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若獅子の原風景

 火倶楽郊外……のどかな田園風景の中を似つかわしくない銀色の大型乗用車が走っている。

 本来は大国の要人が乗るような特注の車であり、一台で一等住宅地に豪邸が立つ程の価格だ。


 その広々とした後部座席に横柄に座って乱暴に足を組んでいるのは久我峰カイであった。

 ゼウス・カグラ社の重役である強大な超人(オーバード)の男。

 ブラッドレインのメンバーたちは誰も彼に逆らうことはできない。


「……止めろ」


 カイが命じると車はあぜ道の途中で停車する。


「お前は戻っていろ」


 降車しながら運転手の黒服にカイが命じる。


「お帰りをお待ちしておりますが……」


 言いかけた黒服をジロリと剣呑な視線で射抜いたカイ。

 それで彼は余計な申し出であったことを悟った。


 走り去る銀色の車を視界の端に映しながら襟にファーをあしらったコートを羽織ったカイが歩き出す。

 本人も知らないうちにその口が不快気に歪んでいた。


 懐かしくも腹立たしい土のにおい、草のにおい。

 自分の原風景ではあるが帰ってきたくは無かった場所。

 やがて、彼は一軒の古めかしい民家の前に立つ。

 広い庭があり、そこでは割烹着に三角巾姿の小柄な老婆が畑を耕していた。


「……ばあちゃん!」


 垣根の外からカイが呼びかけると老婆は手を止めて顔を上げる。


「おやまあ、カイ君。来てくれたのかい」


 皺だらけの顔で笑う老婆。

 しかしカイの表情は険しいままだ。


「来てくれたじゃないだろ! マンションを引き払ったって聞いてさぁ」


 ずかずかと砂埃を上げながらカイは敷地に踏み込んでいく。

 祖母に買い与えた煌神町中心部の高級マンションを彼女が処分したという報告を受けて急いでやってきたのだ。


「どうしてだよ! 折角買ってやったのに……」


「ごめんねえ、おばあちゃんああいう町なかの生活にはどうにも馴染めなくてねぇ。高いモン使わないんじゃ勿体無いでしょ? それでねぇ」


 申し訳なさそうに小さくなっている祖母を見て居た堪れない気分になるカイ。

 自分は祖母に楽をさせたかったのであって、こんな顔をさせたかったわけではないのに……。


 久我峰カイにとっては、この祖母が親代わりの人物であった。

 両親は幼いころに事故死してしまっている。

 以後、彼は祖母に引き取られて育った。


 祖母の家の箪笥の上に飾られている古い写真。

 学生服姿のカイが祖母と並んで写っているものだ。

 当時の彼は黒髪に眼鏡の大人しそうな見た目をしており現在の豪奢な暴君の面影は無い。


 将来は医者になって祖母に楽な暮らしをさせる……それが口癖だった。

 その言葉の通りに必死に勉強して難関大の医学部にストレートで合格したカイ。

 一応ゼウス社の特例で現在も在学扱いにはなっている。ただもう通ってはいない。

 在学中に自分は超人(オーバード)となりその後ゼウスカグラ社に迎え入れられたからである。


 本来の目的だった医者よりもずっと高級取りの立場になった。

 自分は勝者だ。成功者なのだ。

 そう思っているが……。


「また土いじりなんかして……。金だって使い切れない程渡しただろ?」


 足元に転がった鍬を見下ろして言う孫に、祖母は畑は自分が好きでやっている事だ、と笑う。


「貰ったお金は全部貯金してあるからねぇ。あれはカイ君の将来のためのお金だから……」


「将来って……今がもうその将来だろ。俺にはもっともっと金があるんだよ。俺のことは気にしないでばあちゃんが使ってくれよ」


 祖母のためにした事が悉く空回りしている事実を目の当たりにしてブロンドの男は肩を落とす。


 ……わかってはいる。

 そもそも贅沢を望むような人ではない。

 大金を渡されても使い道が無いのだろう。


「さぁさ、お入りよ。カイ君の好きな煮物があるからね。おばあちゃんの畑で採れたダイコンのやつだよ」


 祖母にそう促され、浮かない表情ながらもそれに従うカイであった。


 ─────────────────────────────────────────


 ……財津(ザイツ)マナブは不機嫌であった。


 煌神町をぶらぶらと歩く中肉中背のスーツ姿の男……これといった目的の無い者の歩調である事はなんとなく窺うことができる。

 一見すれば外回りをサボっているサラリーマンだ。


 歩きながらチッとマナブは舌打ちをした。

 心に一つ大きなしこりがあると些細なことまでが腹立たしく煩わしい。

 例えば季節にしては暖かい少々汗ばむほどのこの陽気もだ。


 マナブは今年で三十五歳になる。

 焦げ茶の髪の中肉中背の彼には特段に人の注意を引く尖った部分はない。

 プロフィールを聞いた人が思い浮かべる容姿の、その平均値を取ったような見るからにモブAといった風貌の男である。


 だが、そんな人混みに紛れてしまえば個人を識別できなくなりそうな男には「普通ではない」部分もある。

 彼は超人(オーバード)なのだ。


 それも天下のゼウスカグラ社所属の精鋭部隊ブラッドレインのメンバーだ。


(イライラするなぁ~、面白くないッ!)


 しかし、その圧倒的勝ち組のはずの男の胸中は穏やかではない。

 その原因は我慢、遠慮だ。

 自分は今ガマンしている……その自覚が彼を苛立たせている。


 思えば……自分の人生はこれまでガマンばかりであった。


 中流の家庭に生まれたマナブは二人兄弟の兄だ。

 生まれつき愛嬌というものに欠けており上手く両親の機嫌を取る事ができなかった自分と、そんな兄を見て育ったので要領のいい弟と……両親は当然のように「可愛げのある」弟の方を可愛がった。

 自分は事あるごとに我慢を強いられてきた。

「お兄ちゃんだろう、我慢しなさい」……父親が事あるごとに口にしたこの言葉はその後も彼の人生に呪いとなってずっと付きまとうことになる。


 高額の学費は払わないと言われて中流の大学へ進み、中流の会社に就職した。

 そこでも自分は我慢の連続であった。

 上司の薦めなので断れずに顔も性格も好みではない女性と結婚した。


 だがそんな彼に転機が訪れる。


 紅い雨だ。

 彼は超人(オーバード)に覚醒した。

 それだけではない、その事でゼウスカグラ社の社員になる事もできた。

 すぐに妻とは別れた。子供がいたので養育費が発生しているが、そんなものは今の自分の稼ぎからすれば取るに足らない。


 もう何も我慢することはない。

 全てのストレスからは解放された。

 自分の人生の絶頂期がきたのだと思った。


 しかし……何かが満たされればまた別の不満が湧き上がってくるものだ。

 彼は今それを実感している。


 マナブは現時点でのブラッドレインの最年長メンバーである。

 他の者たちは大体が自分よりも一回り近く年下の若者たちばかり。

 その年齢差は当初考えていた以上に深い溝となって彼らと自分とを隔てている。

 正直にいって上手く自分がグループに馴染めているとは言い難い。


 それでも布場ケントがいた頃はまだよかった。

 自分よりも更に年上の彼が全体の緩衝材となって上手く場の空気を保ってくれていたのだ。


 だがその彼もいなくなった。

 造反して……粛清された。

 そうして自分はブラッドレインの中で露骨に浮いた存在になってしまったのだ。


 自分が集団内での強者の側であるならばその立場も大きなストレスではなかったのかもしれない。

 しかし実際にはマナブは下位のメンバーである。

 全員で力比べをしたわけではないが……それでも戦わなくても初めから自分よりずっと強いとわかっている者がいる。


 リーダーである久我峰(クガミネ)カイと副リーダー格の鷲塚(ワシヅカ)ガモンの二人だ。

 メンバーの中でも桁外れの魔力を誇るカイと、そもそもが人間だった頃から武術の達人であるガモン。

 この二人は接しただけでわかる。戦えば自分が殺されるという事がだ。

 だから自分は少なくともこの二人の顔色を窺わなくてはならないのだ。

 子供の頃から親のご機嫌取りが苦手で苦労して我慢を重ねてきた自分が……超人(オーバード)になってもまだ誰かの顔色を窺って過ごしている。

 その事が彼を苛立たせている。


(我慢させるなよォ~……私に我慢をさぁ。我慢なんて弱い立場の者がする事だろう? 何で強い私が我慢してなきゃいけないんだよ……)


 そんなマナブがふと足を止めた。


 前方に……やたらと騒がしい集団がいる。

 二十歳前後の男女の集団だ。人数は九人。

 歩道の真ん中を固まりになって大声で話したり笑ったりしながら闊歩している。

 この辺りはかなり歩道は広いがそれでも行き会った人々は眉を顰めつつ左右に割れて彼らのために道を空けていた。

 大学の飲みサーか何かであろうか?


「我慢がなさそうな連中だな……」


 ポツリと呟いてから、不意にマナブはニヤリと邪悪に笑った。


 数秒後、若者集団の真ん中にいた何となく立ち位置や振る舞いからグループの中心人物らしい茶髪の男が急に宙に浮き上がった。


「おッ……ごおっべべ…………ッッ!!!」


 地面から2mほどの高さに浮き上がった男。

 彼は眼球が飛び出すかと思うほど目を見開いてくぐもった悲鳴を漏らしつつ必死に首の辺りを両手で掻き毟っている。

 それを見た周囲の仲間たちが悲鳴を上げたり叫んだりして周囲は一気に騒然となった。


 浮き上がった男の首には細い紐のようなものが巻きついていてそれが上部の電柱の信号機から垂れ下がって彼を吊り上げているのだ。

 細い紐はその先もずっと続いていて最後には人混みの後ろに立つマナブの人差し指に繋がっていた。


 財津マナブの異能……『痩せすぎた男(ストリンガー・マン)

 彼は自分自身を紐状に分解する事ができる。

 今のように限界まで細めた場合は1mmほどの紐に。

 マナブはそれを地面から電柱へと伝わらせて真下を通った若者の首に巻き付いて吊り上げたのだ。


 苦しむ若者とそれを見て慌てる仲間たち、遠巻きにその様子を見て喜悦に表情を歪めるマナブ。


「そのへんでやめときや……マナブさん」


「ッ!!!」


 突然背後から声を掛けられてマナブの顔が引き攣った。


 若者の拘束を解いて高速で紐を回収する。

 突然地面に落ちた吊られていた若者は白目を剥いて血の混じった泡を噴いて昏倒していた。


「……ふ、フフッ、ちょっとした悪ふざけだよ。殺す気はなかったさ、ワシヅカ君」


 冷や汗を掻きながらマナブが背後を振り返った。


 そこには長物の布袋を背に担いだ鷲塚ガモンが立っていて冷めた目で自分を見ている。

 いつから……この男は自分の背後に、近くにいたのだろうか。


「ほんならええですけど、あんまセコい事にチカラ使わん方がええで」


「あ、ああ……そうだね。気をつけるよ」


 ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭うマナブ。

 そんな彼にふいっと背を向けてガモンは歩いていってしまう。


「……………」


 それを見送り、立ち去る男には聞こえないように小さく舌打ちをしてから反対の方向へ向かって歩き出すマナブであった。

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