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超人狩り

 統治局保安課本部ビル。

 その廊下を規則正しい歩調で進む胸に一輪の薔薇を挿したスーツ姿の伊達男……特務部隊指揮官のテオドール。

 ちょっと笑えるレベルのその気障な出で立ちから局内では「変わり者のナイスミドル」として名が知られているが……有能な男でもある。

 そしてその斜め後ろを歩くのは長い黒髪を流して歩く男装の剣士シズクだ。


「……超人(オーバード)狩り?」


「ああ、そう呼称するのが相応しい。ここ二ヶ月で三人だ」


 二人は歩きながら言葉を交わしている。

 自分の発言をオウム返しにしてきたシズクに肯くテオドール。

 格好の自己主張に対して彼の表情は何かを主張する機会はほとんどない。

 感情をあまり顔に表さない男なのだ。


「対象はいずれも無所属(フリー)、そして未登録(モグリ)超人(オーバード)だ。昨晩はとうとう神原(カンバラ)がやられた」


 その名に一回微かにシズクの眉が揺れた。


 神原ダイゴは保安課が注視(マーク)している未登録(モグリ)超人(オーバード)の中でも最強格と目されている男だ。

 元々は歴戦の傭兵であり武器全般の扱いや各種の格闘術にも長けている。

 彼を戦って打ち倒したというのであればそれをやったものは相当な強者だ。


「死にましたか」


「いや、息はある。ただ意識は無い。仮に戻っても二度とは前のように戦う事はできないだろうというのが医局の見解だ」


 超人(オーバード)なら個人差はあれ誰もが魔力量に由来する超回復能力を持っている。

 だから倒しきるとなれば命を奪うか、さもなくば完全に元通りになるのは不可能というレベルで徹底的に破壊する必要がある。


「お前もまだ私に知らせていない『お友達』がいるのなら注意喚起してやれ。併せて登録も勧めてやることだ」


 淡々と告げる上司に無言のシズク。

 この男に関係を把握されていない超人(オーバード)の知人はシズクにはいない。

 元より社交的なタイプではないのだ。


 今だって心底自分にはユカリさえいれば他に親しい相手はいらないと思っているシズクであるが……。


「……………」


 自分にはもう他に親しい超人(オーバード)の知人はいないがユカリを経由するのならいくつか思い当たる顔がある。

 警告くらいはしておくか、と無言で思案するシズクであった。


 ─────────────────────────────────────


 ゼウス・カグラ本社ビルの一室、久我峰カイのオフィスの午後。


 リーダーに報告に訪れている天河マキナ。

 午前中に顔を出すことになっていたが余裕でぶっちぎった彼女は午後にやってきた。

 これでも当日中に顔を出しただけまだマシというレベルのちゃらんぽらんっぷり。


 それを内心快くは思っていないカイであるが強くは咎め立てようとはしない。

 先日の布場ケントの一件から彼はメンバーの扱いには慎重になっている。

 基本的に従順な者たちではない。自分の方が強者であるという事実だけでは御しきれまい。


 だがその事を脇へ置いても豪奢な執務机に座るブラッドレインの頭首の表情は冴えない。


「データからすればこっちの掲示した条件で靡くと思っていたのだがな……。何が気に入らなかったというのだ」


 フン、と鼻を鳴らすとカイは書類の束を机に投げ出す。

 それはある超人(オーバード)についての個人情報……昨晩、マキナが出向いて再起不能にしてきた神原ダイゴのものである。


「知らないけどー……うちみたいな年下が来て仲間に入れてやるとか言われてムカついたんじゃないの~?」


 遅れてきた挙句にまるでそこが自分の部屋であるかのように寛いでいるマキナ。

 応接用のソファに陣取って来る途中に買ってきたスイーツを食べている。

 ちなみにしれっと語っているが報告内容の大半はデタラメだ。


 マキナは神原ダイゴとロクに交渉などしていない。

 名乗ったら向こうの態度が悪かったのでムカッときてよく考えずに再起不能にしてしまった。


超人(オーバード)を見た目で判断したというなら浅はかの極みだな。年齢を口にしたのか?」


「言ってないけど~。うちってめっちゃイマドキのワカモノだし、話しててわかったんじゃない?」


 へらっ、と笑うマキナ。

 スマホの画面を見つつ話す彼女はカイと目を合わせてもいない。


 正直なところ……カイは彼女がきちんと自分の使いという役割をこなしてきたのか、そこを怪しんでいる。

 事実としてあるのはこの女が交渉相手であった超人(オーバード)をスクラップにしてきたという事だけだ。


 こちらの誘いを蹴ったというのなら叩き潰すのはやむなしとは思うが……。

 それもこうまで続くとなると話が違ってくる。

 このままでは火倶楽の超人(オーバード)の世界で自分たちはイカれた戦闘集団という認識になってしまう。

 カイが目指しているのはブラッドレインを統率された精鋭部隊にすること。

 狂戦士の群れを率いるボスになりたいわけではない。


(……次は俺が自分で出向くか)


 ついには靴を脱いでソファに寝転がり始めたマキナを見てそう思うカイであった。


 ─────────────────────────────────────


 ある日の午後、突然黒羽探偵事務所に蛇沼シズクがやってきた。


 多少緊張気味に応対するミレイ。

 全く面識のない相手ではないもののまともに話すのは初めてだ。

 統治局が抱える最強の剣士。

 超人(オーバード)の戦士となった今のミレイからすれば雲上にいる実力者である。


 ……そして、自分の婚約者であるユカリと()()()()()関係である女性の一人だ。


 ……………。


 シズクがやってきたのは、ここしばらくで頻発する何者かによる超人(オーバード)狩りの件でミレイに警告するためであった。


「……そういう事だ。何かあれば連絡を入れろ。不用意に首を突っ込むな」


 冷淡に告げる黒髪の美女。

 彼女は普段から誰に対してもこんな態度なのだが、それでもミレイに対しては自分に若干の棘があるという事を自覚せざるを得ない。

 彼女に対する自身の複雑な思い……ぶっちゃけて言うと恋敵(ライバル)への反発心だ。


「ユカリは? 特定の勢力に属していない超人(オーバード)が狙われているのならユカリも危ないの?」


「ユカリは業界じゃフリーとは見られていない。ガイアードカグラの社長(ガストン)と懇意だからな。それに加えて財団総帥の姪を養女にしてる。ガイアード系か財団系と思われているさ」


 更にはユカリはエトワールを引き取るときに正式に統治局に登録を済ませたので局とも関係ができている。

 あの堅物を超えた堅物……法規(ルール)の鬼である局長(エンリケ)がエトワールの一件では超法規的措置として彼女のわがままを飲んだ。

 これは相当なレアケースであり、そのまま局長のユカリへの好感度を示している。


「それなら私だってその勢力のはずよ。私はユカリの婚約者(フィアンセ)なのだから」


 自信満々に言い放つミレイにシズクのこめかみの辺りが一瞬痙攣するが前髪に隠れて見えてはいない。

 努めて冷静を装う彼女であるが内心は穏やかではないのだった。


「周囲はそう思ってないってことだ。……それだって勝手に言ってるだけじゃないのか?」


「そ、そんな事はないわ! ユカリは私に一生一緒にいてくれるって約束したもの!! それは婚約(エンゲージ)じゃない!!」


 必死なユカリの声量が上がる。

 それに反応して思わずシズクが手にしていたカップの液面が波打った。


ユカリ(アイツ)は~……ッッッ!!)


 ……わかってはいるのだ。

 壬弥社(ミヤノモリ)ユカリはそういう女であると。


 内心で思いっきり渋い顔になるシズクが「あっはっは!」と能天気に笑っているユカリの顔を思い浮かべた。

 軽々しくそういう約束をする女なのだが、別に噓をついているわけではない。

 その証拠に過去とんでもねえ数の女性に手を出してきているユカリだが相手に去っていかれて関係が途絶えることがあってもユカリから相手をフッた事は一度もないのだという。


「……とにかく、お前に何かあればユカリが悲しむ。自重しろ」


 ともかく自分にとって重要なのはそこだけだ。

 治安維持よりもシズクにとっては優先度が高い。


「はい……」


 そこをわかっているのか素直にしおらしく了解するミレイであった。


 ─────────────────────────────────────


 シズクが引き上げていった後でミレイは所長のデスクで物思いに耽っていた。


 あの黒髪の美女が言い残していったことが頭の中をぐるぐると回っている。

 自分が危険な目に遭えばユカリが悲しむ。

 だけど自分はユカリに護られているだけの存在ではなく肩を並べて戦えるパートナーになりたい。


 強くなりたい。

 ただ危険を冒さず手に入れられるほど強さとは甘いものではない。


「……はぁ」


 堂々巡りになる思考に思わず重たい息が漏れる。

 そんな彼女の悶々とした気分を断ち切ったのは突然事務所に鳴り響いた固定電話の音であった。


「はい、こちら黒羽探偵事務しょ……」


『兄貴ッ! 兄貴はいるか……!? オニハラの兄貴は……!! 連絡が付かねえんだッッ!!」


 受話器から聞こえてくるのは切羽詰まった男の声だ。

 その勢いに思わずミレイは耳から受話器を離して顔をしかめる。

 どうやらトウガの関係者のようだが……。


「緒仁原は今出払ってますけど……。どなた? どういったご用件でしょうか」


『俺は白木(シロキ)カツノリってモンだ。兄貴の……緒仁原トウガの舎弟だよ。今スゲえ困ったことになっちまってて……それで兄貴に助けてもらいてえんだッ!!』


 震える早口でまくし立てるカツノリと名乗る男。

 確かに相当追い詰められているらしい。


「私は所長代理の比良坂ミレイです。お困りでしたら私が話を聞き……」


超人(オーバード)狩りだよ! 超人(オーバード)狩りッッ!! 今追われてんだ!! 殺されちまう……助けてくれッッ!!!』


 カツノリの必死の訴えにミレイが衝撃を受ける。

 まさか話を聞いて警告を受けて早々に超人狩りの事件にぶつかるとは……。


「わ、わかりました……! 幸いその件の担当の保安課の強い人に伝手があるのですぐに連絡を……」


『統治局ゥ!!? ダメ、ダメダメダメ!! 統治局はダメだッッ!!! ……俺はさぁ、色々やらかしてるんだよ。統治局なんかに連絡されたらそのままお縄になっちまうッッ!!」


 ……何ということだ。

 白木カツノリはどうやら()()()()のようだ。

 この言いようから彼が何らかの法を犯している存在である事は疑いようがない。


 どうする……。


 受話器を手にしていない方の手でスマホを操作するミレイ。

 今事務所には自分一人だ。

 トウガもキリヲもすぐに留守電になってしまって連絡が取れない。


 迷っている時間はない。


「私が行きます。私も超人(オーバード)です。今どこですか?」


 決意の眼差しでカツノリに現在地を問うミレイであった。

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