先輩、お変わりなく?
三年ぶりに会う一つ年上の先輩はミレイの知る高校時代とまったく変わっていなかった。少なくとも見た目はだ。
黒いストレートの長髪に飾り気のないヘアバンド。
顔立ちは整ってはいるものの顔色が悪く頬がややこけており、目の下にはトレードマークともいえる濃い隈がある。不健康系美女……いや幽霊系とでもいうべきか。
目を離したら消えてそうだ。
長身だが猫背。
濃い灰色のロングのワンピースの上にくすんだブルーのカーディガンを羽織っている。
儀仗トモエ。
ミレイの通っている火倶楽大とは別の難関大学に合格して今は四年のはずだ。
「ま、まぁ、人はそう簡単には……陽キャには、なれない、ので」
何となくミレイの言わんとしている所を察したのか、トモエは力なくそう言って「ふひっ」と笑った。
取り調べをするわけでもないのだし、いきなり事務所に連れて来ればトモエも落ち着かないのではないかと彼女を慮ったミレイは外で会う事にした。
二人でカフェに入る。
自分たちの母校、星辰館学園からほど近いカフェで当時は学生たちもよく利用していた店だ。
……トモエがここを利用した事があるのかどうかまでは知らないが。
トモエが変わっていないのは彼女が超人になってしまっているせいでもある。
その事は彼女にとっては幸か不幸か……それはわからない。
ミレイは周囲に理解者が多かったのでどうにかやってこれた。
「あの日はですねぇ……あ、明け方まで、動画のネタを探してまして……。わ、私そもそも夜型人間、なの、で」
テーブルを挟んで向かい合っている二人。
再会の挨拶を交わし注文も済ませてから早速本題に入る。
「そそそ、そしたらですね、急にこう……ブワーッと豪雨がきまして、それが、真っ赤な血みたいな雨で……」
両手でその「すごい雨」を表現しているらしいトモエ。
しかしあまりにも元気がないので幽霊が踊っているようにしか見えない。
「ネタが、降ってきた! と思いまして……すぐに、スマホで撮影したんですが……」
「何も映っていなかった……ですか?」
ミレイの言葉に「ハイ」とトモエは肯いた。
それは想像できたことだ。
噂によれば「紅い雨」は一切の記録が残っていないらしい。
防犯カメラにも降っているシーンは映っていないのだとか……。
「それで先輩、その後何か変わった事は……?」
若干声を潜めてミレイは尋ねた。
ここからが本題だ。
「あ、ありました、ですね……。ここ、こんな、感じ……です……」
トモエがテーブルの上に手を出すと、その袖口からドロリと真っ黒な……まるでコールタールのような液体がテーブルの上に滴った。
「!!」
その不吉な感じに思わずミレイは息を飲む。
黒いドロドロはテーブルの上でウネウネと蠢いていたかと思うとやがてまとまって何かに姿を変えた。
……トカゲ? のような形になる。
「さ、さ、触っても平気、です……よ。ドロドロしてます、けど、服や手に付いたりシミになったり、は……しない、ので」
チョロチョロと自分の方へ向かってきた真っ黒いトカゲを言われるままでに指でちょんちょん突いてみるミレイ。
なるほど、指にベタッと付いてくるというようなことはない。
そして触ってみてわかった。この黒いコールタール状のドロドロは魔力そのものだ。
トモエは魔力を黒いドロドロにして出力し、そこから使い魔を創造する魔術師型の超人なのだ。
トモエに話を聞くと、彼女が自分からこの黒いドロドロが漏れ出すことに気付いたのは紅い雨に打たれた日から数日後の事であるという。
しばらくは出したり引っ込めたりするので手一杯だったが、その内に自分の意志でそれを操れるという事がわかってきて、形を変えて他のものを模倣させたりするようになった。
生き物でもそうでないものでもトモエのイメージで自在に形を変える。
そして身体から離しても、黒い使い魔の見聞きしたものはある程度本体であるトモエが感知する事ができる。
別に鳥に変形させなくても空を飛ばせる事はできるし、魚に変形させなくても泳がせる事もできる。
ただそれを得意とする物の形をしている方が性能がいい。
イメージの問題なのだろうと彼女は言う。
魔力とは意思の力だ。
何かをさせる時に「この形状の方がそれに適しているはずだ」と術者が信じているように変形させれば実際に性能はそれに準じるのだ。
「あ、ありがたい、ですけど、ちょっと持て余してます、ね……。わ、わ、私は、自分がコンテンツになるんじゃなく、て……コンテンツを発信、する側になりたいので……」
そう言って力なく笑うトモエだ。
「先輩、実は今日お呼びしたのは……」
ミレイは彼女にナイトオブブラッドレインの事を話した。
紅い雨に打たれた超人たちの集団がいる。
彼らは攻撃的であり、自分たちの仲間を探しているかもしれないと。
「そ、そそ、それはなんとも、物騒な、お話、ですね……」
眉を顰めてそう言いつつ、カフェラテを口に含むトモエであった。
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ミレイと別れた後でトモエはタクシーを拾って乗り込んだ。
向かった先は彼女の自宅、ではなく……。
煌神町中心部の火倶楽摩天楼の一角、巨大なビルディングの前。
その建物を見上げてはぁ、と彼女はため息を付く。
「む、むむむ、無駄に大きいですよ、ね。このビル……平屋に、すれば、いいのに……」
ボソッと彼女が愚痴をこぼしたその時……。
「おいっす~! トモちゃん、元気してるかぁ~い?」
ガバッと覆い被さってくるかのように肩を組んできた者がいる。
天河マキナだ。今日の彼女は明るいピンクの花柄のシャツを着て薄紫色のネクタイをしている。下はホットパンツだ。剥き出しの健康的な太腿が眩しい。
相変わらずの美貌と愛嬌で、それを見ているトモエに心底自分とは住む世界の違う人種だと思わせる。
それはそれとしてまだ肌寒いのによくそんな生足出せるなとも思う。
「……はあ、まさしく、たった今、ですね……少し、げげ、元気じゃなくなりました……」
そんなマキナに対する苦手意識をトモエは隠そうともしない。
相手が眉を顰めているのにお構いなしに肩を組んだままニヤニヤと笑っているマキナ。
「マキさん……く、クガミネさん、リーダーに、わわ、私を、見張れって……言われてます、よね?」
「うんうん、そのとーり」
悪びれもせずに素直にそれを認めるマキナ。
同格であるはずのナイトオブブラッドレイン……そのメンバーである自分を監視していると。
そんなあっけらかんとした彼女を見るトモエが目を細める。
「ちっ、忠告……させて、もらいます、けど……。ままま、マキさん、も、多分……リーダーから、し、信用はされてません、よ」
「あ~、それ直に言われちゃったよ~。ヘンな事したらブッコロスだってさ~。やんなっちゃうよね、まったく」
たは~、と苦笑したマキナがトモエから離れて大げさに肩をすくめた。
そんな彼女をトモエが冷めた目で見ていたが……。
「は、入ります? わわ、私これから……リーダーに、れ、例の……ヒラサカさんのこと、報告にいきます、けど……」
自分たちの背後の巨大ビル、ゼウス・カグラ本社ビルを指して言うトモエ。
マキナは少しの間空を見てうーんと考え込んでいたが……。
「うんにゃ~、うちはいーや。カレのオレ様キャラは見てて楽しーんだけどさ、毎度付き合うと疲れちゃうからね」
笑いながらそう言うと後ろに数歩下がって、そこれくるりと振り返る。
「そんじゃね~トモちゃん、おつかれ~」
突然現れたかと思うとそそくさと帰ってしまうマキナを黙って見送るトモエであった。
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紅雨の騎士のリーダーである久我峰カイにはゼウスカグラの本社ビル内に重役待遇で個室が与えられている。
今その部屋でカイはトモエからの報告を受けていた。
報告の内容は比良坂ミレイにはブラッドレインに対して警戒はしているものの、現時点では積極的に交戦の意思はないものとみられる、といったものだ。
「見てみろ、ヒラサカミレイに付いてだ」
無言で話を聞き終えてからカイはトモエに向かって大きな机の上に分厚い書類の束を投げ出した。
それは優秀なゼウス社の調査部が調べ上げてきたミレイの詳細な個人情報だ。
「驚いた事にこの女は皇国の現将軍の姪だ。政治的には宙に浮いたような立場ではあるようだがな」
フン、と鼻を鳴らすブロンドの男。
「この特殊な火倶楽でどこまで皇国が彼女に肩入れするのかはわからないが、今は確かにお前の言う通りにこれ以上この女には手出しはしない方が賢明だろう」
カイの言葉に静かに大きく息を吐くトモエ。
「ほっとしたか?」
「……ええ、それは、まぁ。私にとっても……交流のある、少ない、後輩なの、で」
ため息混じりにトモエが言う。
「た、ただ、それはそれ、としてですね……。わわ、私も、自分は可愛いので……やらなきゃコロす、って言われたら、やらないわけ、にも、いかないですし……」
「……………」
無言で豪華な革張りの椅子を立ち、トモエに背を向けて窓辺に立つカイ。
彼の眼下には煌神町が広がっている。
「先生……布場さんがああいう事になった以上、お前がそう考えるのも無理はないが……。あれは俺にとっても本位ではなかった」
窓から外を見たままでカイが淡々とそう告げる。
その横顔からは彼が何を考えているのかは読み取る事ができない。
「だが、リキヤも先生の造反に過敏になってやった事だ。それを考えれば奴にあまり重いペナルティを課すわけにはいかん。そこは理解しろ」
「は、はぁ……」
曖昧な返事を返すトモエ。
目の前の男が普段そうであろうとしているほど内面は暴君ではないという事には何となく気が付いているトモエだ。
信用して自由にさせすぎれば収拾がつかない。
締め付けすぎれば忌まれる。
そもそも相互の理解が足りていない。
……纏め役としてはさぞ頭の痛い事だろう。
「話は終わりだ。……行け」
「……し、失礼します」
頭を下げて出て行くトモエ。
部屋に彼が一人になったタイミングでスマホが鳴った。
「俺だ。どうした」
通話に出るカイ。
彼がしばらく通話相手の話を聞いていると俄かに表情が険しくなる。
「……どういう事だ! 詳しく説明しろ!」
そうして執務室に響き渡った苛立つカイの怒鳴り声であった。




