何者でもない少女
不気味な廃校舎を背景にした荒れ果てた校庭で二人の男が対峙していた。
一人は肥満の巨体、堂丸リキヤ。
そしてもう一人はスーツ姿の眼鏡をかけた真面目そうな中年男性……布場ケントだ。
「落ち着くんだ! 僕は争う気はない!」
悲痛な響きの滲んだ声を発してリキヤを留めようとするケント。
ここしばらく露骨にブラッドレインと距離を置くようになっていた彼に差し向けられた追手がリキヤだ。
肥満の超人は相方の結界にケントを取り込んで追い詰めたのだ。
「フン、ならよぉセンセイ。どうして俺らの邪魔をするんだよ。俺らは仲間じゃねえのか? ブラッドレインのよ」
重たい足音を鳴らしてケントにリキヤが迫る。
「邪魔をしたいんじゃない。僕たちはもっと能力の使い方を考えなきゃいけないって言ってるんだ」
「戦う以外にどうしろっつんだよ。超人ってのはそういうもんだろ?」
何を言っている、といった風に鼻を鳴らして不快げにリキヤは顔を歪めた。
ケントは自分が口にしている理想論が目の前の男の心の奥深くにある傷跡に触れていることに気付いていない。
「そんな事はないよ。軍隊は必ず他国に攻めていかなきゃいけないものか? ミサイルは必ず撃たなきゃいけないのか?」
教育者である彼にとっては熱意と誠実さが武器である。
だがそれを貫けば必ず相手に届くのいうのは幻想なのだ。
「暴力で何かを得ようとしちゃいけないんだ。そんな事をして何かを手に入れてもいつかは同じ手段で奪われてしまう。変わろう、皆で。武器を収めなきゃいけないのは強い側なんだよ」
リキヤの目に獰猛な炎が宿る。
「ふざけるんじゃねぇッッ!!!」
叫んでケントに掴みかかったリキヤ。
払い除けようとしたケントの腕はリキヤの身体を通り抜けてしまう。
「大人しくしろだぁッッ!!?? ナメた事抜かしやがって!! チカラが無かった頃の俺は滅茶苦茶やられて学校から追い出されたんだぞ!!! 誰も……誰一人俺を助けちゃくれなかった!!!」
高校時代、ふとした事から堂丸リキヤはイジメの標的となった。
思い出せもしないほど些細なことが切っ掛けだった。
リキヤはガイアードカグラ社の重役の息子だったが、イジメの首謀者の親はガイアード社内ではリキヤの親よりも格上の立場の社員だったのだ。
その為、親は彼を助けてくれなかった。
教師も誰も庇ってはくれなかった。
そうしてリキヤは不登校から退学し引きこもる毎日を送るようになった。
あの赤い雨を浴びた日までだ。
「それを……ようやく手に入れた力を使うなだとッッ!!!?? だったらお前のそのキレイごとであの時の俺を救ってみやがれよ!!! なぁッ!!!?」
リキヤは叫びながら太い両腕でケントの首を締め上げる。
激昂するケントに触れられないケントは逃れる術がない。
やがてケントの体から力が抜けて彼は動かなくなる。
「ごおおッッッ!!!!」
意識をなくしたケントを拳で何度も殴打するリキヤ。
返り血は透過せずに彼を赤く汚していく。
「リキ君、やめろ」
荒ぶるリキヤの背後に姿を現したのはタートルネックの灰色のセーターに淡いベージュのスラックス姿の線の細い青年だ。
涼やかで切れ長の目をしたやや神経質そうな色白の若者。
頭部の黒髪は七三に几帳面に分けられている。
この男の名は長浜ケイスケ。
ナイト・オブ・ブラッドレインのメンバーの一人であり結界術を得意とする魔術師型の超人である。
「……ハッ、遅えよ」
襟首を掴んでいたケントをリキヤは地面に投げ出す。
倒れて砂埃を上げる既に息をしていないケント。
ケイスケは倒れているケントの傍らに片膝を突いて状態を確認する。
「殺すことはなかっただろう」
立ち上がってため息をついたケイスケにリキヤは舌打ちをして目を逸らした。
「つい力が入っちまったんだよ」
「リーダーがそれで納得してくれればいいがな」
咎めるように声を硬くするケイスケにリキヤは目を合わせることができずにいる。
リキヤとケイスケは組んで行動することが多い。
普通に移動するには巨体過ぎて人目を引きやすいリキヤはケイスケの結界に入って移動することが多いのだ。
長浜ケイスケの異能「学校の怪談」は異空間に対象を取り込む能力。
相手を結界に閉じ込めて術者が現実世界を移動すると結界内の存在を移送することができるのだ。
普段足代わりに使ってしまっている分リキヤはケイスケには微妙に頭が上がらない。
「連れてこうとしたら抵抗されたとか言っときゃいいだろ。コイツがリーダーの方針に反目だったのは事実なんだしよお」
忌々し気に足元の亡骸を見下ろすリキヤ。
「俺たちは戦うために集められたんだぞ。寝ボケたこと抜かしやがって……クソッ!」
最後まで悪態をつく巨漢。
そんな彼を冷めた目で見ているケイスケであった。
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古道具屋『のすたるじあ』……煌神町の一角、大通りに面した広い敷地を持つ二階建ての店だ。
その入り口のわきにドドンと鎮座している約2,5mもある巨大な焼き物のタヌキがトレードマーク。
「ちょえーっす、イチローおはようさん。今日もよろしくおねげーしますよ」
イチロウさんに挨拶しながら箒を手に店から出てきたのはブロンドに日焼けした肌の美少女である。
猫目で愛嬌があって感情表現が豊かな彼女……ただ、それは大半が本心からの表情ではない。
TシャツにGパンにサンダル履きで水色のエプロンを着けている。
彼女の名前はエトワール・ロードリアス。この店のスタッフ2号。
鼻歌を歌いながら掃き掃除を開始するエトワール。
エトワール・ロードリアスは何をやらせても一度で手順を覚えて完璧にこなしてみせる。
それは仕事に限った話ではない。
彼女は万能の天才なのだ。
……だが、それだけに彼女は何事にも執着がない。
唯一執着のあった父親の殺害はもう永遠に不可能になってしまっている。
何者でもなく何もない少女は今日も何かを探している。
「またやってる」
店の入り口に姿を見せたのはやはりエプロン姿の青い髪の美女。
こちらはエトワールとは対照的にすまし顔がデフォでありあまり感情の動きが顔に出ない。
ただユカリに対してだけはよくキレる。
スタッフ1号のルクシエル・ヴェルデライヒ。
「今日の朝清掃は私の番でしょ」
「まー、いいじゃねーですか。ヒマだったんで。パイセンはゆっくり茶でもシバいててくだせーよ」
にへら、と笑ったエトワールに少し眉をひそめたルクシエルが困ったものだというように鼻から長めの息を吐く。
「何年経っても変わんないね。あんたのカラッポさはとにかく何かを詰め込めばいいってもんじゃない。人の担当の仕事まで取るのはやめて」
「はぁーい、気を付けマース」
大げさに直立して敬礼するエトワール。
しかしそれを見るルクシエルは半眼だ。
これで一時静かになっても、また少しするとこの娘は人の分の仕事まで勝手にやり始める。
「……でもパイセン、あたしが勝手にやってんだから放っておいて空いた時間を有意義に使った方がいんじゃねーですか?」
「……………」
表情を変えず、黙って歩き出すルクシエル。
エトワールにはわからなかったが、ユカリが見れば今の彼女が怒っていることに気が付いただろう。
そうして彼女はエトワールのすぐ前までやってくる。
「このおたんこなす」
ペん、と頭にチョップ。
「痛ってーですね」
エトワールが打たれた所を押さえる。
それなりに強めの一撃だったらしい。
「覚えときなさい。ユカリがあんたを受け入れて一緒に暮らし始めた時からあんたは私の家族なの。私は自分の家族が壊れてるのを黙って放置はできない。これからもしつこく言い続けるつもりだから覚悟して」
「……………」
意外そうにルクシエルを見るエトワール。
この時ばかりは作った表情が彼女の顔からストンと抜け落ちる。
「………パイセンはキビシーですねぇ」
やがてエトワールは少しだけほろ苦く笑った。
それは……作り笑いではなかった。
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ミレイのスマホが鳴った。
聞き慣れない着信メロディーである。
さて、誰に設定したものであったか……ぱっとは思い出すことができない。
事務所内はレースゲームでキリヲとアカネが盛り上がっているのでミレイはそっと廊下に出た。
スマホの画面に表示された相手の名を見てミレイは驚く。
「トモエ先輩? お久しぶりです」
『……ごご、ごぶぶ、ご無沙汰して、ます、ね……うひっ』
独特の口調の女性の声がスマホから聞こえてくる。
儀仗トモエ……ミレイの星辰館学園時代の先輩だ。
高校時代は現代映像研究会、略して現映研の会長をしていた彼女。
ミレイから相談を受けてユカリの動画をバズらせるためにアドバイスをした事がありその時に交流が少しだけあった。
学年も違うのでその後は特に交流が深まる事もなく、トモエの卒業を期にやり取りは途絶えてしまっていたのだが……。
確か、自分たちとは別の大学へ進学したはずだったはずだ。
その彼女が何故数年ぶりに連絡してきたのだろうか。
『じじ、実はですね……わ、ワタクシ、九段坂さんと……ダベッターで相互フォロワーなのでして』
アカネはその後もトモエとの付き合いがあったらしい。
流石交流が広い彼女らしい。
『そ、そ、そしたら、ですね……最近、九段坂さんは、赤い雨のウワサ話をあああ、あつ、集めていらっしゃるじゃないです、か』
スマホを耳に寄せているミレイは少し複雑な表情をした。
アカネがそんな事をしているのは知らなかった。
恐らく自分を手伝う為なのだろうが……。
危険な相手の注意を引いてしまう可能性があるのでやめさせなくては、とそう思うミレイであった。
『どど、どういう事なのか……お、お話を、聞いてみたらですね……。ななな、何やらご用事があるのは、比良坂さんとの事で……。ここ、こうして、ご連絡を』
「先輩は……四年前に紅い雨に当たったっていう人をご存じなんですか?」
トモエの「はい」という返事に少し前のめりになるミレイ。
思わぬところからの情報提供だ。
ただ慎重にいかなくては……。
自分の仮説が正しければトモエの知るその何者かは……超人になっているはず。
『なななな、なんと、ビックリ……わっ、わた、ワタシなのですよ。私……四年前の、あの、事件の日に……明け方、赤い雨に……打たれまして、ですね。ふひっ』
スマホから聞こえてくる告白……その語尾に笑い声なんだか変な息なのだかよくわからない音が混じる。
思わず口を半開きにして頬を引き攣らせるミレイであった。




