売れない男
ミレイが取った宿はいわゆる民宿である。
経費を節約したというのもあるが、そもそもこの辺りにはしっかりしたホテルは存在していないのだ。
チェックインして部屋へと案内される。
女将は小太りの中年女性で盛大な歓迎とはいかずとも不愛想でもなく、ほどほどの対応でこちらへ接してくる。ミレイとしては不快な思いさえしなければいいと思っているのでその対応で十分だ。
広い畳敷きの和風の部屋に荷物を降ろして寛ぐ。
正直思っていたよりも広くて清潔で……ここへ来るまでの地域のイメージからは逆方向へ裏切られ少し得をした気分になるミレイ。
そんな感じでのんびり休憩を取っているとやがてふらりとキリヲが戻ってきた。
「どうだった……?」
「別にな~んも。暗くてジメッとした土地柄やいうことがわかっただけどす」
ミレイの問いに対して肩をすくめて答えるキリヲ。
ただ、言う割には彼女は気を悪くしている様子はない。それどころかどこか楽し気ですらある。
そうこうしていると夕食が運ばれてきた。
土地の食材を使いましたといった感じの、これもまた予想より随分と豪華なメニューが座卓の上にずらりと並んでいる。
それを見るミレイが目をキラキラと輝かせた。
…………。
「んふ、美味しい~」
ご満悦のミレイ。
元々は小食だった彼女だが超人となってからは随分と食べる量が増えた。
……燃費の問題だろうか?
そんな彼女を前にしてキリヲも上品な所作で箸を進めている。
『ウヒョ~ッ! イイですねぇ! 素晴らしい晩御飯が運ばれてきましたよッ!! 見てくださいこの煌びやかなメニューの数々を……俄然テンションが上がっちゃうよね!!』
すると……隣の部屋から男の声が聞こえてきた。
「私たちのほかにも宿泊客がいるのね。盛り上がってる」
意外そうなミレイ。
失礼ではあるがここは観光地というわけでもなければ今はそういうシーズンでもない。
自分たち以外の宿泊客がいるとは思っていなかった。
「こないなショボい土地にねぇ。マゾなんちゃうん?」
……そしてひでえ事を言うキリヲであった。
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そして一夜が明けて。
出された朝食を済ませると早速キリヲは散策に出かけてしまった。
やはりその足取りは軽い。
何故そんなにアクティブなのかを尋ねてみると「昔住んでいた場所に雰囲気が似ていて落ち着く」だそうだ。
陰気だとか辺鄙だとかショボいとかジメジメしているだとか……散々言っていたのに。
つまり昔彼女はそういう土地にいたという事らしい。
流しを借りて顔を洗い歯磨きを済ませて部屋に戻ろうとすると……。
隣の部屋の戸が開いてヒョイと顔を出した男がいる。
「あれッ!? えッ!? お、お客さんッッ!!??」
そしてミレイを見て酷く驚いている。
痩せた二十代半ばくらいの男だ。瘦せているとはいっても健康的に日焼けしており、ツーブロックにした髪の毛の長い部分だけ金色に染め丸い小さなレンズのサングラスを掛けている。
そして柄物の黄色いシャツにハーフパンツ……何というか、チャラい格好の男だ。
「ご、ごめェん! うるさくなかった!? 俺さぁ、他にお客さんいるとか思ってなくって……」
慌てて自分を拝んで大げさに頭を下げている男に、ミレイは大丈夫ですよと声を掛けた。
実際に一時声がこちらに響いてはいたもののそんなに長い間ではなかったからだ。
「お友達とですか? 盛り上がっていましたね」
ミレイがそういうと何故か男は気まずそうに視線を泳がせる。
「あ、あれね……あれ実は俺一人で。ちょっと動画撮っててさ」
苦笑いしつつ彼が言う。
そして、胸のポケットから名刺を出してきた。
「俺ね、ハイパーココナッツの伊東ってもんなんだけど、聞いたことない?」
少し不安げに愛想笑いを浮かべながら聞いてくる男。
名刺を見てみると「コメディアン『ハイパーココナッツ』伊東アキラ」と記されているが……。
あれ? とそれを見たミレイが眉をひそめた。
「失礼ですけど、ハイココは小野寺さんですよね?」
あまり普段テレビを見ない、芸能界には詳しくないミレイですら一般常識の範囲として知っている。
飛ぶ鳥を落とす勢いの若手コメディアン、ハイパーココナッツ小野寺トシキ……略してハイココ小野寺と呼ばれている。
喋りが抜群に上手く二十代半ばながら司会もこなせゴールデンタイムに冠番組も持っている。
CMにも多数起用されておりそっちで見かけることも多い。
「あ、うん……なんかね、俺らコンビでやってたんだけど、トシキの方だけがバンバン売れちゃってさ……」
えへへ、と力なく笑いながら言うアキラ。
笑っても隠し切れない内からの悲壮感が漏れ出てしまっている。
……知らなかった。
ハイパーココナッツとはコンビ名だったのか。
失言を理解して青くなるミレイ。
「それで、その、今回もなんか自分で撮ってこい面白かったら使ってやるって局の人に言われて。それで普段あんま人が行かない場所の旅レポを自分で撮っててさ……」
「……………」
最早なんと言ってよいのかもわからず絶句してしまうミレイ。
まさか自分がコメディアンを名乗る男からこんな悲惨な告白を受ける日がこようとは。
「本当に……失礼しました……」
「いや! いやいや、気にしないで、ホント。よく言われるから……マジで。コンビだったんですかって」
深々と頭を下げるミレイにこれまた悲惨な告白を重ねるアキラであった。
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一日の始まりからとんでもない躓き(しかも今回の話とは全然関係のない所で)をしてしまったミレイであったが、それはそれとして気を取り直して本日の調査を始めることにする。
漁業組合の人たちが主張している公害の件は一旦忘れることにする。
統治局までグルになってそれを隠蔽しているとはちょっと考えにくい。
今日も組合に顔を出し、昨日聞きそびれた水温の変化の件を念のため尋ねておく。
予想していた通りそちらも問題はナシ。
これでキリヲの言っていた水温変化で魚の生息域が変わったという仮説も消えた。
今日は組合長がいなかったので別の組合員が調査に付き添ってくれた。
川べりを見て回っていた時、ふとミレイは気付いたことがあった。
遠い対岸を複数の黒い人影が移動しているのだ。人数は……八人か。
注意して良く見てみると、どうやら武装した集団のようである。
全員が統一された黒いフルフェイスのヘルメットに胸部や肩や肘などに装甲を付けた黒いボディスーツ姿……オマケに小銃まで手にしている。
そんな集団が対岸をうろついているのだ。物々しいどころの騒ぎではない。
「……あれは?」
「ああ、例の会社のガードマンですわ。あいつら……あんなとこまで出てきて何やってやがんだ」
眉を顰めてミレイが問うと職員は同じように顔をしかめつつ答えてくれる。
ガードマン……といっていいレベルを超えた装備な気がする。ほぼ兵士だ。
それに組合員がいうように会社の警備員だというのなら何故敷地外の川べりを歩くのだろう?
「ま、鬱陶しい奴らですが川のこっち側までは来ませんよ。町とそういう決まりになってるんでね」
腕組みをして眺めている職員。
確かにあんな重武装の集団が町のすぐそばまで近付けば住人は穏やかな気分にはなれないだろう。
……………。
その後も川べりを歩いていると、川原にスコップで穴を掘っている老人と行き会う。
老人は悲痛な表情で時折鼻を啜っている。
どうかしましたかとミレイが尋ねてみると……。
「ペータを埋めてやんだよ。殺されちまったからよ……」
そう言って老人が視線で示したのはシートの上に纏められた何か生き物の残骸ともいうべき無残な亡骸だ。
既に原形を留めてはおらず毛と骨の一部が残っているだけのもので、一緒に首輪も置いてある。
どうやら飼い犬だったようだ。
「クマが出たんだ。クマがよ……」
老人が言うには、昨日の深夜に庭の飼い犬が騒ぐので外を見に行こうとした所、巨大な影が窓から見えたのだという。
怯えた彼はすぐに通報して家の中で震えていた。
警官が駆け付けた時には既にクマらしき影はなく、後には食い荒らされた飼い犬の残りだけが放置されていたらしい。
「……………」
それは、熊なのだろうか?
言葉にはせずに内心でミレイが訝しむ。
ここは山からは少し離れた場所だ。山から熊が出てきてここまで来るなら途中に餌となる物は他にある気がする。
道中で見つかってもっと騒ぎにもなっているのではないか。
……………。
色々と考えつつ、町まで戻ってくると何やら町角で騒ぎが起きているようだ。
数人の住人たちに誰かが詰め寄られている。
あれは……ハイパーココナッツの「じゃない方」伊東アキラだ。
「何を撮ってたんだよ! コソコソと!」
「通報するわよ!! 見せなさい!!」
おじさんおばさんに詰め寄られ、アキラは困り果てていると言った様子である。
「ちがッ、違うんですってェ! 俺は旅レポ撮ってただけで……!!」
どうやら動画を撮っている所を見つかって咎められているようだが……。
しかしなんとも運の悪い男だ。見た者を笑わせたいと願っている男が、見た者を毎度やるせない気分にしているという事実にミレイは内心で嘆息する。
とにかく、丸っきり知らない相手という訳でもなし。このまま立ち去るというのは心苦しい。
「すいません! 失礼します……彼の関係者です」
しょうがないので割って入ったミレイ。
住人たちの疑念の視線がアキラから彼女に移る。
「アンタは……?」
「漁業組合の依頼で、魚が減った件を調査している民間の調査会社のものです。彼はうちのスタッフで……お騒がせして申し訳ありません」
社員証を見せながら説明するミレイ。
住人たちは社員証とミレイの顔を交互に何度か見てから渋々と言った様子で解散していった。
「……や~、助かった! マジありがとうね。通報されて捕まっても俺じゃニュースにはならないよ多分……」
また悲惨な事を言いながらグッタリしているアキラだ。
そんな彼をミレイが慰めていると……。
「ま~たヘンなん捉まえはって」
呆れ声が背後から聞こえた。
いつの間に来ていたのか……キリヲだ。
「しょうがないでしょう。困っていたんだから……」
そう言う彼女自身困り顔でそう言うと、ふとキリヲは何かを言いたげな様子でミレイの目を見詰めてくる。
「……?」
「気付いてはりまへんの?」
つい、と近付いてミレイの耳元に口を寄せるキリヲ。
「この男……超人どすえ」
その囁くような声で告げられた内容に驚いて思わず硬直してしまうミレイであった。




