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帰ってきた少女

 廃校舎の廊下に生暖かい気味の悪い風が吹き抜けていった。

 ここはある超人(オーバード)の作り出した特殊な結界の中だ。

学校の(ホーンテッド)怪談(スクール)』……それが能力名らしい。


「……………」


 現れた黒いセーラー服の少女を堂丸リキヤはどこかうそ寒い目で見ている。

 先ほどまでの彼の軽口は今は鳴りを潜めていた。


「ええ感じに落ち着く場所やけど……ちょこっとばかり埃っぽいのが玉に瑕どすなぁ」


 コツン、と靴音を鳴らしてキリヲが一歩前に進み出る。

 凡そ警戒心というものを感じさせない散歩中のように気軽な足取りで。

 だがその向かう先に立つ相撲取りのような体型の大男の顔は緊張と警戒の度合いを強めて険しさを増す。


 堂丸リキヤは四年前のあのテロのあった日に、早朝に紅い雨に打たれて超人(オーバード)に覚醒した。

 後天的に超人(オーバード)に覚醒した者は生まれつきそうであった者に比べて魔力量で劣るというのが通説であるがリキヤは例外であった。

 生まれつきの超人(オーバード)の魔力量の平均値を大幅に上回る魔力を有して覚醒したのだ。

 そしてこの四年間で彼は相当数の戦闘を経験してきている。

 対超人(オーバード)のものだけでも9回。その内敗北は一度だけ。

 これまで二人の超人(オーバード)を絶命させている。


 その男が今……初めて対峙した相手を恐れている。


(コイツはダメだ。戦ったらダメだ。俺は死ぬ……殺される)


 捻れば簡単に折れてしまいそうな体躯の……自分に比べて40cm以上も身長の低い少女を見てそう感じるのだ。

 しかし、逃げろと全力で本能が告げているのにそれと同じくらいに強く、或いは恐怖を塗りつぶしてしまうほどに激しく自分の内側から突き上げてくる欲求がある。


 この女と戦ってみたい、と。


「俺は堂丸リキヤ。『紅雨の(ナイト・オブ・)騎士(ブラッドレイン)』の一人だ」


「聞かしとおへんのにご丁寧にどうもおおきに」


 くすりと笑って更に前に出るキリヲ。

 もう後数cmでリキヤの腕が届く間合い。


「あては久遠寺キリヲと申します」


 間合いに……キリヲが入った。


「づあッッッ!!!!」


 腕を伸ばすリキヤ。

 動作が早い。先程ミレイに対していた時とはまるで違う。

 本気を出せばこの男はこんなに早く動けるのかとミレイが驚愕する。


「……まぁ、覚えといてもらわんでよろしおす」


 くるりと音もなく宙を舞い一回転するリキヤの巨体。

 そして彼は頭から廊下に叩き落される。

 轟音が響き校舎が激しく震えた。


「どうせ、末永いお付き合いにはならしまへんやろ」


「ぐおォォォォッッ!!!」


 咆哮しながら身を起こすリキヤ。

 砕けた床の破片がバラバラと彼の頭から落ちてくる。


「仕留めた思てましたのやけど、頑丈どすなぁ」


「……!!」


 呆れたように言ってフゥと軽く息を吐きだしたキリヲ。

 リキヤの顔面をぬるりと生暖かい何かが濡らす。

 ……血だ。

 頭頂部を割られた出血が彼の顔面を赤く染め上げている。


「ふふっ、何だかいう騎士サマらしいお顔にならはって、よろしおすなぁ」


 口元に手を当ててキリヲは笑っている。

 ブラッドレインと自分を呼んだリキヤを皮肉っている。


 それに対して返答もなくリキヤはフゥフゥと呼吸を荒げているだけだ。


(本物の……バケモンだ、こりゃ)


 自分たち超人(オーバード)も世に暮らす人々からすれば怪物といわれるような存在なのだろうが、目の前のこの女は怪物の世界での怪物だ。

 次元が違う。

 透過の異能力でどうにかできる実力差ではない。気が付いた時にはもう頭を床に叩き付けられていた。


「ほら、ぼーっとせんとお気張りやし」


 その声が聞こえたと思った瞬間、再びリキヤの天地が逆転する。

 またも轟音と共に揺れる廃校舎。


「ぐっ……おゴゴ……ぉ」


 辛うじて頭を上げたリキヤであるが、這いつくばった姿勢から起き上がることができない。

 皮肉なことに彼は目の前のキリヲに対して平伏しているようなポーズで固まってしまう。


 すると……不意にどこかからピアノの音が聞こえてきた。


「……!」


 周囲を見回すミレイ。

 見えている範囲に音楽室はないが……別のフロアからか。

 聞こえてきたのはそれだけではない。

 上階で複数の足音がしている。

 走るような歩調の複数人の足音だ。


「やめろ……仕掛けるな!」


 苦しげに叫ぶリキヤ。

 するとピアノの音も足音もピタリと止む。


「コイツは無理だ……勝てねえよ。引き上げるぞ……」


 乱れた呼吸交じりに言うリキヤの言葉を合図にするかのように周囲は闇に包まれていく。


 そしてミレイが我に返った時、彼女が立っていたのは元の閑静な住宅街……ではなく。


「なっ……!」


 顔を強張らせるミレイ。

 自分とキリヲが立っていたのは乾いた風の吹く荒野のど真ん中だったのだ。


「あらまあ、けったいな」


 まるで他人事のような口調で言う黒いセーラー服の少女。

 そんなキリヲに無言で飛びつく様にミレイは抱擁する。


「ちっこい子やあらしまへんねんし……」


 苦笑して抱き着いてきたミレイの背をぽんぽんとキリヲが軽く叩いた。


「どこに行っていたのよ、もう……」


「そら、卒業旅行に決まっとりますやろ」


 やはりあっけらかんと言うキリヲ。

 ミレイが「はぁ?」みたいに表情を歪めて彼女から離れる。


「三年も?」


「あちこち回っとりましたさかいなあ」


 薄笑みを浮かべて言うキリヲに眉を顰めるミレイ。

 相変わらず本気なのか煙に巻かれているのかよくわからない。


「……まあいいわ。また会えたのだから。いつ火倶楽に戻ってきたの?」


「ついさっきどす。せやし、まずはあんたはんの顔を見に来たいうわけどすえ」


 ……それが本当ならキリヲは帰って真っ先に自分に会いに来たということなのだが。

 悠然と笑う彼女の本意は相変わらずよくわからない。

 本音であるのか、揶揄われているのか。


「調子のいいこと言って……。それなら出先から連絡の一つもよこしなさいよね」


 苦笑して文句を言うミレイであった。


 ────────────────────────────────────


 ひとしきりキリヲとの再会を喜んでからふとミレイが冷静になってみると……。

 今自分たちがいるのはどことも知れぬ荒野である。

 ……いや、どことも知れないわけではないか。

 遠目に火倶楽らしき夜景が見えている。


 火倶楽を出たその周辺の荒野……となれば否が応にも思い起こされるのは死んだ布場ケントの事だ。

 ざっと見た感じ彼が発見された場所ともまた違うようだが。


「…………」


 ミレイが考え込む。


 自分を結界内に拉致した二人の超人(オーバード)……透過能力者である堂丸リキヤと結界の創造主であると思しき正体不明のもう一人。

 彼らは死んだ布場ケントと自分の関係を問いただすために姿を現した。

 とすれば……彼の死にも関わっているのではないだろうか?


 そして結界から放り出された自分が今いるのは火倶楽外周の荒野。

 布場ケントが死んでいたのも同じく外周荒野だ。


 どうして彼がそんな場所にいたのか。死んでいたのかが疑問であったのだが……。


(彼はあの結界に取り込まれてそこを経由して荒野(ここ)に放り出されたのでは?)


 結界の中で既に死んでいたのか、出てから荒野で死んだのかはわからないが……。


「なんでもよろしおすけど……」


 キリヲに声を掛けられて考え込んでいたミレイが我に返る。


「こないなとこでボーと突っ立っとってもしゃああらしまへんえ。帰ってシャワーでも浴びはったらえんやおへん?」


「そうね。貴女にもどこで何をしていたのか……その辺をじっくり聞かせてもらわないとね」


 そう言ってまたもミレイはキリヲの首根っこにしがみ付いた。


「なんやのん? 会わへん間にえろう甘えん坊さんにならはったんねえ」


 やれやれと言った様子で嘆息し、それから軽く笑うキリヲであった。


 ──────────────────────────────────────


 そして、二人は黒羽の事務所へ戻ってきた。

 荒野から火倶楽市街まではそれなりに距離があったのだが、超人(オーバード)である二人が本気を出せばなんという事もない。

 市街に入ってからはタクシーを拾って帰ってきた。


 二人ともシャワーを浴びて改めて事務所内で話をする。

 キリヲはどこから出したのか白い無地の浴衣姿だ。それが彼女の寝間着なのだろう。

 何気にミレイがセーラー服以外の装いのキリヲを見たのは初めてである。


 ミレイは自分が何故あんな事になっていたのかをキリヲに大雑把に説明した。


「けったいなお話どすなぁ。紅い雨やなんて都市伝説ちゃいますの?」


「聞いたことがあるの?」


 尋ねるミレイにスマホを振って見せるキリヲ。

 ……やっぱり前のスマホではない。前のはどうしたのかと聞いてみたら「顔を洗おうとして水を張った桶に落っことして壊した」との事……これもまた本当なのかどうなのかわからない。

 事実だとすればキリヲは割とおっちょこちょいだという事になる。


「SNSやらはりませんのん? 四年前のあの事件の日の……明け方に短時間紅い雨が降ったいうもんどすえ。ちょこちょこ噂話で出てはりましたやん」


 まさか自分がキリヲにSNSの話題を持ち掛けられる日がこようとは……。

 なんとも複雑な心境のミレイ。

 そんなものは歯牙にもかけずに超然と生きているイメージがあったのに。


 ミレイは初耳か……それとも聞く機会はあっても聞き流していたのか。

 記憶にはない。

 普段からミレイは偏った知識を身に付けないために噂話の類からは距離を置いている。


 キリヲが言うには、あの日に紅い雨に降られたという話は当時からちょこちょことあったらしい。

 しかし該当の時刻に外にいたものが全員経験しているというわけではなく、デマだという意見も根強い。

 血が降ってきたかのように真っ赤な雨だったにも関わらず、衣服などに着いても染みが残るということもなかったそうだ。この点もデマ説を後押ししている。証拠が一切ないのである。


「赤い雨に降られたら覚醒って……。そんな事が本当にあるの?」


「さてなぁ。あては聞いたことあらしまへんえ」


 そう言ってキリヲは肩をすくめる。


『紅い雨に打たれたことはあるか?』


 ……堂丸リキヤの言っていた言葉を思い出す。

 あの男は自分と死んだ布場ケントの関係を探っていた。

 そしてその際に紅い雨のことを問い質してきたとなると……。


「繋がりがそこかって思われたという事は布場さんも紅い雨に打たれた超人(オーバード)だったっていう事かしら……」


 悩むミレイ。


 その時にはもうキリヲは話題に興味をなくしたのか、事務所にあるテレビのスイッチを入れて何やら筋肉質な男たちが重火器で武装して戦っている映画を観ていたのであった。


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