紅い雨の騎士
火倶楽、煌神町中心部にあるオフィス街。
立ち並ぶ高層ビル群の中で一番大きなビルはガイアード・エンタープライズ・カグラ社の本社ビルであるが周辺にも系列の会社のビルが並んでいる。
だが、この地で二番目に大きなビルはガイアード関係の会社のものではない。
そのビルの所有者はゼウス・カグラ社。
共和国に本社を置く世界最大の情報事業の大手、ゼウス社の火倶楽支社だ。
ゼウス社はインターネット事業を中心とした各種の業務を執り行っており提供するWebブラウザ「ジュピター」は全世界で七割近い利用シェア率を誇っている。
ゼウス・カグラ社を取り仕切っているのは社長のヴィルヘルム・ラゴール。
彼は三十九歳という異例の若さでゼウスカグラの社長に就任した傑物だ。
現在四十四歳。実際の年齢よりも十歳ほどは若く見える。
鋭く尖って端の上がった目に眉毛。顔立ち、表情ともにシャープで硬質なイメージを与える外見。
銀色の髪をオールバックに纏め額には細い房が数本垂れ下がっている。
長身であり定規で測ったかのように一部の乱れもなくスーツを着こなす。
「インターネット空間に感情を置き忘れてきた男」と揶揄されるとおりに感情表現がほとんどない鉄面皮の男だ。
黒い大理石の天板の机を前にして革張りの椅子に座り卓上のモニターに並んだ各種報告に目を通しているヴィルヘルム。
そして現在、社長室にはもう一人別の男がいる。
外見は……二十代半ばくらいか。
非常に容姿の整った男だ。
目付きは鋭く野性味のある強面なのだが気品も感じられる顔立ち。
乱雑に背後へ流されている金髪も彼がしていればそういった髪型の完成形のようだ。
所作に一々強者の余裕と傲慢さ感じさせる男。
白いスーツを着ているがネクタイは締めていない。
開いた襟元には金色のネックレスが覗く。
容姿といい服装といい雰囲気といい、ホストのような男だ。
書類の上ではこのゼウス・カグラ社の社員なのだが、社長であるヴィルヘルムを前にしても一切遠慮も委縮もしていない。
応接用のソファに尊大に座って前方に投げ出した足を組んでいる。
まるで自分の方が社長よりも上位の存在であるかのような振舞いだ。
この男の名は久我峰カイ。
……超人である。
「堂丸の怪我の具合はどうなのだ?」
モニターの画面から目を離しヴィルヘルムが尋ねる。
「ああ、問題はない。ここへ戻った時にはもうピンピンしていたよ。あの男の頑丈さは我々の中でも随一だ。回復力もな」
横柄な態度で返答するカイに、それを気にする様子もなくヴィルヘルムは「そうか」と肯いた。
そして銀髪の社長は僅かに眉を顰めて視線を床に落とす。
「……しかし、負けて帰ってくるとはな。委縮はしていないのか?」
「それが面白いことにリベンジに燃えて鼻息を荒くしていたよ。元はといえば食うか寝るか、それ以外には自室でインターネットにしがみ付いていることしかできなかった引きこもりがな。能力を得るとああも獰猛な性格に変貌するのか。興味深く面白い」
そう言うとカイはククッと喉を鳴らして笑った。
堂丸リキヤはさるガイアード社重役の息子である。
しかし高校時代に不登校となりそのまま退学。以後は自宅に引きこもる生活を続けていた。
そして四年前のあの事件の日、人目を避けて早朝にコンビニに菓子類を買いに行き……紅い雨に打たれて超人に覚醒した。
超人となったリキヤは獰猛で狂暴な性格になった。
仲間内でも一番能力の行使を……暴力を楽しんでいるのは彼かもしれない。
「彼が持ち帰った名は……かつての帝国の黒騎士でナンバー2を張っていた女性のものだ。まごうことなき最強クラスの超人だぞ」
「だがそれでもリキヤを生かしたまま逃がしてしまっている。俺ならそんなヘマはしない」
フン、と鼻を鳴らして顎をやや持ち上げたカイ。
そんな彼を見るヴィルヘルムの目からは感情は窺えない。
社長は今何を思っているのであろうか。
「上手く使え。貴重な戦力だぞ。『紅雨』はお前を含めて七人しかいないのだからな」
「使い道がある内はそうするがいなければいないで別に構わん」
右手を翳すカイ。
その手が赤く光る。次いでバリバリと音を立てて発生した赤い雷に包まれた。
不敵に笑う男の顔を赤い輝きが照らしている。
「俺がゼクウだ。最後には俺一人いればそれで事足りる」
「お前の実力を疑うわけではないが我々の最終目的を忘れるな」
フーッと静かに長い息を吐くヴィルヘルム。
「我々の目的は火倶楽の超人たちの勢力図を書き換えることだ。統治局は強力な超人の剣豪、蛇沼シズマを擁している。ガイアード・カグラ社は社長が元黒騎士の中でも上位の実力者であったとされている壬弥社ユカリと昵懇だ。そして今回名前の挙がった久遠寺キリヲのような者も在野に潜んでいるのだ」
淡々と語るヴィルヘルム。
それを聞いているカイは「わかっているよ」とでもいうかのように口元を歪め目を細めた。
「四年前の事件で樹海の脅威が大幅に減衰したと見られている昨今、火倶楽という都市の重要性はこれまでになく高まっている。いずれ大陸でも最も栄えている都市になるとの予測もある。火倶楽を掌握する為にはそこにいる超人たちを掌握しなければならない」
「従うのなら生かす。そうでなければ消えてもらうだけだ……と、言いたいところだが協力者殿の意向は酌むさ。要は極端な二択に走るなと言いたいんだろう?」
カイの言葉にヴィルヘルムは重々しく肯いた。
「そうだ。上手く外交もしろ。敵か味方かの二つだけに相手を振り分けようとはするな」
「ふん……手当たり次第に殺してしまっては絶対王である俺に仕える強者もいなくなってしまう訳だしな」
片側の口の端を吊り上げて尊大に笑うカイ。
彼は眼前のヴィルヘルムではなく、彼の座った豪奢な机を見ている。
この久我峰カイとヴィルヘルム社長の間にはある密約が取り交わされている。
火倶楽の超人たちをひれ伏せさせてゼウス社が街の実権を手に入れた暁にはヴィルヘルムは昇格し本社へ幹部として栄転する事になっており、空席となったゼウスカグラの社長の椅子にはカイが就くことになっているのだ。
ゼウスの支社長ともなればその権限や影響力は大国の王にも匹敵する。
帝王を自負する超人のカイにとっても魅力的な話だ。
「とりあえずはそんな所か。俺は戻るとするぞ」
立ち上がったカイがソファに投げてあった襟にファーをあしらったジャケットを掴み上げる。
そしてそれを袖は通さずに肩に羽織った。
「ああ、いつでも連絡は付くようにしておけ」
社長の言葉に振り替える事無く軽く片手を上げて了承の意を示し、社長室を出ていくカイであった。
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社長室を出て廊下を歩くカイ。
磨き上げられた先端が白いエナメルの革靴が鳴る。
通り掛かる社員たちは皆脇へ退いて頭を下げて彼の通過を見送った。
そんな彼らをカイは一瞥すらしない。
やがてブロンドの男が立ったのは『戦略会議室』とプレート画面に表示された部屋の前だ。
カードキーを通すとドアが開き、彼は室内に足を踏み入れる。
「戻ったぞ」
中には数名の男女がいた。
頭に包帯を巻いている堂丸リキヤの姿もある。
「お……リーダーおかえり~」
能天気にそう言って手をヒラヒラと振ったのは若い女だ。
緩やかにウェーブの掛かった黒髪をウルフカット。モデルのように胸が大きく腰が括れた抜群のスタイルの女性。
ややタレ目気味の美麗な面相で左目の下に泣きぼくろがある。
顔立ちに愛嬌と神秘的な美しさが同居している。
黒いシャツの上にベージュのチョッキを羽織ってグレーのデニムといった格好。
女性にしては長身で身長は170少々。
彼女の名前は天河マキナ。
超人……紅雨の騎士の一人。
「社長さんなんだって? もしかして! もしかして~……特別ボーナスが出ちゃったりすんのかなぁ」
自分で言って面白かったのかマキナはけらけらと笑っている。
「んなワケあるかい、ドアホ。ここんとこワシら何もしてへんやろが。どっからボーナスが沸いて出てくんねん」
そんな彼女に乱暴に返答したのは椅子に座った明るい茶色の髪の若い男だ。
日焼けした肌の細身だが引き締まった体躯で、目付きが悪い細面の彼は額にバンダナを巻いている。
顔はまあまあイケメンと言ってもいいだろう。ただガラが悪いので印象としては三割マイナスだ。
ロックバンドのTシャツを着てデニムのズボンに革のブーツを履いており足をローテーブルの上に投げ出している。
彼の背後には布製の袋に包まれた長い棒状の何かが壁に立て掛けられていた。
この粗野な男の名は鷲塚ガモン。
やはり超人でありブラッドレインのメンバーの一人。
……というかこの部屋に集合している男女は全員が紅雨の騎士だ。
「ボーナス欲しいでしょ? いらない? うちは欲しいな。お金ってさ、あればあったでどんどん欲しいものも増えてくよね」
ジロリと自分を睨んで悪態をついてくるガモンに「うひひ」と軽いノリで笑い返したマキナ。
ガモンはうんざりしたように舌打ちをする。
「おんどれはアホみたいに金を使いすぎや。車だけで何台持っとんねん」
「飽きたのは処分してるからそんなにないよ。今は……五台? だっけ?」
マキナは首を傾げている。
自分でも正確に覚えていないらしい。
そんな彼らのやり取りをしり目にツカツカと会議室の奥へ進んだカイが一際豪奢な一人掛けのソファに腰を下ろした。
この椅子は玉座だ。
カイが自分用に置かせたものなのだ。
「リーダーよぉ~、リベンジに出るんだろ? 俺が行くぜ。やられっぱなしじゃ終われねえ」
積み上げたファーストフードのハンバーガーをムシャムシャと貪っていたリキヤが食べる手を止めて言う。
そんな彼をカイが冷たい目で見る。
「……逆だ。社長は少し自重しろと言ってきてる」
「アァ!? 舐められっぱなしで大人しくしてろっていうのかよ!!」
激昂して立ち上がるリキヤ。
「俺は戦闘はなるべく避けろと言ったはずだ。勝手に戦ってきたのはお前だろ」
「……………」
自分に向けられた視線に険しさが増した事を感じ取ったリキヤが黙る。
「フバの時もそうだ。俺はお前に制裁など命じていなかったのにお前は勝手にあいつを殺してきた。……この次に勝手な事をしたら俺がお前を殺すぞ。覚えておけ」
「……わ、わかったよォ。俺だって別に殺す気はなかったさ。けどよぉ、あいつが抵抗すっから……。ヤローは裏切者だぜ? 俺らの事だって色々と知られちまってたし……しょうがねえだろ?」
目を逸らして気まずそうに言いながらズシンと椅子に腰を落とすリキヤであった。




