪な暴力集団だと思っているかもしれないが……」
尚も何か言葉を続けようとして考え直したかのように途中で言葉を切ったカイ。
「仲間にならないっていうならそれでもいい。大人しく帰って、それからはなるべく俺たちの視界に入らないように静かに注意深く暮らしていけ。そうなればこっちから積極的に関わりはしない」
今度はミレイが長い息を吐く番だった。
そうしたいのは山々、だがそういうわけいはいかないのだ。
「どちらも御免だと言ったら?」
「それは……」
カイが俯く。
周囲の空気が細かく振動を開始する。
「……賢い選択とは言えないな」
再び彼が顔を上げたその時、瞳には冷たい光があった。
やむをえない、と覚悟を決めた男の顔だった。
その表情を見てミレイは確かに争いそのものは彼の本意ではないのかもしれないと初めてそう思ったが……。
だが事ここに至って両者は互いに退けないのだと理解する。
「……『絶対』を教えてやる。来い」
無造作に早足で接近してくるカイ。
跳躍し上空から強襲しつつ蹴りを乱打するミレイ。
雨霰と降り注ぐ蹴撃の中、軽く首を横に振ったカイはその場で足を止めてされるがままになる。
「……ッ!!」
一方的に相手を滅多打ちにしながら表情を歪めたのは攻撃側であるはずのミレイ。
ダメだ。届いていない。
カイの全身を覆っている薄い魔力の皮膜で全ての攻撃が阻まれてしまっている。
彼女は知らない事であるが、それは以前葛城ジンパチが財団のギャラガー総帥に対峙した時の状況に酷似していた。
圧倒的魔力を持つ者はただそれを放出しているだけで並大抵の攻撃は弾いてしまう。
「俺たちは何もかもを手にしたいなんて思ってない」
無数の蹴りを浴びつつも涼しい顔でカイは告げる。
「ただ自分の実力に見合った生き方がしたい。地位が欲しい。それだけだ」
右手を上げる。スナップを効かせて指をパチンと鳴らす。
発生した衝撃波がミレイの全身を打ち彼女を空へ舞い上がらせた。
「……ッッ!!!???」
宵闇の空を見上げるミレイの意識が明滅する。
攻撃と呼んでいいのかすら怪しい一撃。単純な魔力を弾いただけでこの威力。
土を剥き出しにした地面に彼女が頭から落下する。
「オオッとぉ!」
……そのミレイを誰かが抱き止めた。
「ふぃ~っ、危ねえとこだったぜ。どうにか間に合ったか……いや間に合ったって言っていいよなこれ? セーフにしといてくれ」
何やらぶつぶつと言いながらミレイを地面に下ろす何者か。
異様に分厚い胸板の野太い声の男……。
「緒仁原先輩!!!」
その男、緒仁原トウガがニヤリとニヒルに笑ってみせる。
「遅くなって悪かったな。カツの野郎は俺が使ってる情報屋でよ。ヤバい事になってるって聞いて肝を冷やしたぜ」
ぽんぽんと大きな手で子供をあやすかのようにトウガはミレイの頭を軽く撫でるように叩いた。
「あのニイちゃんはお前にゃまだちっと早えな。バトンタッチといこうぜ。下がって見てな」
ぱしん、と胸の前で右の拳を左の掌で受けるトウガ。
(新手か。……かなり強いな)
そんなトウガをカイが冷静に分析している。
これまでに遭遇したどの超人よりも強い。
だが、自分には及ばない。
目の前の男も相当な魔力量ではあるが、それでも自分の方が……圧倒的に上だ。
「天凱流の緒仁原トウガだ。一丁漢比べといこうじゃねえか、派手なニイちゃんよ」
「中々の実力者と見受けるが、だとしたら尚更悟って欲しいもんだ。勝ち目なんかこれっぽっちもないって事をな」
構えを取るトウガに対して全身から赤いオーラを噴き上げるカイであった。




