川からくるもの
相方が人気タレントになり一人売れ残ってしまったコメディアン……『ハイパーココナッツ』の伊東アキラ。
不審人物として町の人々に吊るし上げられそうになっていた彼を助けたミレイ。
キリヲはそんな彼のことを超人であるというのだが……。
ミレイはまったく気付けなかった。
目の前の男が超人であるという事にである。
何なら言われた今もまだピンときていない。
キリヲがそんな無意味な嘘をつくとは思えないので事実なのだろうが。
(そういえば私……キリヲの事も言われるまで超人だってわからなかった)
これまでにミレイが接してすぐに相手が超人だと気付くことができたのはある程度の臨戦態勢の者だけだ。そういう者は漏れ出ている魔力でわかる。
しかしそうではない者、自分のように日頃は魔力の放出を抑えている者については常人との見分けがつかない。
……そのあたりの感覚が自分は鈍いのだろうかとちょっと考えてしまう。
魔力が感じ取れなければ目の前の相手が超人かそうでないのかわからないというのは状況によってはマズい気がするが……。
……………。
合流したキリヲと共にミレイはアキラを連れて付近の軽食屋に入った。
彼が超人だというのならいくつか確認しなければならない事がある。
「ああ、昼メシね。俺がおごるから! お礼ね、さっきの」
そう言ってアキラは素直に付いてきた。
単なるお昼のお誘いと思っているようだ。
「お聞きしてしまいますけど……伊東さんは超人ですよね?」
注文を済ませたところでストレートに切り出すミレイ。
寄り道で腹の探り合いをしている余裕は今の彼女にはないのである。
「アキラでいいって! トモダチじゃん、俺ら」
上機嫌で笑っている売れないコメディアン。
美少女に食事に誘われたことが嬉しいのか。
そもそもが誰かに相手にされたことが嬉しいとかだったら悲しすぎる。
「……で、何? 俺のリアクションがオーバーだって?」
「……………」
笑顔は崩さぬままちょっとイラッとするミレイ。
……本気なのかボケられているのかわかりにくい!
さらに質問を重ねて分かったことは、どうやらアキラは超人という呼び名すら知らないらしいという事だ。
「四年前にテロがあった日、早朝に赤い雨に遭遇しませんでしたか?」
「あぁ~……」
ミレイのその質問に対してアキラは露骨に顔をしかめた。知らない者の態度ではない。
「最悪だったよ~あれは……。俺は本当の事を言ってんのにさ!! オカルト営業だとか、都市伝説に乗っかって売名だとかさぁ。普段俺のSNSなんて見向きもしないクセに、叩く時だけああいうのはワラワラ沸いてきやがって!!」
怒りながら彼はコーヒーを飲んでいる。
ミレイとキリヲがチラッと視線を交し合った。
間違いない。
この男もブラッドレインのメンバーたちのように紅い雨に打たれて超人に覚醒したのだ。
更に話を聞けば……彼には紅い雨に打たれて以降に自分が何か変化があった事、おかしくなってしまったという自覚はあったようだ。
大して力を入れていないはずなのに物を壊してしまったりだとか……この辺りは覚醒して間もない頃のミレイと重なる。
突然超人として覚醒してしまった伊東アキラ。
彼には夢があった。
芸人として人を笑わせたい、面白いと言われて人気者になりたいという夢が。
その為には大いなる魔力や超パワーは必要ではない。
むしろ「面白い」という要素以外で目立ってしまいそうなものは邪魔だった。
なので彼は独力で血の滲むようなトレーニングを積んできたのだ。
魔力を抑え込んで人並みの生活が送れるようにトレーニングを……。
それによって伊東アキラはこれまで超人としての力を使うことなく一般人として生活してこれたのである。
『………………』
アキラの独白を聞いてミレイは複雑な表情で、キリヲは白けた表情で……それぞれ絶句している。
突然降ってわいた超パワーをここまで邪険にする者もそうそういないのではなかろうか。
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伊東アキラはこの土地まで自分の車で来ていた。
ミレイの仕事を手伝うと言い出した彼をこれ幸いと運転手として起用する。
彼のワンボックスで町を走る。
相変わらず天気が悪い。連日雨ではないものの灰色の曇り空だ。
それもあって町の風景は陰鬱である。
車中でミレイは二人にこれまでの調査の結果を説明する。
川に有害物質が流れ出たという痕跡はない。水温も変化はしていない。
ブルーコーラル社の武装した警備員たちが敷地外の川べりまで巡回している。
川沿いの民家の外飼いのペットが何かによって食い殺された。
……等だ。
「うぅッ……マジで? ここそんな事になってんの? こぇェ~ッ!!」
ハンドルを握るアキラが青い顔で冷や汗をかいている。
「それっぽくなってきはりましたなぁ」
口元を綻ばせるキリヲ。
大体が彼女は常に薄く笑っているのであるが……。
ミレイにはなんとなく何とも思っていない時の彼女の薄笑みと上機嫌な時のそれの違いがわかる。
辺鄙で陰鬱な地にふさわしい怪事件の様相を呈してきたとキリヲは不謹慎に喜んでいるのだ。
「ほんで? これからどうしはりますのん?」
「ちょっと考えていることがあるの。上手くいくかはわからないけど……」
何かを考えつつ、運転するアキラに行き先を指示するミレイであった。
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飾り気はなく殺風景な白に近い灰色の大きな箱……それがいくつか繋がっている建物がブルーコーラル社の本社兼工場だ。
社長室に今複数の白衣の研究者たちが呼ばれている。
彼らは社内の上位の研究者であると同時に大きなプロジェクトの責任者たちでもあった。
表には出せない極秘のプロジェクト……現場でその指揮を執る者たちだ。
背丈も顔立ちも異なっている全員が神経質そうな痩せて青白い顔をしたメガネの中年男性という共通点がある。
「どういうことかね?」
スーツ姿の小柄で瘦せた初老の男……社長の声には威圧感があった。
黄色く濁ったギョロリと大きな目に低い鼻と、それに乱杭歯。
まるで魔物のような容姿の男だ。
そんな社長に掠れただみ声で詰問され、委縮する白衣の男たち。
「DEEP-1は自然環境では長くは生きられない……私はそう聞いていたが」
「は、はい。ですが……想定を超えた強靭な個体がいたらしく……」
しどろもどろになりながら白衣の男の一人が説明する。
イレギュラーの報告の場は空気が冷たく張り詰めていた。
「個体数が増えている懸念があるとはどういうことだ? 生殖能力はほぼ失われているはずだろう」
コツコツと自分のデスクの天板をペンの尻で叩く社長。
その音がやけに大きくフロアに響く。
「あくまでもほぼ、という事で我々の想定を……」
報告に社長の失望の長い息が重なった。
「……諸君らの見解を聞こう」
「はい。ここを逃げ出したDEEP-1の幼生体は成長しつつ人目につかない場所にコミュニティを形成して繁殖しているものと思われます。市街地付近にはこれまで姿は見せていなかったようですが。この付近の魚を食い尽くしたので食料がなくなり、それで……」
研究員の報告が続く。
社長の表情は険しさを増すばかりだ。
「言うまでもなかろうが……地元民とは我々は折り合いが悪い。事が露見すれば口止めは難しいぞ。何としても逃げたDEEP-1を見つけ出し秘密裏に処理するのだ」
「目立たない夜間に捜索部隊を展開致します」
社長に向かって深々と頭を下げる白衣の男たちであった。
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……日が陰ってきた。
アキラの車で川べりに到着したミレイたち。
何やら車の後部を開けて色々と取り出している。
まずは……大きなブルーシートだ。
それを川べりに広げて飛ばないように重しであちこちを押さえている。
続いてそのブルーシートの上に何かを並べていく。
赤ピンクの塊……生肉だ。大きな生肉を並べているのだ。
一通りの準備が終わってミレイは額の汗をぬぐって大きく息を吐く。
「できました! 名付けて『餌でおびき出す作戦』よ!」
「……そっ、そっ、そのままじゃぁ~ん!!!」
コメディアンの矜持か、必死にツッコミを入れるアキラではあったが震えあがっているので声が裏返ってしまっている。
「えらいのんびりしてはりますなぁ」
……そしてキリヲにテンポが悪いとダメ出しを食らった。
色々と調べを進め集まってきた情報からミレイは一つの仮説を立てた。
それは川に何か……魚を食い荒らし更には陸上にまで餌場を求めて上がってくるようになった生き物がいるのではないかというものだ。
「な、な、何も出ませんように……。何も出ませんように……!」
川に向かって必死に拝んでいるアキラを尻目に日は暮れていく。
キャンプ用の折り畳みチェアを広げて、生肉と一緒に買ってきた弁当で夕食を済ませ……。
月が昇り更に夜は深まっていく。
……………。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「おこしやったようどすえ」
キリヲの声でミレイが目を覚ます。
彼女に寄り掛かってしまっていたようだ。
すぐに気が付いたのは周囲に満ちた異臭だ。
生臭い嫌な水の匂いがする。
少し霧も出ているようだ。周囲が先程よりもうすら寒い。
ちゃぷん、ちゃぷんと水音がする。
何かが……川から上がってくる。
「何よあれ」
思わず顔を顰めて呟くミレイ。
その生き物は人に似た……しかし明らかに人とは異なるシルエットをしていた。
上半身が屈強で下半身はやや貧弱。全身はべったりと水に濡れた獣毛に覆われている。
手の先には鋭く大きなカギ爪が生えていて、短い小さな尾があるようだ。
「……ッ」
……目が合った。
嫌悪感で頬が引き攣るのを感じる。
真っ黒で光沢がある丸い目。何の感情も映し出していないそれが自分に向けられている。
耳のような突起は見当たらない。丸い頭部。
クチバシのようなものが生えていて頭部だけ見ればフクロウに似ていると言えるかもしれない。
そんな生き物が水音を立てながら無数に河原に這い上がってきているのだ。
「うおぉぉ……ッ! 夢だ……夢だこれは。俺はきっと悪い夢を見てるに違いない……ッ!」
喘ぐようにそう言ってヘナヘナと腰から崩れ落ちるアキラであった。




