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拾ったら使う

 四年前、当時の統治局本部ビルが倒壊したテロ事件の日。

 明け方に数分間、赤い雨が降った。

 その雨を浴びたものは皆超人(オーバード)に覚醒した。


 彼らに共通しているのは、並みの超人(オーバード)を凌ぐ強大な魔力を有していることと……。

 そしてもう一つは自分たちに突然与えられた大きな力が「ゼクウ」という存在から継承したものであるという認識だった。


 そして現在、ゼウス・カグラ社内に秘密裏に組織された超人(オーバード)集団『紅雨の騎士(ブラッドレイン)

 赤い雨を浴びて覚醒した超人(オーバード)たちによるこの部隊のリーダーの名は久我峰カイ。

 王を名乗り王を自負する強大な能力者だ。


「当面は無暗やたらと戦おうとするな。敵対者がいても可能な限りは戦闘は避けて俺に報告しろ。今は()()の捜索に注力する時だ。……探せ、俺たちと同じく紅い雨を受けた超人(オーバード)を」


 顎で会議室の出口をしゃくるカイ。

 その尊大な振る舞いがなんとも様になっているのは流石に支配者を自認する男だけのことはあるか。


「……行け。探し出せ。この街にはまだまだいるはずだ。見つけ出して連れてこい」


 無言で立ち上がりぞろぞろと会議室を出ていく。

 そして、室内にはカイともう二人……鷲塚ガモンと天河マキナが残った。

 二人が退出しなかったのはカイから「残れ」という思念を感知したから。

 この精神感応(テレパシー)のような能力はカイの持つ複数の異能の内の一つである。


「なぁに~? リーダー」


 どこか気だるげに腰をくねらせたマキナ。

 常にノリが軽くて真剣さがあまり感じられないのがこの天河マキナという娘だ。

 気が乗らないことに関してはとことん後ろ向き。

 SNSで発掘された学生モデルであり、現在もその活動は継続中。

 成熟した大人のものではなく若者の張りのある色気を持つ。


「うち、昨日貫徹だから帰って寝たいんですけど~」


 それはつまり夜通し遊んでいたということだ。

 昨晩はリキヤたちのバックアップの為に残りのメンバーは待機状態であったはずだが、そんな事はお構いなし。


「ほんま、この女はなんやねん……」


 マキナを見て顔をしかめているガモン。

 そんな彼の視線に気付いてへらへらと口の端を上げるマキナ。

 どうにもこの二人は馬が合わないようだ。


 鷲塚ガモンは無頼のグレた若者といった風貌なのだが、実はこれで一端の武術家でもあるのだ。

 古流武術、柳澤(ヤナギサワ)流の免許皆伝であり武器全般を使いこなすがその中でも特に槍を得意とする。

 彼のそういう部分が今風な気性のマキナとは反りが合わないのかもしれない。


 ナイト・オブ・ブラッドレインには序列は存在しない。

 リーダーであるカイとそれ以外の同列のメンバーたちによって構成されている。

 しかしカイはこの二人を自分に次ぐ実力者として他の四人よりも一段上に置いて見ているのだ。


「……お前たちは全体を俯瞰して総括しろ」


 リーダーにそう命じられたマキナがへらへら笑いのままで少し目を細める。


「あれぇ? リーダー皆を信じてないの? 見張れって~?」


「信じとるわけないやろ。ワシら利害で固まっとるだけの集団やで」


 ハッと鼻を鳴らすガモン。


 ブラッドレインは共通の理念を持つ集団ではない。

 彼らを結び付けているのはわかりやすい即物的な利益である。

 メンバーは全員重役待遇でゼウスカグラ社の社員の身分を得られる。

 そして()()の度に手当として高額な報酬が支払われているのだ。

 中でもリーダーである久我峰カイは社長であるヴィルヘルムと同格の地位を与えられ社内での権力を持っている。


「じゃあうちら見張っててもしょーがなくない? うちらも信じられないっしょ」


「お前たち二人は俺が見張るさ」


 冷たく薄笑みを浮かべてカイが言い放つ。

 反対にマキナの口元からは薄笑いが消えた。


「おかしな動きを見せれば俺が叩き潰してやろう。単なる効率の問題だ。俺一人で全員をチェックするのも面倒だからな」


「せいぜい肝に銘じときますわ。ほな……ワシはこれで」


 会釈もなく背を向けてガモンが出ていく。

 割と感情が表に出やすい男のはずなのだがカイの高圧的な態度には特に反発する様子も不快げな様子も見られない。


「うちもお仕事行ってきまぁ~っす」


 わざとらしくそう言ってマキナもそれに続いた。

 こっちは露骨に白けた様子だ。

 今の言われ方には何か思うところがあったのか。


 一人になったカイが会議室の天井を見上げる。


「獣どもの集まりだ。ある程度は恐怖で統制しないとな……」


 呟く声が彼以外は誰もいない会議室の空気に溶けて消えていった。


 ──────────────────────────────────────


 繁華街から一本入った路地の雑居ビル。

 その二階に掲げられた看板に記載された社名は黒羽探偵事務所。

 そんな事務所の朝方のこと。


 大型の液晶テレビに繋いだゲーム機でミレイとキリヲが遊んでいる。

 対戦型のレースゲームのようだが……。


「いけずやわぁ。そないにぽんぽこあれこれ投げてこんでおくれやし!」


「妨害アイテムなんだから拾ったら使わなきゃしょうがないでしょ!」


 ……随分と白熱している様子である。

 ソファーに座って二人で必死にコントローラーを操作しているのだが、二人とも自機の移動に合わせて左右に大きく揺れているために頻繁に肩同士がぶつかり合っていた。


「他の車(NPC)がなんぼでもありますやろ! あてばっか狙いはって!」


「キリヲを止めなきゃキリヲが勝っちゃうじゃない!」


 ぎゃいぎゃいと姦しく言い合いながら周回を重ねる二人。

 そして……。


「よっしゃーッッ!!!」


 両の拳を振り上げたミレイがソファーから立ち上がる。

 最終戦績は七勝五敗でミレイの勝利であった。


「……………」


 黒いセーラー服の少女は無言で歯噛みしつつコントローラーを握ったまま動かない。


 ちょうどそのタイミングで事務所のドアが勢いよく開け放たれて飛び込んできた小柄な姿があった。


「キリヲちゃんが帰ってきたんだって!!!」


 アカネである。

 目を輝かせて飛び込んできた成人を超えてなお小動物みたいな娘はその勢いのままで発見したキリヲに体当たりするかのように飛び込んだ。


「キリヲちゃん~!!!」


「アカネはんはお変わりおへんなぁ」


 首元にしがみついているアカネの後ろ頭を優しくキリヲが撫でている。


「……で、何でまだセーラー服なの?」


 一頻り抱擁してから離れたアカネはやや冷静になっていた。

 そう、キリヲの出で立ちは高校時代と変わらない黒いセーラー服。

 大体が星辰館学園時代も最初は転校生だから新しい制服ができるまで、という話で彼女はセーラー服を着てきていたはずなのだが結局は卒業までそのまま通してしまった。


「こまい事は気にせんといておくれやし」


「細かいかなぁ……」


 う~ん、とアカネは首を傾げている。

 そして彼女はハッと何かに気が付いた様子だ。


「あっ、そだそだ。ミレイちゃん見つけてきたよ例のセンセイのダベッターアカウント」


「……!」


 それを聞いたミレイの顔付きが真剣なものに変わった。

 例のセンセイとは死んだ布場ケントの事だ。


 事務所のPCを起動しブラウザを立ち上げる。

 ダベッターとは世間一般に一番普及している短文投稿型のSNSだ。


 該当のアカウントを表示する。

 アカウント名は……「フバセン」布場先生の略だろうか?

 アイコン画像はどこかに置かれたメガネのもの。彼が掛けていたメガネだ。


 投稿を……遡る。


 内容は時事問題についての意見や、家族で過ごした記録や、仕事の話など。

 そこには強い特定の思想やきつめの言葉遣いなどはない。

 投稿から感じられる彼の人格は穏やかで理知的だ。


『いつもよりもだいぶ早く目が覚めてしまった。家族はまだ寝ている。少し外の空気を吸ってこよう』


 ……あの日の日付の投稿まできた。

 四年前の事件のあった日。


『遠くにサイレンの音が沢山聞こえる。何かあったのかな?』


『突然の強い雨に降られた。なんてこった、運が悪い』


『赤い雨だ。血か?』


『おかしい、もう服が乾いている。一回びしょ濡れになったはずなのに。赤い色もどこにもない』


『薄暗かったけど見間違いではなかったと思う』


 顔を見合わせるミレイたち。

 間違いなさそうだ。布場ケントは赤い雨に打たれている。

 該当の投稿にいくつかの返信がついている。


『ウソおつ。その時間外にいたけど雨なんて降ってない』


『先生お疲れなのでは?』


 自分も赤い雨に当たったという内容の返信はないようだ。

 この日からしばらくの間、投稿頻度が酷く落ちている時期がある。

 二か月ほどだ。

 そこからは投稿の頻度は赤い雨の日以前と同じくらいに戻った。


「この……投稿がすごい減っている時期は超人(オーバード)に覚醒してしまって彼が混乱してしまっていたから?」


「どうでっしゃろなぁ?」


 いつもの薄笑みで小首をかしげるキリヲ。

 赤い雨に打たれて超人(オーバード)に覚醒するという事例には懐疑的な彼女。


 とりあえず、布場ケントのアカウントに赤い雨の日以降に自分が超人的な力に目覚めてしまったというような投稿はない。


「ナイトオブブラッドレイン……彼らは自分をそう呼んでいたわ。それが私を襲ってきたっていうのは事実だし……」


 スマホを手に取り「う~ん」と唸って眉間にしわを刻んだミレイが悩んでいる。


「ユカリとも情報の共有を……。でもなぁ……」


「何ですのん? 喧嘩でもしはりましたん?」


 にわかに興味を持ったらしいキリヲが食いついてきた。

 獲物を見つけた猫のように笑って。

 そんな彼女にミレイがムッとなる。


「していません。するはずないでしょ。私はユカリの婚約者(フィアンセ)でこの世で一番あの人を愛しているのだから」


 自信ありげにそう言い放ってミレイは自分の胸に右手を当てる。

 かと思うと彼女は下を向いてフゥと物憂げな吐息を吐き出した。


「でも、私が危ないことをしているってわかるとユカリはものすごく心配するから……。ユカリには悲しい顔してほしくないの」


「おぼこい考え方どすなぁ」


 呆れて肩をすくめ嘆息するキリヲ。


「……………」


 するとミレイは真っ赤になって俯き、何やら胸の前で左右の人差し指をこねくり回し始めた。


「や、そこは……それはね。二十歳の誕生日の日にね……私からお願いして……その……あれだから」


「………………」


 過去こんなに表情が崩れたことある? というレベルで「とんでもねえもんを見た」という風に顔を引き攣らせたキリヲであった。


「……どないすればええですのん? この空気は」


「わかんない~」


 話が分かっているのかいないのか。

 ほわっとした笑顔で来る途中に買ってきたらしい肉まんを齧っているアカネであった。



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