アキラ、渾身の一発芸
非常灯の明かりだけでわずかに照らし出された広いフロア。
閉店後の大型百貨店。
深夜の現在、そこにけたたましい非常ベルの音が鳴り響いている。
そして、そんなものは気にする様子もなく内部を物色している一人の男。
目つきが悪く無精ひげにぼさぼさの髪の中年男だ。
薄汚れた作業着でリュックを背負った彼は無造作に拳で目の前のショーケースを叩き壊す。
そして貴金属、アクセサリや腕時計などをリュックの中にどんどん詰め込んでいく。
「……ヒヒッ」
盗品でリュックをパンパンにした男。
耳障りな甲高い笑い声を短く発して彼は眼前のシャッターに体当たりした。
鉄製のシャッターを呆気なく突き破り、更にはビルの外壁の分厚いガラスも体当たりで破って外へ飛び出す男。
「ヒャハハハハッッ!!!」
数十m下の地上へ向けて落下しながら男は哄笑している。
そして彼は地上に激突する直前にくるりと空中で回転して足を下へ向けて派手に歩道を砕いて破片を巻き散らしながら着地した。
「チョロいもんだぜ……」
フンと鼻を鳴らして男が立ち去ろうとしたその時……。
「おい、止まれ」
夜風に乗って彼の耳にその一言が届いた。
振り返ったその先をギロリと睨み付ける作業着の男。
そこに立っていたのはラフな格好の一人の長い黒髪の剣士だ。
「統治局保安課だ。罪状は……後で説明を受けろ」
切れ長の怜悧な瞳に相手を映しながらぶっきら棒に告げる蛇沼シズク。
「……同類かよォ。初めて見るぜ」
ヒヒッと笑いながら作業着の男が身構えた。
するとその身体から真紅のオーラが噴き出す。
共鳴した周囲の電柱や街灯がビリビリと震え始めた。
「……………」
僅かにシズクが目を細めた。
「どんなもんだァ!!? おめぇのチカラはよォッッ!!!」
赤い輝きを纏って猛然と突っ込んでくる男。
彼は自分以外の超人に遭遇したのはこれが初めてだ。
相手が自分と同等の存在である事には気付けたがその実力差には理解が及んでいない。
「それ程でもないさ」
男のタックルに対し僅かに斜めに移動しつつすれ違うシズク。
「ただお前如きの相手なら十分だがな」
すれ違ってそのまま走り続ける男。
その目がぐるんと裏返って白目になり、彼はそのまま前方に身を投げ出すようにして倒れた。
すれ違いざまに刀を抜き放ったシズクに峰打ちを食らったのだが、彼は相手の白刃を視界に収めることはできなかったし何をされたのかも知ることはできなかった。
(つまらない犯罪を企む奴にしては妙に大きな魔力だったな……)
倒れて意識を失っている作業着の男を見下ろすシズク。
その彼女の耳に近づいてくるサイレンの音が聞こえてきた。
──────────────────────────────────────
一連の逮捕劇を少し離れた場所から見守っていた者がいる。
やさぐれた感じの若い男、鷲塚ガモンだ。
彼は建物の陰に潜んでいて状況を窺っていたが、やがてポケットからスマホを取り出すとどこかへコールする。
「まいど、ワシですわ」
片手をズボンのポケットに突っ込み、壁に背を預けるガモン。
「例のヤツ、迎えに来たんやけど……あかんですわ。強盗やりおって統治局に挙げられてもうてん」
『そうか』
苦笑交じりに報告するガモン。
スマホから聞こえてくるのは彼らブラッドレインのリーダー、久我峰カイの声。
そしてわずかな沈黙を挟んで彼は続ける。
『その程度の奴なら俺達には必要ない。……ご苦労だったな』
通話が切れる。
やれやれと嘆息しながらガモンがスマホをポケットに戻す。
徒労になってしまった。
数日前から目を付けていた自分たちと同じ赤い雨に打たれた男を見張っていたのだが……この有様だ。
(まぁけど、いきなり声掛けんで正解やったか。あんなアホとつるみたないしな)
意識のない状態で統治局に連行されていった男を思い出しながらガモンは顔をしかめる。
見た目や暮らしぶりから少々思うところがあって短絡的な接触を避けた彼であったが、今回はその嗅覚が役に立った。
同士を増やすべく在野の超人を捜索を続けている紅雨の騎士たち。
しかし今のところその成果は芳しくない。
ここ一か月の間にガモンは二人の超人を新たに見つけ出した。
だが一人は交渉がこじれて戦闘になり倒してしまった。
そしてもう一人は……つい先ほどシズクにのされて連れていかれた。
他の者たちは真面目にやっているのかいないのか……誰か見つけてきたという話は聞いていない。
「上手くいかんもんやで、ホンマに」
ポケットに両手を突っ込みボヤいてから彼は逮捕劇があったのとは別の方向へ歩き出す。
(……にしても、統治局の蛇沼シズマか。アイツはヤバいわ。マジモンや)
先ほど遠目に見た黒髪の剣士の鋭い一撃が瞼の裏に蘇る。
自分でもやっと捉えられた動きだ。相手の男にはまったく見えていなかっただろう。
(ありゃワシでも勝てるかわからんで……やるならリーダーに出てきてもらわなあかんかもなぁ)
シズクを思い出しながらそう考えているガモン。
勝てるかわからない、と思いつつも彼は自分では勝てないとも考えていない。
本人も気が付かないうちにガモンの口角が上がっている。
……武人の血が騒ぐ。
奴と戦ってみたい、刃を交えてみたいという気持ちが沸々と湧き上がってくる。
「いやいや、いやいやいやいや何を考えとんねん。ワシらはでっかい野望があって集まっとるわけやろ?
そないなガキみたいな事言うてたらたまらんで」
急に立ち止まって勢いよくブルブルと頭を左右に振るガモンをすれ違ったサラリーマン風のおじさんが薄気味悪そうに振り返るのだった。
──────────────────────────────────────
黒羽探偵事務所の午後。
例のお魚激減事件をミレイが解決して帰ってきてから数日。
今のところは新たな依頼も来ていない。
……………。
「おめでと~っ!!」
元気のいい声と共にパァンと響き渡ったクラッカーの音。
旗やキラキラした星の形の紙で飾り付けられた事務所に紙テーブと紙吹雪が舞った。
「おめでとうっていうか……ようこそ、ね」
「あ、そっか」
ミレイの指摘を受けて我に返ったアカネ。
三角のパーティー帽子に何故かパーティーグッズの鼻メガネも掛けている。
本来は寿司を取る程度に留まる話であったはずなのだ。
それをアカネが音頭を取って飾り付けが始まり料理はあれこれ増えてホールケーキも届いて……何だか妙に本格的なホームパーティーになってしまった。
普段は事務所に寄り付かないトウガまで顔を出している。
タダ飯の匂いを嗅ぎつけてきたか。
「改めて紹介するわね。うちの新しいバイトスタッフになった伊東アキラさんよ」
ミレイが皆にアキラを紹介する。
といっても全員網顔見知りになっているので本当に今更だ。
それでも多少ぎこちない動きで照れ臭そうにアキラが皆に頭を下げている。
「いや~、どうもっス! 俺本業はコメディアンで……『ハイパーココナッツ』って言うんですけど……」
「ハイココ? オノデラさんの?」
不思議そうな顔をするアカネ。
……いかん。注意しておくのを忘れた、と。初対面の時の自分と同じやらかしをしているアカネをしまった、という顔で見るミレイ。
「そっか~、コンビだったんだね! 知らなかった!」
「あはッ!! あははは!! き、ききき気にしないで!! よく言われるんで!!!」
無邪気に驚いているアカネに早くもちょっとヤケクソ気味になってきたアキラ。
「おっし! じゃあちょっと芸人っぽいトコもお見せしないとな! 一発芸いきます……!!」
む、とミレイが小さく唸って彼を見た。
どうやら何かやる気らしい。
ハイココの「じゃない方」の汚名を返上してコメディアンの矜持を見せるか……?
ハッキリ言って期待よりも不安が勝るミレイだが……。
あらかじめ持っていたらしいマイクを取り出すアキラ。
「え~では、参ります。『南ロッドランド地方に生息するアオムラサキバルーンツノガエルの鳴きマネ』!!」
背筋を伸ばしてお題を宣言すると、今度は猫背になってアキラはマイクに口を寄せる。
そして、グエェ~グエェ~としわがれた声で鳴き真似を始めた。
『………………』
……誰もが無言だ。
というか全員がそのナントカガエルを知らないので似ているかどうかの判断もできない。
「面白い!!」
と、思ったらアカネだけが手を叩いて大笑いしている。
アカネはこういうのがツボなのか? とミレイは一瞬考えたが、ひょっとしたら彼女は鳴き真似にウケているのではなく、この状況で誰もわからないヘンな呻き声を出している男……というシチュエーションにウケているのかもしれない。
「間違えた間違えた! 今のは……私が小学生の時に傷んだ目玉焼き食って救急車で運ばれていったうちの爺ちゃんが出してた声でした!!」
『………………』
ああ、そういうネタなのかと……そこでようやく全員納得がいった。
納得はしたものの、だからウケるというわけではない。
というかこのネタ一人でやるにはテンポ悪いんじゃなかろうか。
「そうだったんだ……」
途中まで笑っていたアカネまで真顔になってしまったし。
「なんか良くわからんが、結局ジイさんは無事だったのか?」
グイグイと大ジョッキでビールを呷りながらトウガは変なところを深堀りしていた。
─────────────────────────────────────
深夜、倉庫街の一角。
建物と建物の間のちょっとした空き地に人影がある。
街灯と月明りが照らし出しているのはスマホをいじっている端正な若い女の横顔……ブラッドレインの天河マキナだ。
「げげげ~、ネイル欠けちゃってんじゃん~……サイアク」
スマホから視線を外してマキナは口を尖らせた。
「おぢがヘンに粘るからさ~」
彼女の足元には一人の男が倒れていた。
血の海の中でピクリとも動かない黒髪の中年男性。
トレーニングウエアに身を包んだ体格のいい男だ。
それを見下ろすマキナがふと怪訝そうな表情を浮かべる。
「あり? 大体うちは何でこんなトコで知らないおぢと戦闘ってんの?」
それから少し考えて少女は急に表情を引き攣らせる。
何故自分が出向いてきて倒れている男に接触したのかを思い出したのだ。
「……やっば! 間違った! 仲間になんない? って誘わなきゃいけなかったんじゃん! 話する前にやっちゃったよ!!」
月明かりの下でしばし茫然としてからやがてマキナは大きくため息を付いて後頭部を掻く。
「……ま、いっか~。なんかおぢも最初からミョーに感じ悪かったし、どっちにしろこうなってたよね~。大体がさぁ、無理だよ。おぢだもん。馴染めないって、うちらに。あんな頑張ってた布場センセだって最後はああなったんだしさ」
大きく伸びをして彼女は歩き始めた。
背後に倒れている男の事などもう完全に意識の外へいってしまったかのように。
「リーダーへの報告は……明日でいっか。あ~お腹空いた。どっかでカレー食べて帰ろ」
そうして……少女は軽い足取りで深夜の街へと消えていく。
後には細かく痙攣している瀕死の男が一人と、僅かな虫の声が響くのみであった。




